閑話 王太子1 リクセンハルトの決意
メリアヘム学園生徒会長、リクセンハルト視点です。
時間軸は少し前です。
オスケノア王国はアスリオン大陸の南端からその先の諸島群に広がる王国だ。
世界地図から見たら端の端、辺境にある国だが列強に数えられている。
それは単に、魔王の被害を受けない土地であったからだ。
アスリオン大陸が魔王軍に征服された時代も、諸島群にまでは手を出されなかった。
魔王軍と言っても、その殆どは魔族ではなく魔族の率いる魔物。造船技術も操船技術も無く、飛行型の魔物が一部攻め寄せただけで、深くは襲われなかった。
水生の魔物も陸地まで引けば大した脅威ではない。
魔王軍は態々この国は襲わず、大陸の国々を侵略して行った。
だから他国が復興している間も、我が国は力を蓄え続ける事が出来た。
その間、建国からかれこれ千五百年。
これで大国とならない方がおかしい。
海に版図を拡げる国が少ない事も幸いし、アスリオン大陸南部の島々の殆どはオスケノア王国の領土だ。
周囲に大国が存在しなかった事も大きい。
そして海の技術は発展し、魔王軍にも人にも襲われない程の海の大国が誕生した。
近年では伝説の中だけだと思われていたデルクス大陸を発見し開拓。
新素材に古代技術、大量の資源を手に入れ、一気に列強への道を駆け上がった。
だが、真に列強かと問われると、素直に頷く事が出来ない。
それはメリアヘム学園に入学し痛感した。
彼等は、魔王軍に襲われながらも何度も立ち上がった強さを持っている。
同じ年数平和な時代が有れば、我々は容易に抜かれるだろう。
対して我々は、平和ボケしているとしか言いようがない。
幸いなのは、平和ボケしていても驕ってはいない事だ。
歴史上、大陸沿岸の領土やその周辺諸国は魔王軍に蹂躙されてきた。
危機感が他国と比べて薄く、強くなる動機が薄いだけで、自分達が強いから生き抜いて来たとの認識は持っていない。
民も貴族も私も、先祖を辿れば滅ぼされた友好国の住人、避難民の血が多く混ざっていると言う事もある。
魔王軍の脅威は先祖の伝聞としても知っている。
だが、やはり伝聞でしか無い。
避難民として亡命して来た者に対しても、復興の苦難を課した事も無かった。
多くの者が、用意されたものに満足し、そのまま国民となった。
島の数には余裕があり、狭い島からの魔物の根絶は比較的容易であったのだ。
縄張りが消えれば新たな魔物が縄張りを作りにやってくるものだが、島であればそれは無い。
通常は魔物から身を守りながら徐々に安全域を拡げるところを、始めの努力さえすれば生活域を確保出来た。
避難民からしても、彼等の孫世代、下手をすれば子世代からしても、悲劇は遠い過去になり続けて来た。
そして比較的容易に魔物を駆逐でき、魔王軍の被害も薄かった事から、オスケノア王国の主要な島は、魔物が非常に少ない。
代々駆逐してきたからだ。
海は深海など駆逐不可能なので多いが、浅瀬は常に灯台守達が監視し、安全は保たれている。大きな移動以外は安全だ。都市部には橋もかけられている。
その為、軍の実戦経験は少なく、魔物討伐を目的とする冒険者の数も少ない。
首都のあるノア連島、海が水路にしか見えないほど島が密集し、一つの巨大な島にしか見えない大諸島群の中央には、世界屈指の大ダンジョンが存在するが、強力な魔物が出現する場所はそこぐらいしかない有様だ。
デルクス大陸に入植した事により、ある程度は精強な軍も生まれたが、デルクス大陸は反対に僅かな開拓地以外はダンジョンレベルの危険度を誇る為、そこの軍は動かす訳にはいかない。
本土を魔王軍に襲撃されたら、壊滅的な被害を免れないだろう。
魔王が、それも今までとは違い策略家な魔王、奇襲を仕掛けどこを襲うか分からない魔王が現れた今、出来る限りを尽くさねば滅亡の未来しか無い。
そんな王国の王太子、次期国王である僕は、世界最高峰の学舎、メリアヘム学園で研鑽を積んでいる。
学べるものは学び尽くし、交友関係も疎かにしない。
朝は修練、昼は交友、夕方はまた修練、そして夜は国との会議。
そして深夜と早朝も鍛錬。努力を見せない様に、人のいない時間帯に自習は行っている。
