閑話 変人1 英雄のお茶会
変人視点です。
中央城塞都市メリアヘム、その中心である大神殿から南東に少し進んだところには小さな教会がこじんまりと佇んでいた。
四方を長年増築され砦化した建物が囲む中、そこだけは暖かい雰囲気の素朴だが優しい教会だった。
芝の茂った小さな庭を子供達が駆け回る。
ここはリューン教会。
祀られていた神の名すらも忘れ去られるほど古い教会で、五千年の歴史を誇るメリアヘムでも最初期から存在していると言われる教会だ。
伝説の放浪の勇者シェルトベインの墓が存在している事で知られている。
三千年以上昔の英雄であり、その存在自体が議論される事もあるシェルトベインの墓が本物かどうか、その真偽は定かでは無いが、五千年近くもこの教会が残っているのはシェルトベインの影響が大きい。
世界中にシェルトベインの墓と呼ばれる場所はあるが、世界の中心メリアヘムの中にあるここは、ちょっとした観光名所であった。
教会の近くの広場にはシェルトベインの像が建てられており、今日も観光客が訪れていた。
シェルトベインの墓があると伝承にあるだけで、教会内の何処にあるかと言う正確な伝承は無い為、専ら広場の像が観光名所で、教会は史跡として扱われる事が多い。
教会は普段、孤児院を運営しており、と言うよりもそちらがメインである為に来客は大のシェルトベインファンくらいしか来ないが、今日はその珍しい来客があった。
しかも、観光客の目がシェルトベイン像から奪われるような来客が。
黒いフリフリのドレスを着た筋骨隆々の大漢。しかも筋肉の付きにくい事に定評のあるエルフ。
反対に黒いタキシードを着た胸の膨らんだ貴公子。胸を見れば明らかに女性エルフだが、女性も惚れる美男子ぶりで、何人もの女性観光客が目を奪われる。
そして黒い布一枚だけを纏った尻尾が九つある狐の獣人族の女性。こちらには多くの男性陣の視線が集まる。
尚、フリフリドレスの巨漢からは皆、目を逸していた。
そんな彼女等は真っ直ぐと吸い込まれるように教会に向かい、シスターに暖かく迎えられる。
きっと、彼女等が誰か正体を知っても、誰もが信じないだろう。
彼女達は伝説の勇者シェルトベインのパーティーメンバーであり、家族であった。
一行は、教会の地下へと進む。
長い階段を降り、明るい野原に出た。
地下であるのに外と何も変わりがない。
ここはメリアヘムの迷宮、第三の魔王ゼルアノスの根城の跡地に発生したダンジョンの隠し部屋であった。
そして、一行にとっては幼少の頃に遊んだ秘密基地であった。
緩やかな丘を登り、やがて一本の木の元にまでやって来る。
「あなたが死んでから一体どれだけの時間が過ぎた事でしょう。でも、忘れた事は一時もありません」
「今でも思い出すわ。ここで駆け回った事も、各地を冒険した事も」
「君は僕達双子にとって初めての友であり、家族でした。君は僕達を初めから気味悪がらなかった」
「今は私の事を美しいと周囲は褒め讃えますが、最初に私の事を美しいと言ったのはあなたでしたのよ。覚えているかしら」
リューン教会にシェルトベインの墓があると言うのは、真実であった。
そしてここが、シェルトベインの育った場所でもあった。
そしてシェルトベインの伝説も大部分が真実であった。
伝説によると、シェルトベインは千年近くも生きたとされ、子や孫が先に旅立つのを見て、放浪を続けたとされている。
しかし現代の研究ではシェルトベインとはシェルトベイン家数代の英雄達の伝承を束ねた架空の人物だとされていた。
人は千年も生きないし、偉業の数が多すぎたからだ。
しかし確かに実在の人物であり、千年生き、一人では成し遂げられない数々の偉業を成し遂げた。
シェルトベインの墓参りに集まった彼女達も、数千年を生きる規格外達だ。
人族であるシェルトベインが千年もの時を生きたのも、エルフと言っても長くて五百年の寿命しか無い彼女達が存命しているのも、種族の位階を数段上げたからである。
種族の位階を上げる、覚醒と呼ばれるそれを成し遂げると、力だけで無く寿命も倍近く上がる。
