閑話 旧神話2 新たな神話へ
原悪2
突然、激痛が走る。
『グワァァァァオォォァァーー!!?』
それが我の目覚めだった。
結界が破れている。
同時に、結界で寄せ付けずにいた大量の聖水の流れが激流となって襲いかかって来た。
我が結界は、図らずも聖水の流れを堰き止めていたらしい。
聖水が排出される水脈を塞いでいたのだ。
聖水を通さず触れさせず、謂わば結界が我の求めた通りの性能を発揮したが故の弊害。
その弊害は大き過ぎるもので、山上の湖が決壊し生まれた濁流の如き流れを生み、莫大な聖水が我に襲いかかる。
この忌まわしき霊峰が崩壊していない様に、過剰量の聖水が排出される水脈はある様だが、明らかな過剰量。河川とは違い体積に限界のある地下水脈が拡がる事も無く、莫大な聖水は一向に消えない。
それどころか、中途半端な排水能力は動き出した莫大な聖水に更なる動きを与えていた。
聖水が波となり渦となり壁となり我に何度も襲いかかる。
忌まわしき神々との決戦においても、これ程の威力を持つ魔法を浴びた事は数える程しか無い。
即座に結界の再展開を試みる。
『っ!??』
いとも容易く結界は聖水の流れにもみ消された。
結界が完成する隙きが無い。術式を組み上げても、実体化する展開途中で砕かれてしまう。
結界を盾に例えると、今の状況は盾を造っても盾を持つ前に流されてしまう状態だ。
こうなれば計画よりも大分回復したエネルギーは少ないが、封印の突破を試みるしか無い。
神々め、まさか奇襲を仕掛けてくるとは。
しかし奴らも間抜けだ。
我が弱ったと思い完全消滅させる為に攻撃したのだろうが、それは結界で力を隠していただけの事。
結界を張る前よりは、奇襲を受けた今の方が断然エネルギーは回復している。
対して奴らは元々辛うじてこの世に留まっているだけの残りカス。
我と違い神性を犠牲にしては、信仰を集める事もまともに出来ていまい。神性を寄せ集めているようだが、それは元とは違う神格。新たな神と言っていい状態。かつての信者の信仰は大した力にならない。
それなのに僅かな力を奇襲に使う。
完全に機を見誤っている。
馬鹿な奴らだ。
結界を張るのを止め、攻撃に切り替える。
封印の内部で暴れたところで、本来なら大した意味は無いが、それは外からも同じだ。
封印自体は我を閉じ込める事に特化しているから攻撃機能は無い。
奇襲を仕掛けたと言う事は、内部に奴らがいる、もしくは封印の外から綻びを造りそこから攻撃を入れたと言う事だ。
つまり、こちらの攻撃も奴らに届くと言う事。
襲撃者を探し、そこで初めて気が付いた。
敵は、憎き神々では無い事に。
旧神3
突然、邪神に動きが、正確にはその周囲に変化があった。
大量の聖水が、地底湖が大いに乱れたのだ。
同時に邪神が封印後初めて、叫びを上げた。
封印直後から、意識も封じていた邪神がだ。
まさか、邪神の封印が解けたのか!?
普段、元々少ないエネルギーを消費しない為に寝かせている力を全て覚醒させる。
しかし、様子がおかしい。
確かに邪神の意識は復活したようだ。
エネルギーも大きく回復している。
だが、大いに苦しんでいた。
封印の許容を上回る力を手にしたから復活したのでは無いのか?
そうであれば邪神に聖水程度が効く訳がない。しかし効いている。
いや、あの災害のような聖水の流れはなんだ?
あそこまで聖水量を増やす事は管理者である我でも不可能だ。何千年も聖水を貯め続けなければ出来る事ではない。
いや、思い返せば何故か地底湖と言う程に聖水は溜まっていた。微量ずつ増えていて気が付かなかったが、封印当初と比べると明らかに違う。泉程度のものが湖規模になっている。
だが聖水の出処は解っても、何故それがこうも荒れ狂っているのかは謎だ。山上の湖を決壊させればこんな勢いも生まれるだろうが、それも聖水が堰き止めていなければ起こり得ない。
邪神が崖のように高く、広い範囲に渡り結界を張ってそれを解除したのならば起こり得るが、……いや待て、今日まで邪気だと思っていた範囲が邪神の結界であったのなら、それも説明がつく。
いや、仮にそうだとしても、何故結界の解除を?
そう思っていると、ちょうど封印の真上に、強力な聖属性の反応があるのに気が付いた。
こんな所に人が!?
まさか人類は、ここまで復興したのか!?
いや、ただの人間では無い!
『『勇者だ!! 異世界の勇者がここにいる!!??』』
旧き神と古の魔王は共に絶叫した。
声帯機能を肉体と共に喪って久しい二柱であったが、それはもう絶叫した。
旧き神は微かな喜びを込めて、古の魔王は微かな焦燥を込めて。
そして共に神生最大の、この瞬間においてはフィーデルクス史上最大の驚きを込めて。
共に知覚域を最大限まで拡げる。
もはや、ここまで人は復興したのかと。
しかし、その答えは否。
この大陸の入植時から、そこまで大きな発展は遂げていなかった。
ならば何故、忘れ去られているであろう、この封印の地へ。
届いている信仰の強度からして、御伽話程度にしか伝わっていない筈だ。史実とは思われていない。
良くて精々、一部研究家がこの話にはモデルがあると信じるのみだろう。
物語所縁の地を巡る旅行としても来るような場所ですら無い。
難易度が高過ぎるし、それを超えうる好奇心も生まれる下地は無い筈。
考えれば考える程、驚きと疑問は増していく一方であった。
何故一人だけ、ここに居るのか全く分からない。
しかも相手は異世界の勇者。
この世界で生まれた勇者が封印の地にやって来るのならまだ理解出来た。
今代の魔王を目の当たりにし、僅かな可能性も捨置けないほど警戒心や危機感が高まっているのなら、御伽話に過ぎないと思っていたとしても自分の目で確認しに来るかも知れない。
御伽話だと思っていたとしても、その御伽話は幼少期から聞かされている。知名度だけは高い。魔王に強い危機感を抱いただけで脅威の可能性と結び付ける事も可能だろう。
だが、異世界から来た勇者は聞いたばかりの御伽話を気にする筈が無い。
何よりも、まだ今代の魔王は現存している。
旧き神と古の魔王にはっきりと今も探知できている。
つまり、使命は未達成だ。
それを放り出して来るような場所では無い。
そしてここに来るほどの実力が有るのならば、魔王と正面から戦っても良い勝負が出来るだろう。
尚更、魔王と勝負を優先する筈だ。待つ理由がない。
旧き神と古の魔王はただただ驚愕し混乱した。
しかし、ここに火蓋は切って落とされた。
古の神話の決着は、今ここに始まった。
次話は本編4周年記念日に投稿する予定です。