列強の王太子たる私が必死に努力をしていたら、周囲を不安にさせるからだ。努力の手本となるよう行動する事も大切だが、今の世界に必要なのはそれよりも安心だ。
列強に余裕が無いと分かってしまえば、人々は寄る辺を無くしてしまう。列強より国力の無い自国は、何をやっても駄目だろうと、絶望にすら染まってしまう。今はそういう時代だ。既に諦めている人々も多い中で、希望は少しでも示さなければならない。
その努力が実ったのか、学園では最優秀成績を収め、生徒会長に就任した。
そして目論見通り、生徒達から頼られる、私に任せれば大丈夫だと思われるようになった。
国を滅ぼされた者など絶望の底にいた者達が私を先頭にして立ち上がってくれた。共に進んでくれるようになった。
その過程で多くの生徒達との交友関係、深い信頼関係を築く事に成功した。
私も含めて誰かがもしもの時、即座に対応出来るだろう。避難先の確保から援軍の派遣まで、この学園の生徒は王侯貴族の子弟か特殊な才能を持つ者なので、その力を貸し借り出来る事は非常に大きい。
現に数回、円滑な民の避難と援軍の派遣を成功させている。
そうして更に培った信頼で、更に関係を拡げる事が出来た。
デオベイル様もオルゴン様も他の皆さんも全面協力どころか個人的な修行にまで付き合ってくれるし、ダムス様からは多額の資金援助をしてもらっている。
ノーゼル大将軍なんかは、私を次期勇者軍総統だと言って憚らない。勇者軍総統には世界的影響力が必要だが、一つの国家に肩入れしてはいけない。中立でなければならない。だから次期オスケノア王国国王である私が勇者軍総統にはなってはならない筈だが、その目は本気だ。
デオベイル様を含め、他の皆さんもノーゼル大将軍を止めない。決して言わないが、内心ノーゼル大将軍と同じ事を思っているようだ。
それだけ信用してもらっているのか、それだけ人類が追い詰められつつあるのか、その答えは両方だろう。
しかし支えとなる象徴となるだけでは、どうにもならない事も多い。
泥を被る事もあれば、泥を被ってもらわねばならない時もある。
そして、罪を背負わなければならない時も。
罪を背負わなければならない時が来ることは覚悟していた。
身を削らなければならない時が来ることも。
しかしこのような形だとは、流石の私も想定していなかった。
勇者軍の貴賓館の一角、そこのとある部屋の前まで、私は何度もキョロキョロと周囲を気にしながら、まるでコソ泥の様に移動していた。
深呼吸して覚悟を、しかし周囲を気にして素早く合鍵で扉を開けた。
幸い部屋の玄関には誰もいない。
すぐさま扉を閉めると、深く、しかし極めて静かに深呼吸を繰り返す。
そして何度も服装が僅かにでも乱れていないか確認。
ここまで緊張したのは人生初だ。
ここまで人の目を気にしたのも初。
そして罪悪感も。
深呼吸を繰り返すほど、様々な事が思い返させる。
それが私を更に追い詰めた。
国の為に婚約破棄したときだって、ここまでの感情は渦巻かなかった。
婚約破棄の申し出は同時だった。おそらく少しでもお互いに傷つかないよう、両親達が示し合わせていたのだ。そしてそれは、真に片方だけが求めたものではなかった。
彼女は決して私を責めなかった。それどころか自分の不甲斐なさを嘆いてすらいた。私も、きっと同じだったのだろう。彼女へ向ける感情よりも、自分に向ける感情の方が大きかった。
ここに来る時に、彼女に遭遇した。
ただ気不味そうに微笑んで会釈してくれた。
そんな彼女の顔が、こんな時に限って浮かんでくる。
お互い、強い感情は持って居なかった筈なのに。
他にも様々な事が浮かんで来て、今の自分の感情が分からない。
言えるのは、居心地が悪い事だけ。
しかしそれでいて、心臓の音は激しさを増し、体温は上がる。
沸騰すらしてしまいそうだ。
どうせならこのまま蒸発したい。
意を決して扉をノックする。
そして、下に何も着ていないローブが解けないように、ギュッと握りしめたまま、私は彼女、勇者の部屋へと入室した。
6話に繋がります。
次話は明日投稿出来なければ、エイプリルフール以降になる予定です、




