閑話 女神1 勇者の隣人
今章最終話です。何故女神視点が最終話なのかは、ご想像にお任せします。
私は女神失格だ。
世界を救えと使命を与えながら、送り込んだ子らの平穏無事を望んでしまう。
彼等だけでも、生き残って欲しいと願ってしまう。
神であるにも関わらず、祈る事しか出来ない時点で女神失格だ。
救いを与える筈の神なのに、救ってくれと願ってしまっている。
私は女神失格だ。
彼等の犠牲で世界が救われたらとも思ってしまう。
より多くが救われたらと。
弱き人の心の支えである神としても失格だ。
自分の願いすら曖昧。そんな私は人の指針になれる筈も無い。
少数を優先する独善的で、少数の犠牲を押し付ける非情の神。
それが私だ。
加えて私には何も出来ない。
どちらにしろ、片方にとっては非情な道を眺める事しか出来ない。
私には決定権も、求める願いを形にする力も無い。
私に世界を救う力は無い。
出来るのは、勇者達を送り込む事だけ。
送り込んだ後は、勇者の行く末を見守る程度の事しか出来ない。
勇者達を死地に送っても、彼等に報いる事など出来ないのだ。
でも、それでも私は勇者を送る。
私にはこれしか出来ないのだから。
今回の状況は過酷だ。
魔王の格が違う。
勇者を送り出す女神であっても、私は勇者を司る女神でも、魔王に対する神格を持つ女神でも無い。
加えて魔王がいるのは異世界。
私に魔王を感知出来る力は無い。
それでも感じてしまう。
悪意の塊とでも言うべき気配を。
フィーデルクス世界に現れた異世界勇者は全員、私の送り込んだ勇者だ。
その代の魔王も知っている。
その中に、これ程までの気配を感じた事は無かった。
大規模戦闘に発展して、初めて感知出来ていた。
だが、姿を見せない今でも、その悪の気配は濃すぎる。
格が違う強さを持つ魔王だ。
四十人と言う勇者の数も別格と言えるが、それでも勝てるかどうか微妙、いや、分が悪い。
四十人勇者が居ても、無残に散るだけかも知れない。
けれども、だからこそ、勇者を送り出さなければならない。
世界を救う為には、勇者が必要だ。
ここで立ち止まれば、犠牲が増えるだけ。
それに、規格外の魔王、これを倒せば、真に世界を救う事すらも出来るかも知れない。
奇跡は、起きるかも知れない。
だから、私は新たな勇者達をフィーデルクス世界に送った。
ここで、予想外の事が起きた。
一人だけ、別世界に飛ばされたのだ。
私は何もしていない。
そもそも、隣接しているフィーデルクス世界以外の世界に干渉する事すらも、私には出来ないのだ。
しかし、神にも出来ない現象を引き起こす一人の勇者がいた。
こんな感覚は、感情は、初めてだった。
初めて、予想を覆された。
きっと、初めて奇跡を見た。
驚いているのか、感動しているのか、自分が何を思っているのかも定まらない。
こんな体験は初めてだった。
その勇者には、何度も驚かされた。
まず、ギフトを三つも身に着けた。
お詫びに三つ与えると言ったが、これはその場を乗り切る為だけの流れから出ただけの言葉であった。
もし幾つでもギフトを与えられるのなら、とっくにそうしている。
幾ら私に負荷がかかったとしても、勇者の無事と世界の救世が叶うのならば安過ぎるものだ。
私の身が消滅するまで力を与えよう。
でもそうしないのは、勇者の器には限界があり、良くても強い力を一つ授ける事しか出来ないからだ。
この勇者にだけギフトを与えなかった訳でもない。
単純に、通常の勇者一人に満ちるだけのエネルギーでは、複数のギフトの形とならず拡散してしまっていたのだ。
三つ分の力を与えてみたのは、無理だと分かっての成り行きのつもりだったが、この勇者は三つものギフトを手に入れた。
三つの内、二つが余りにも相性が良かったとは言え、これは異常だ。
そしてまた、予想外の事が起きていた。
ギフト三つ分もの力を得ていた事により、魂だけを呼び寄せた神域内でも、実体に準ずる状態になっていたのだ。
その力で、神域にある私の神器を持たせる事も出来た。
アイテムボックスが神域でも有効だったのだ。
私はアイテムボックスに神器を思い付く限り贈り、勇者を異世界に送り出した。
どうか世界を救ってくれと、初めての希望を込めて送り出した。
送り出しても勇者には驚かされた。
勇者はとんでもない所に召喚された。
濃い神気に満ち、人の気配がまるでしない大秘境。
そこは、人の気配から最も遠い地であった。
明確な主人のいない神気はそこにいる唯一の存在である勇者の信仰、勇者が実在すると知った神である私への祈り、思念に瞬く間に掌握され、私の神域が形成された。
本来は到底不可能な筈な交信を可能とさせた。
正直なところ、驚きしか無かった。
勇者は変な生き物だった。
変なボッチだった。
それでも私は、何時の間にかこの変な生き物に惹き込まれていた。
楽しかった。面白かった。穏やかだった。
世界を救う事に囚われていた私は、何故守るのかを、何故守らなければいけないのかを再認識した。
同時に、せめてこのボッチだけでも争いに巻き込まれず、ここで平和に過ごして欲しいとも思った。
だが、ボッチは勇者だった。
何故か、最も争いから遠い地で誰よりも勇者の適正を示した。
ギフトを使いこなし、魔術までも通常とは違った方法で身に着け続けた。
与えた準聖杯が効いたようだ。
地球には必要の無い魔力を吸い上げ、フィーデルクスに聖水として送るとっておきの神器。
ただの回復アイテムのつもりだったが、それで勇者は魔術に精通するようになった。
せめて彼だけでも平穏に過ごして欲しいと思うと同時に、本当に世界を救ってくれるのでは無いかと期待までさせた。
そして少し離れている間に、フィーデルクスの神域でただならぬ神々の気配を感じた。
史上最大の脅威が現れたと言う。
驚くと同時に、私だけは歓喜もした。
私しか知らない勇者の存在を知っていたから。
ここまでの脅威が現れたのなら、おそらくここで打ち止めの最上位。
倒せばここで全てを終わらせる事が出来るかも知れない。救世する事が出来るかも知れない。
危機であると同時に、最大限のチャンスだと思った。
そしてそれを成せる可能性を持つ存在がいる。
元々後など無いのだから、賭けるしか無いと思った。
そして突然召喚される。
そこで再び勇者に驚かされた。
驚愕させられた。
勇者は、その史上最大の脅威を何故か倒したと言う。
私は驚愕し歓喜した。
けれども、笑った。
唖然としつつも、内心は穏やかで笑っていた。
勇者はどこまでも勇者だった。
私の覚悟すらも救ってくれる程の勇者だった。
そして私の、私達の悲願はきっと達成された。
でも歓喜は不思議としなかった。
何時の間にか微笑んでいた。
きっと、これが真の勇者に救われたと言う事なのだろう。
まだ世界は救われていないかも知れない。
さらなる脅威が眠っているかも知れない。
でも、この勇者ならきっと何度でも、なんて事ないように救ってくれる。
そんな確信が持てた。
だから私は、女神としてでは無く、一人の隣人として彼の近くにいようと思った。
次話は登場人物紹介になります。
 




