閑話 王太子2 色仕掛け?
私は、勇者に身を捧げに来た。
いや、そんな言い方はよそう。
これは、色仕掛けやハニートラップと呼ばれるものだ。
こちらの世界からすれば、王族の、それも末端では無く王位をいずれ継ぐ直系王族の身を捧げる最大限の誠意だが、勇者からしたらそんな事は関係無い。
色仕掛けとなんら変わらないだろう。
ただこの世界を守ってくるよう、情に訴えかけるのだ。
守りたいと、思ってくれるように。
それでも、我々に出来る最大限の事はこれくらいだ。
我が身すべてを捧げても、卑しい色仕掛け、その程度にしかならない。
だがそれでも、世界の為に全力を尽くさねばならない。
それに中途半端では、彼女に少しでも報いる事にもならないのだから。
しかし果たして、私に出来るか心配だ。
最低でも色仕掛け、彼女が気に入ってくれるようでないと、まるで意味が無い。
ただ見知らぬ男が部屋に押しかけてくる犯罪だ。
色仕掛けも同じようなものかも知れないが、気に入られれば傷つける事は無い。しかし押し入りになってしまうと恐怖を与えてしまう。傷つけてしまう。
報いる事が一応の目的なのにだ。
勿論、色仕掛けなのだから、その選定は行われた。
私が自分勝手に行動している訳ではない。
全勇者に私と同じように誰かが、例えばここに来る時に遭遇した元婚約者のように誰かが向かったが、その全員は選ばれた者達だ。
血筋は最低王位継承権第二位まで、もしくはそれ相当。
勇者に気に入られれば国家継承者に確定する。
男子継承の国も、今回はそれに同意し、制度すら変えている。勇者の数が多かった為に変化が大きかった。
外見などは、何人もの審査員を用意して行われた。
能力も最低ラインを決めてそれを超えた者のみ。
魔道具で純血も保証済み。
一応は、この世界の最優良未婚者が揃った筈だ。
しかし勇者の好みを確認できている訳ではない。
人の好みの幅は広い。
ドワーフとエルフ、種族が違えば好みどころか醜美の基準すら異なる。
世界すら異なる異世界の勇者の基準に、私は見合うだろうか?
元より選ばれたと言っても、王族の中からの話だ。
千人の中から選出された訳ではない。
勇者の倍の数も候補は居なかったと思う。国の数も多い訳ではないし、その中で年齢の釣り合う高位王族など、多い訳がない。
一応、周囲は私の事を美しいと言ってくれる事もあるが、私は列強の王太子、そのまま受け取れる立場に無い。少なくとも、表立って私を醜いと言えるものはいない筈だ。
それに私は、人を好きになる、恋愛と言うものを知らない。
私の相手は、生まれた時から両親が、正確には国が決めるものだと定まっていた。王族は何時だって政略結婚だ。
私にとって恋愛、結婚、その手のものは愛すものでしか無い。決められた相手を愛すように努める、それが全てだ。それ以外を知らない。
好きになってもらう手立てを、私は知らない。
だが、やるしかないのだ。
他の選択肢など存在しない。
既にもう、扉は開いてしまった。
彼女は目の前。
とりあえず挨拶だ。
必死に心を沈めて挨拶をする。
「お疲れのところ失礼致します。勇者マリ様、私はマリ様のお世話係、オスケノア王国の王太子リクセンハルト・グベル・ノア・オスケノアと申します。我が身はこれよりマリ様のもの、ご自由にお使いください」
深々と頭を下げながら、そう告げた。
短時間で習った執事の所作だが、上手くいっただろうか?
恐る恐る顔を上げる。
勇者マリの目元は腫れていた。
服の袖も、見て分かるほど濡れている。
今は泣いてないように見せているが、ついさっきまで、部屋に入るまで泣いていたのだろう。
……嗚呼、私達はなんてことを…………。
無理矢理普通の少女を異世界から連れてきて、それも命をかけて世界を救ってくれと頼むなんて……。
改めて、私達の罪が心に刻まれた。
「申し訳ありません……。我々の身勝手で、無理矢理召喚してしまい。お望みでしたら、如何様にも私に怒りをぶつけて下さい」
そう言うと、私は目を閉じ再び頭を下げる。
しかし、一向に衝撃は来ない。
手が、温かいものに包まれる。
「顔を、上げて下さい」
マリ様は、私の手を掴んでいた。
「貴方は、何も悪くありません。私達は、死んだんです。それを、召喚と言う形で生き返らせてくれて、私達は感謝しています。怒りなんて、とんでもありません。だから、顔を上げて下さい」
ゆっくりと顔を上げる。
少女は、泣いていた少女は微笑んでいた。
私の為に。
深い悲しみを横にやって。
生き返らせてくれたと言ってくれたが、私達がやった事は死者の安らかな眠りを妨げ、苦難の道へと落とす行為なのに。
私達には、利己的な思いしか存在しなかったのに。
それでも彼女は、私の事を優先してくれる。
辛いのは、貴方の筈なのに。
「大丈夫、大丈夫です。だから、泣かないで」
温かいものが頬を伝う。
涙とは、こんなにも温かいものだっただろうか? いや、私の身体はそれだけ冷たかったらしい。
そして彼女は、こんなにも温かいようだ。
「マリ様、一生、お仕え致します」
私には、これだけしか言えなかった。
他に言葉が、浮かんで来なかった。
気が付けば、口にしていた。
色仕掛けは、正直どうすれば良いのか分からない。
でも、だから愛そう。
私の唯一知っている手段はそれだけだ。
例え彼女が私の事を心底嫌っていたとしても。
憎まれたとしても。
私は最期まで彼女を愛そう。
最期まで彼女に尽くそう。
彼女が誰かに恋に落ちたら、私は彼女の恋を応援しよう。
例えその時には結婚していたとしても、私は彼女の邪魔をしない。
いつまでも彼女の幸せを願おう。
でも、近くで貴方に愛を捧げる事だけはどうか許して欲しい。
勇者の貴方に思うのは傲慢かも知れないが、貴方の事を守らせて欲しい。
例え貴方が先に居なくなったとしても、私は生涯を貴方ただ一人に捧げる。
私でない誰かを愛したとしても、一生を捧げよう。
私は、そう決意した。
私の冷めた手を温めてくれた彼女の手をとり、誓いの口付けを行う。
「全ては、貴方様の為に」
心の底から、私はそう誓った。
色仕掛けに向かった筈なのにな王太子、他のハニトラ要員も育ちの良い基本良い人なので、似たり寄ったりです。
そして勇者達も、基本良い人、もしくは普通の人です。少なくとも、罪悪感で潰れそうな人が来たら慰めます。
閑話はもう少し続きます。
勇者視点や魔王視点、神視点、そして基本良い人じゃない人視点を予定しています。
次話はエイプリルフール以降に投稿する予定です。




