閑話 原悪&旧神1 古の決着
本編四周年記念投稿です。
古の魔王はなりふり構わず力を解放した。
もはや旧神にも復活は勘付かれている。
隠しても意味は無いと全力を尽くす。
と言っても完全復活とは言い難い。
瘴気を使った術式は聖水の波にかき乱され形にならない。
高密度の瘴気をぶつける程度の攻撃方法しか持ち合わせていなかった。
それ故に選んだのは短期決戦。
瞬間的に高濃度の瘴気をぶつける事で、出力を上げ脅威を排除すると言う方法。
神話の決戦で神々をも侵食した原悪の瘴気、勇者も耐え切れまいと勇者に向けて解放する。
事実、それは現代の神々でも触れただけで汚染されてしまう程の濃い瘴気であった。
瘴気を力とする魔王であっても膝を着く程の瘴気。
不味いと旧神は封印の入り口に重ねて結界を展開した。
瘴気が外に漏れないようにと。
その目論見は成功して失敗した。
瘴気の直撃、一斉開放は免れた。
しかし、跳ね返り封印内部に充満した瘴気は聖水を汚染し邪水とでも呼べるものにまで汚染した。
邪神そのものと瘴気を防ぐ事に特化した結界は、邪水を素通りさせてしまった。
古の魔王はヤッたかと、旧神は無事かと勇者を注視する。
そこで初めて勇者の姿を目にした。
『『全裸だと!?』』
また奇しくも古の魔王と旧き神は声を一つにした。
それは共に想定外の出来事であった。
強力な聖属性の力を発している異世界の勇者は何故か、素っ裸だったのだ。
共に、経緯は不明だが原悪の魔王を討ち取る為に、少なくとも封印の状態を確認する為に来ていると言う事は確定事項であった。
幾ら何度考えようとも、それ以外に答えなど存在しない筈であった。
しかもよく見ればまるで、いや間違いなく風呂に入っている様子だ。
頭にはタオルが乗せてある。
何より、どう見ても浴槽が造られていた。
魔王討伐どころか調査を行いに来た様子の欠片も存在しない。
しかも原悪の瘴気に侵された邪水に気持ち良さそうに浸かっていた。
本来、無事か否かを確かめる筈が、その事はまるで頭に入って来ない。神にも図り知れぬ事であった。
『『…………』』
両神は神話の再戦を始めた筈なのに、呆然とし雄叫びの一つも上げられない。
暫しちゃぽちゃぽと勇者の温泉の音だけが二柱を通り過ぎて行く。
だがそこで二柱は気が付いた。
勇者が聖属性の魔力を纏っている事に。
放出するのでは無く、身に纏っている事に。
つまり邪水が効かない訳では無く、耐えている。
原悪は嗤い、旧神は顔を青くするところでまた気が付いた。
何故、無理をしてまで瘴気に侵された汚染水に浸かっているのかと。
そして無理をしている筈なのに、気持ち良さそうに浸かっている事に変わりない。
正確に知れば知る程、疑問の方が増えていった。
だが、行動しなければ聖水と聖属性の力の前に倒れるしか無い原悪は考えるのを止め、攻撃する。
瘴気をもう一度放出した。
だが、一向に効く気配がない。
少し表情は変わるが、風呂が熱いと言った程度の反応だ。温泉に入っているからこそ、そうとしか解釈出来なかった。
『『喜んでいるだと!?』』
そして瘴気は効くどころか、何故か勇者は喜びを顕にした。
この時、勇者はスキルが上がり喜んでいたのだが、そんな真実、如何に偉大な神だったとしても知る由もなかった。
もはや二柱とも、六千年来の因縁の敵に意識を向けてもいなかった。
全ての意識を奇妙な謎生命体、勇者に取られていた。
尚、当の勇者は二柱の存在に気付いてすらいない。
瘴気に汚染された汚染水に入っている自覚も皆無だ。
瘴気の侵食をただのぼせて来たとしか思っていない。
ある意味でも勇者である。
そんな真実を知らない二柱は、既に思考停止しかけていた。
二柱からすれば、既に神話にしか残っていないであろう伝説の地に、魔獣が跋扈する大魔境の奥深くに、異世界の勇者が一人全裸で、瘴気で汚染された温水に浸かっているのだ。
それも聖属性の力を身に纏いながら無理をして、それなのに瘴気が濃くなると喜ぶ。
どこを切り取っても、状況を理解出来る筈も無い。
原悪に関しては消滅の危機でもあるのに、それすらも意識から逸れる程に混乱していた。
全てが意味不明だ。
しかしそうも言ってられなくなる。
勇者から発せられる聖属性の魔力が強くなった。
魔力の量が増えた訳では無い。
より聖属性の力が込められた魔力となったのだ。
『グワァァァァオォォァァッッッ!!?』
思わず原悪の魔王は悲鳴を上げた。
我に返った原悪は更に瘴気を込めた。
