閑話 変人2 新たなる時代
お盆投稿です。
「……この気配は、間違いなく魔王、それもかつてなく強大な」
「降臨した神と同等以上の気配だわ。遥か遠い気配なのに、ここまで濃いなんて」
「勇者が三十九人も召喚されたと聞きましたが、それは今代の魔王が最強だからでは無かったようですわね」
「ええ、本当の災禍は今、降臨したようです」
シェルトベインのパーティーメンバーであった彼女達にとっても、その魔王、初代魔王の気配は強烈であった。
例え封印されて弱った状態であったとしても、かの魔王は原悪を司る邪神、悪意の気配に関しては魔王の気配が希釈されていると感じる程に濃厚だ。そしてエネルギー総量も多い。
そして実のところ、シェルトベインを含め伝説のパーティーが揃っていても敵わない可能性の高い相手でもあった。
かの魔王が復活すれば、まず近付くだけでも困難だ。
聖水を通しても耐性スキルを上げてしまう程の濃い瘴気が何の妨げも無く辺りに充満する。
数百年前に入植を始めたばかりの辺境である広大なデルクス大陸の中央は数日の内に瘴気の世界へと変わる。
ボッチのように、聖属性の魔力でも纏っていなければすぐに呪いに侵される。
そんな環境の中を大陸中央まで移動する。この条件だけで突破出来る者が居るか微妙なところだ。
如何に聖女と呼ばれるような人物でも、大陸中央に移動するまでもの長時間、聖属性の護りや回復を維持する事など出来ない。
そもそもデルクス大陸中央付近はただでさえ前人未到の危険地帯だ。瘴気を抜きにしたところで、S級と呼ばれる超級戦力でもどこまで進めるか分からない。
それを乗り越えて対峙したとして、その力は圧倒的だ。
かの魔王の放つ瘴気による攻撃は、強力な聖属性の結界があったとしても侵食しその命を奪うだろう。
また如何に強い剣士も魔術師も大したダメージを与えられない。原悪の魔王は既に肉体を喪った状態だからだ。元々亜神であり、弱点と呼べる部位は無い。瘴気こそが本体と言える状態であるから、聖属性による浄化ぐらいしか効果的でないのだ。
それでもかつ可能性に賭けるなら、防御を捨て攻撃に全振りしなければ討伐は限りなく不可能だ。
神々が地上に存在した神代であっても、神々の犠牲でやっと封印出来たのだ。
尚、ボッチが勝てたのは、相性が良かったからである。
聖属性の魔術を身に着け、無限に近い魔力回復手段を持ち、絶対防御に近い拒絶の力を持つ。
そして原悪の魔王は完全に復活した訳では無く、謂わば奇襲を受け始め力を出し渋った為に、耐性スキル等を上げる隙を作った。
全て神をも予期せぬ奇跡に近い。
復活した場合、再び封印出来るかも怪しい相手だ。
そんな気配を感じ、伝説の勇者のパーティーメンバーもお茶会を切り上げた。
世間話でなく話し合いへと移行する。
「私達で倒せるかしら?」
「いや、難しい。どんなタイプかにも寄るが、慎重に動いた方が良い。下手に戦力を消耗させたら二度と勝てなくなるかも知れない」
「確かに、いきなり攻めてくる可能性も低いでしょうし、戦力の増強を優先した方が良いと思いますわ」
「幸い勇者が四十人近く召喚されていますし、それは妙案かも知れません」
「どうする? 私達が育てるの? 強さなら自身があるけど、人を育てた事なんて、ここでのお世話ぐらいしかないわ」
「それでも教えられる事があると思いますわ。それに私達の領域まで力を伸ばした方達は居ませんから、教えられるのは私達だけでしょう」
「教えるとして、どう勇者達に接触する? 僕達は千年以上、俗世に干渉していない。伝がないぞ?」
「ルトの子孫に話を持ちかけましょう。彼等はこの墓の場所も、今日と言う命日も知りませんが、ルトを思う気持ちには偽りがありません。命日だと言う伝説のある日に、毎年孤児院に御参りに来ています。そんな彼等になら、私達の正確な伝承も残っているかも知れません。当時からの装備でも見せれば、門前払いにはならないでしょう」
「取り敢えず、やってみるしか無いわね」
新魔王への対処を話し合い、ある程度方針がまとまった頃、それは突然起きた。
「「「「……消えた?」」」」
新魔王の気配が突然消えたのだ。
「隠れたのか?」
「いえ、あれ程強大な魔王に隠れる必要など無いと思いますわ」
「仮に隠れたとしても、今更隠れる必要なんて無いわよね? 動機が謎だわ」
「では、何者かによって倒されたと?」
