閑話 魔王1 策謀の魔王
魔王とは何か。
フィーデルクス世界においての答えは神である。
負の感情を信仰として生じた神。
それが魔王である。
だからと言って神かと問われるとそれも疑問が残る。
負の感情は真に信仰ではなく、信仰そのものが本体にはなり得ないからだ。
正確に言うならば、魔王とは魔法だ。
フィーデルクス世界には魔力が満ちている。
この魔力に指向性を与えればそれは魔法へと転ずる。
魔力を魔法へと変換する指向性とは、本来術式では無い。魔法とは本来思いや想像によって使えるもの、いや使えたものだ。
魔術とはその魔法を誰もが術式を知っていれば発動できるようにした簡易魔法、もしくは略式魔法とでも言える存在であり、魔法の発動を本能的に可能にした能力は、そしてその正確な方法は、魔法の簡略化や必要性の低下などの影響で衰退して久しい。
真に魔法を使える存在は、もはや殆ど残っていない。
神々や龍といった超位存在ですら、その傾向にある。
時間で言えば、フィーデルクス世界が創造されるよりも遥か太古の時代から、魔術と言う技術は広まり魔法は消えていた。
しかし、思いや想像が魔力に指向性を与えると言う事は変わらない。
これは魔力のある世界においては物理法則と同じように、不変にして普遍のものだ。
つまり思いや想像と繋がる感情は、その中でも強い感情は、微弱でもそれだけで魔法と化す。
その感情が正の感情であれば、向けられた対象はその魔法を受け入れる。そして起こるのは、気持ちが伝わると言った程度の魔法だ。
しかし負の感情で発生した魔法は即ち呪いだ。対象を傷つけるものであり、そんな呪いは対象の抵抗力で簡単に弾かれる。
余程強い恨みでも無いと、真に呪いと言える程の効力は発揮できず、門前払いだ。
そしてその弾かれた魔法は、元々弱い魔法であり中途半端、魔法のように具現化する事は無く、物理現象としてエネルギーを即座に消耗させる事もなく、魔力に溶け込んだままとなる。
そんな汚染された魔力、瘴気が溜りに溜り、具現化されたのが魔王と言う訳だ。
つまり、フィーデルクス世界においての魔王とは負の感情を、負の願いを叶える魔法であると言える。
尚、余談だが神々は、魔力の無い地域からの信仰でも発生する。
願いや想いが集まると言った共通点はあるも、根本的には違う存在である。
そして、そんな魔王は、注がれた負の願いによってその存在自体が定義される。
例えば悪意の多くが暴力的なものである場合は暴力の化身として、悪意の多くが奪う事であれば略奪の化身として、魔王は在る。
フィーデルクス世界においての魔王は、そんな暴力や略奪の化身であった。
しかし、今代の魔王は違った。
悪意が時代を経て偏移したからだ。
力が全ての時代は昔に過ぎ去り、悪意は複雑化した。
魔王不在の時代が長らく続き、人同士の戦いが続く中で、戦争は武人の間だけでなく権力者の間にも権力闘争として起こるようになり、盗賊山賊に加え知恵で略奪する詐欺師や、義務は守らずに権利だけは主張し搾取する権力者が増えた。
一言で言えば、平和だった故の弊害だ。
魔王軍の脅威に常に対抗していた時代は、人類に不利益をもたらす者は即座に排除された。
如何に権力を握っていようとも所詮は人間。人外の怪物を倒す英雄に敵う筈もない。
力が必要とされる時代において、力が乱立する時代において権力とは即ち武力だ。必要とされているのだから、直感的に正しければ、不利益をもたらさなければ人々はそれを是とした。
だが今は、法の時代。
必要の無い武力は、法を破れば処罰され、武力で対抗しても必要とされていないが為に人々はついて行かず、法を守っていても人々の役に立つ道を自分で見つけなければ、明日の食事にも困る時代だ。
その武力も明日の糧を得る為に権力者の下にいる時代。
悪意の多くは、正面からのものでは無く、裏に潜むものが主流となった。
それに従い、今代の魔王も裏に潜む魔王であった。
中央城塞都市メリアヘムに向け航海する船の一隻、大国の旗艦と比べても遜色ない大きさを誇るグレートゼルシエ号は、新興国ゼルシエの旗艦だ。
船員の練度や船の仕上がりは大国に劣るが、船の規模としては新興国の力に見合わない大きさがある。