既に肉体を喪い霊体である、瘴気の塊とも言える原悪の魔王にとって瘴気を使い過ぎる事も消滅に繋がる危険を犯す行為であったが、後を考えるのを捨てる。
例えここで消耗し眠りについても、六千年である程度回復した様に、いつかは復活出来る。
百万年の眠りについたとしても、今ここで奴を討つ。
ここで初めて、原悪の魔王は勇者を敵と認定した。
身を削って勇者に瘴気を解き放つ。
それを見て旧神も思い出す。
仇敵の存在を。かつて世界を滅ぼしかけた悪の脅威を。
そして、それに立ち向かう希望の存在に。
今ここで、古の決着をつける。
勇者に全てを託す事に決めた。
旧神も身を削り、自らを神気へと換える。
闇と光は今再び交差した。
闇は勇者を呑み尽くさんとし、光は闇を削ってゆく。
そして勇者は湯に浸かる。
闇は勇者の周りを汚染し、光は魔王の周りを浄化した。
もはや勇者が光っているとくっきり見えるまでに、汚染が進む。
しかし勇者は水を飲むのみ。
「この温泉、素敵過ぎる!」
それどころか、とんでも無い事を吐かす。
『グゥゥゥオオォォォォォォォ!!!!』
原悪の魔王は死力を尽くす。
ここで初めて勇者は顔を顰めた。
そして結界を発動。
勇者の周りは瘴気で染まる。
旧神は原悪の魔王と旧神の間にその身を滑らせた。
その身で瘴気を受け止め、神気を正面から放出。
この旧神の献身で勇者は護られた。
そしてステータスを上げる事に成功した。
勇者が放つ光がより清々しくより優しく、より強い光となり瘴気を押し退け、旧神に力を与える。
しかし原悪の魔王の瘴気の方が未だ強かった。
原悪の死力に共鳴し、かつて原悪が放ち侵食していた瘴気までもが原悪に集まり出す。
旧神も死力を尽くしてその勢いを止める。
そして勇者はその中で成長してゆく。
聖なる光が次第に強まる。
しかし瘴気を押し切れない。
「うぉおおおおぁぁあっ!!」
勇者も遂に死力を尽くすまでに追い込まれた。
『このまま死ねぇぇーーーぃい!!!!』
『負けるなぁぁぁーーー!!!』
そして勇者は奇跡を起こした。
「ぐぅおおぉああっ!!」
勇者は原悪の魔王が瘴気を取り込んだ様に、周囲の聖属性の魔力を一気に掌握しその身に宿した。
眩い光が一帯を照らす。
『―――――――――ッッッ―――!!!!!!』
そしてその光は。
『ッッッッ!!!!!!!!――――――』
遂に原悪の魔王を浄化した。
フィーデルクス世界の悪の根源を浄化する事に、六千年間誰も成し遂げられなかった偉業を、異世界の勇者は成し遂げた。
ここに六千年の因縁は終わった。
まだ世界には魔王が存在する。
しかしこの勇者がいる限り、幾度この世界に魔王の脅威が襲来しようとも、世界は守られ続けるだろう。
旧神は自らの役目を終えたと確信した。
元々束ねねば成立せぬ程に消耗した神格は、この戦いでそれでも成立せぬ程に消耗した。
しかし旧神は束ねた神格を解き放った。
既にこの身は役に立たない。
どの道、消える事になるだろう。
役目も終わった。
この世界に我々は必要ない。
あったとしても、彼がいる。
何やら真実に気が付き、茫然としているが、彼ならきっと大丈夫。
ならば、次へと繋げよう。
『……ありがとう…』
『異界の…勇者よ……』
『…あなたは…人々を救った……』
『誰も見ていなくとも…我らだけは知っている……』
『……君は…闇を……払って…くれた』
『…私たちの……代わりに…』
『…心よりの…感謝を…』
『どうか受け取って……欲しい…』
『我らに出来る……最後の力……』
『…あなたの為に……』
『『『感謝を込めて』』』
旧神は、旧き神々は遺りの全てを勇者に託した。
報酬として、感謝として、そして願いとして。
『『『さらば…愛しい子ら……さらば………異界の勇者よ…………』』』
旧神は、微笑みながら世界に還った。
次話は変人1を予定しています。まだ未完成ですが、オリンピック終了までには投稿したいと思います。
また、本編四周年を記念して第二の兄弟作、三作目を投稿したので、そちらもお読み頂ければ幸いです。
タイトル上の【ユートピアの記憶】から飛べます。
今更ながら、第一作【クリスマス転生】今作【ボッチ転生】そして第三作【不屈の勇者】はそれぞれ設定を補完する関係になっています。
尚、一応シリーズですが、舞台はそれぞれ別世界なので交わる事はありません。その為、内容を知らなくとも全く問題はありません。
本編において初めて繋がります。が、本編の内容を知らなくとも、これも全く問題は無いのでご安心ください。