「ええ、そのようです」
「それこそ有り得ないわ、って神父!?」
動揺する彼女達四人に、何時の間にか現れていた人物が真相を告げる。
その人物に四人は魔王の事を一瞬忘れた。
「お久しぶりですね」
「お久しぶりって、数千年ぶりですよ! 今まで何処に行っていたんですか!?」
「てっきり寿命で亡くなったと思っていましたわ!」
現れていた人物は彼女達の知り合いだった。
彼女達を当時荒廃していた孤児院を買い取り育てた彼女達の親。
そして彼女達を伝説の勇者パーティーにまで育て上げた人物。
神父アルバシス。
「シェルトベインと同じです。彼は妻と子、更には孫までにも先立たれ、子孫を避けるようになった。やがて放浪の勇者と呼ばれたように、定住もせず、常に共にいた君達以外には墓所も知られないように、ここで最期の時を迎えた。僕は、君達が先立つのが怖かったのです」
「でも僕達は数千年生きている。来てくれても良かったじゃないか!」
「だからですよ。僕からしたらそれも短く、親愛を育むには長過ぎる」
「数千年が短いって、先生は一体? それに魔王が倒されたって?」
「僕はこの世界、フィーデルクス世界が誕生する以前からこの世界を、正確にはアマンスフィー世界群の前身、大災害“バルミア還元柱”を観測している観測者です」
四人は疑問をぶつける事もなく、何時の間にかアルバシスの話を受け入れていた。
正直なところ、言われた内容を理解出来ていた訳では無い。
しかし四人は知っている。
自分達を英雄の力を持つまでに育て上げた、規格外を生み出したのはアルバシスだと。
そして寿命の永さから人を避けていたと言う言葉には有無を言わせない実感がこもっていた。
それに彼女達自身、共感していた。
そこへ否定など出来る筈も無かった。
「僕は永きに渡り、この世界を見守ってきました。今回の魔王討伐も観測していました。魔王討伐を成し遂げたのは異世界から来た勇者、倒されたのは初代魔王です」
「勇者が倒したとは、私達のように歴代の勇者の誰かが存命していたと言う事ですの?」
「いえ、召喚されたばかりの勇者です」
「「「「召喚されたばかりの勇者が魔王を!?」」」」
四人は驚愕を通り越して絶叫した。
彼等は勇者軍や神々とは違った。
アルバシスを通し真実として正面から事実を受け止めてしまった。
信じられなくとも、信じざるを得ない。
理解限界も遥かに超えてしまった。
その様子に構わずアルバシスを話を続ける。
いや、ここに来た本題に入った。
「これは、始まりに過ぎません。運命は流れ始めました。この世界から、この世から、次々と加護が消えるでしょう。大いなる加護が降り立つ為に、古きは役目を終える。
僕の役目も、ここまでです。新たな時代が始まる」
そう言い終わる頃には、アルバシスの身体が透けていた。
光の粒子が空へと昇ってゆく。
「先生!?」
「僕は眠りに就きます。同時に僕の施した各地の封印が綻ぶでしょう」
「眠るってどう言う事よ!?」
「それに封印って!?」
「眠るのは力の使い過ぎたからです。僕はこれまで人類に対処出来ない脅威を封印していました。それがやがて解放されます」
「「「「そんな!?」」」」
四人は二つの感情から悲鳴に近い叫びをあげる。
しかしアルバシスは反対が完全に見える程に透け通り、光の粒子の量を多くしてゆく。
多くの疑問と願いには応えてくれそうも無い。
「でも大丈夫、僕は繋ぎに過ぎない。新たな英雄も誕生した。それに何より、君達がいる。僕は、時間を稼げた。後は頼みました」
光はいよいよ強くなる。
もはやアルバシスは光だ。
言いたい事は、言えなかった事は山のようにあるが、四人はただ耳を傾けた。
「願わくば、最高の君達で、あらんことを」
そう言って微笑むと、アルバシスは消えた。
しかし悲しんでもいられなかった。
各地から、今までは無かった筈の強大な気配を感じたからだ。
まだ動いてはいない。
アルバシスが言うように封印に綻びが出来たのだろう。解放はされていない。
四人は顔を見合わせると頷き、それぞれ行動を開始した。
封印の状態を確認する為に。
ボッチが魔王を討伐したこの日、フィーデルクス世界は新たな時代へと歩みを進めたのだった。
この事をボッチは知らない。
その中心にいる事も。
次話は女神視点になります。その後、登場人物紹介を挟んで次章に入ります。