尚、シェルトベインよりも長生きなのは、彼女達がシェルトベインよりも強大な力を持つからではなく、元々の種族差である。
あくまでも倍なのでシェルトベインは千年で去り、彼女達は今も生きている。
墓参りが一通り終わった一行は、木の隣で椅子やテーブルを広げ、お茶会を始めた。
「最近、孤児院の調子はどう?」
フリフリ黒ドレスの巨漢、リューゼルが孤児院のシスターで天使族のイレミナに話しかける。
「魔王のせいで、あなたが運営していた時よりも厳しくなりましたね。運営資金はあなた達の寄付で何の問題もありませんが、街がピリついていると、どうしても雰囲気に敏感な子供にも伝播してしまって……」
このリューン教会は、長い寿命を隠す為にここに居る四人で交互に運営していた。
変人が多い中で大丈夫かと思うかもしれないが、エルフの双子リューゼルとリューナは双子特有の固有スキル〈双対共鳴〉によって、周期毎にお互いの性別に強く共鳴しているだけであって、百年の半分くらいは元の性別に戻る。
その期間に孤児院を運営していた。
露出教徒のクナはシスターである間、服を着ているように見える幻術を纏うと言う苦肉の策で対応している。
そして現シスターのイレミナは反対に、この期間はまともだが、血を見ると興奮を抑えられない極度の怪我人マニアだ。
回復魔法の達人で慈悲深い彼女は、誰かの世話をしていないと落ち着かない質で、子供達の世話をしていないと自分から探しに飛び込む変人と化す。
昔は辛うじて常人寄りであったが、永く生きている間に抑えていたものがシミ付き、いつしか抜けなくなってしまっていた。
まあそれでも、変人なだけで孤児院を運営している世間一般で言う善人である。
そんな彼女達は、魔王の話題に入った。
「魔王か、今代の魔王は史上最強と言っても強さだからな。このメリアヘムも今度ばかりは危険かも知れない」
「ならば、私達がこっそり始末しておきましょうか? 私達がかつて闘った魔王よりも強くとも、今の私達なら倒せますわよ」
こっそり史上最強の魔王を倒すなど、とんでも無い事を言うが、戯言でも何でも無かった。
ただ永生きなだけで無く、伝説の勇者のパーティーメンバーとして最前線で戦っていた実力は未だ健在だ。数千年の間に磨きまでかけている。
彼女達に魔王が倒せないのなら、人類は滅びるしか無い。
そうとまで言える程の力を持っていた。
しかし、その力を存分に発揮する事は、数千年間殆ど無かった。
「いえ、それはやめましょう。ルトさんの居なくなった穴は未だ埋まっていません。最強の魔王はルトさんが倒し、次の魔王が現れた時には、ルトさんの築いた平和で増えた数の力で魔王に勝てるようになりました。そして、犠牲も多くなった。私達の時代のように、実力で勝てるようにならなければ、きっと悪化し続けます。私達が居なくなった後、また強大な魔王が現れたら、人類はそこで終わってしまうでしょう」
彼女達は身を持って知っていた。
強大な一人が世界の問題を解決する危険性を。
シェルトベインが生きていた頃、三柱もの魔王を討伐する間に、そうして生まれた平和な時代に、人類の戦力は大分落ちてしまっていた。
単純に人口が増えたというのもあるが、同じ強さの魔王が相手でも犠牲者の数は年々増加している。
「でも、今の子達に勝てるかしら? 実力者の数も増えたけど、数だけよ? ルトに並ぶ実力者は居ないわ? あの時の魔王よりも強いのよ?」
「ああ、それこそ人類の終わりがここに来てもおかしくは無い」
もはやお茶会でするような話では無い。
それでも特に激しい意見のぶつかり合いも無く、和やかにお茶会は進んでゆく。
そんな和やかさを消したのは、話の内容では無かった。
「「「「っ!?」」」」
突然生じた強大過ぎる気配に、四人は立ち上がる。
初代魔王の復活は、規格外の力を持つ彼女達にすら衝撃を与える規格外の出来事であった。
次話も変人視点が続きます。
その後は女神視点、登場人物紹介になる予定です。
8/8追伸、オリンピック終了までに次章に入るのは無理でした。お盆終わりまでに次章へ入る事を目指したいと思います。