ゼルシエは新興国と言っても百年程度の歴史はあるが、大国どころか中堅国家にも入るか入らないか程度の微妙な国。
それにも関わらず、大国レベルの船を所有出来たのには、それなりのカラクリがあった。
そのカラクリとは船の材料。
グレートゼルシエ号は、その機構の大部分が一体の魔獣素材から造られていた。
その素材とはゼルシエ近海を縄張りとし長い間支配していたギガントクラーケンの甲。少し平たいが、そのままでも船として利用できる形と十分過ぎる大きさのある甲だ。
戦艦も丸呑み出来る巨大クラーケンの甲をそのまま利用して造られたのがグレートゼルシエ号である。
そんな船に、一人の聖人が乗っていた。
肩まで伸びるサラサラの金髪。
覚めるような青い瞳。
そして美術品のように整った中性的な顔立ち。
まるで人間では無く天使のように美しい彼は、ギガントクラーケンを打倒し、貴賎に関係なく人々を癒やし旅をするゼルシエの聖人、【天翼の聖者】ミカエリアス。
彼はメリアヘムの大神殿に祀られていない彼の信仰する新たな神、【天光神】エリアスを新たに大神殿に奉る為に、また地方の力ある有力者として招かれメリアヘムへと向かっていた。
ゼルシエの旗艦を使っているのは、ゼルシエの聖人であると言うアピールであり、大恩あるミカエリアスへの少しでもの恩返し。
船員も彼に助けられエリアスの信徒となった者達。
そんな彼らは、ミカエリアスが認められ招かれた事を誇り、傍からも喜びが分かるムードのまま今日まで航海していた。
船員の誰もが陽気で、笑顔を浮かべていた。
しかし、今はそれが剥がれ落ちたように無表情になり、グレートゼルシエ号で最も厳重な船長室を更に固め、厳戒態勢で進んでいる。
何重もの結界で護られた船長室の中にはミカエリアスを中心に数人の姿があったが、ここに集まる者達も表情が抜け落ちた様な無表情で話し合っていた。
「新たな魔王が現れたと思ったら消えた。一体どう言う事だ?」
まるで作り物の様な無表情でミカエリアスは問う。
「我が君、封印された魔王がいない事は調査済みです。約千年にも及び溜められ続けた瘴気は、全て貴方様に注がれております。魔王誕生に必要な瘴気は存在しておりません」
そう、ミカエリアスこそが今代の魔王ディゲルアヌスであった。
船員も人間に扮した魔族。
ミカエリアス、いやディゲルアヌスに説明しているのは悪魔、それも前魔王、十四代魔王ユグリドスの腹心であった【智泥の悪魔】エザル。
主人を打ち滅ぼされたエザルは千年もの間、瘴気が集中するのを防ぎ、溜め続ける事で史上最強の力を持つ魔王ディゲルアヌスを生み出した張本人だ。
「エザル、お前ならば、魔王の気配だけを生み出す事は可能か?」
「いえ、我が君よ。魔王とは瘴気のみによって生じる存在ではございません。束ねる理が存在しなければ、如何に強大な瘴気を集めようとも魔王には成りません。そして理は魔王が、つまり貴方様が存在する限り、機能する事はありません。魔王の気配とは特殊なのです。手を加えたところで、気配だけの再現であっても、忌まわしき神々にも再現は不可能でしょう」
「そうか。では神々や人間の策略では無いと言う事か」
「おそらくは」
千年もの時、暗躍し続けた悪魔エザルにとっても今回の事は想定外、想像の埒外でしか無かった。
「しかし異世界の女神だけは、何が可能か未知数です。異世界から勇者を召喚出来るのですから、魔王を召喚する事もおそらくは可能かと」
「異世界の魔王か。仮にそうだとして、何故異世界の女神がそんな事を?」
「私には計りかねます」
暫し考え込んだディゲルアヌスは結論を下した。
「新たな魔王が、その気配を生み出した存在が我らの敵だとして、場所は遠く離れたデルクス大陸、ここに干渉は出来まい。既に陽動はケペルベックで動いている。
予定通り、メリアヘムの主戦力が動き次第、勇者を始末する」
「「「御意」」」
ボッチのボッチ力は魔王にまで影響を与えるも、その行動を止める事が出来なかった。
次話もゴールデンウィーク中に投稿したいと思います。
また視点が変わるので少し遅くなるかも知れません。




