閑話 貴人2 人類最高戦力
元々声の上がらない静かな会議だったが、一段と沈黙が降りた。
「……五人……」
勇者軍所属でS級相当の実力を持つのは私、大聖女クライシェ様、賢者オルゴン様、後はノーゼル将軍だけ。
人類最後の希望と言える勇者軍ですら、S級相当と言う戦力は少ない。世界に把握しているだけで二十人、いや、十九人、これでも破格の多さだ。
そしてたったそれだけの切り札は、自由に動く事は出来ない。
多くは、彼らにしか出来ない事を既にしている。
特に今代の魔王ディゲルアヌスは特殊な魔王で、歴代の魔王は自らの手で蹂躙する事を良しとした魔王であったが、ディゲルアヌスは人類を蹂躙する事を最優先とし、策略を巡らす魔王だ。
歴代の魔王は逃げも隠れもせず、堂々と侵攻し、迫りくる魔王軍に絶望する人々を見て悦に浸っていた。人類を滅ぼすと言うよりも、人類の絶望を手に入れる為に侵攻していた。
このメリアヘムがいつの時代も最後の砦で在り続けたのもその魔王達の性質による。魔王は人々滅ぼすよりも追い詰める事を良しとした為に、戦略的な侵攻、例えばまだ人類が纏まる前にメリアヘムのような重要拠点を攻撃するような事は無かった。
じわじわと追い詰めるように侵攻した結果、二大陸の内の一つの大陸から侵攻し、他方へ侵攻する前にこのメリアヘムで抑える事が出来た。
対して今代の魔王ディゲルアヌスは全て奇襲だ。
大陸は勿論、侵攻した地に地理的な関連は無い。数千キロ離れた地を次には襲っている。
現在も、魔王の居場所は掴めていない。
そしてその侵攻した地は全て意味のある場所であった。
例えばセフィーロ公国やサンピエ王国のあったロシュマール地方。
そこはかつてロシュマール王国と呼ばれる国であり、ロシュマール王家は邪竜ファブニルを封印していた。ロシュマールが滅びた後も、分裂し生き残ったロシュマール王族、セフィーロ公爵や王弟サンピエの系譜が封印を継承し守り続けていた。
ロシュマール王族の末裔であるセフィーロ大公家やサンピエ王家の人間は途絶えた訳ではないが、継承の儀は行えず、邪竜の封印は解けてしまっている。
邪竜は破壊の限りを尽くすと、飛び立ち、今もS級冒険者【天墜】のクララシェールが追っている。
他の襲われた地域も同じような場所だ。
そして同じように人類の切り札がその対処にあたり、空いている手は限り無く少ない。
寧ろ、魔王がいない時代では間違いなく最上級であろう脅威に対抗する為には、人類最上級のS級戦力と言えども相性を揃える必要があり、不足すらしている。
更には、そのS級戦力を抱える国が、その戦力を動かさないと言う事態も発生していた。
奇襲を仕掛けて来る魔王軍、明日は我が身だと思っても仕方が無い。
『儂には育て上げた弟子たちがおる。今の持ち場は弟子たちに任せ、デルクスへと征けるぞ』
『私にも鍛えた弟子たちがいます。私も彼らに任せて行けると思います』
そう言ってくれたのは【武仙王】ゼオンと【剣聖】シズハ。
それぞれ武道の大流派を率いるS級冒険者であり、多くの弟子を育てている。
本職はその道場の運営であるのに、まだ現役の冒険者であるのは多くの弟子を養う為であり、それだけ育成に力を注いでる事もあって、彼らの弟子でA級冒険者の域にいる者も複数いる。
A級冒険者、A級戦力と言えば、それこそ魔王軍が攻めてこなければ大抵の脅威に対抗出来る大戦力であり、戦場に一人いれば戦況が大きく変わる切り札、国の最高戦力だ。
国に一人しか存在しない事も珍しくなく、一人も存在しない国も多々ある。
A級戦力を抱えていれば中堅国家、抱えていなければ小国と言う者も居るほどの力を持つ。
S級と比べたら数倍多く存在しているが、それでも暗記が可能な人数しか存在していない。
そんな人材を育て上げ、抱えている二人の組織は国家や宗教と比べ明らかに人数が少なくとも、間違いなく大勢力と言える。
しかし、現魔王軍はそれで対抗出来るほど甘くは無い。
現に、S級冒険者ガルウェンが居た大国、ブルゾニア共和国も滅ぼされている。
四天王一柱の率いる軍に。
かの国はA級戦力を七人抱え、更に巨大ダンジョンが存在していた事により在野のA級戦力も多数揃っていた。
調査によると計ニ十人以上も居たと言う。
それも首都とダンジョンは近距離にあり、すぐに集結出来たらしい。
更にはその内五人はガルウェンのパーティーメンバー。
それほどまでに揃っていたのに負けたのだ。
それを二人も分かっている。
そして周囲の人々も知っている。
他からは行くなと強い圧力をかけられているだろう。
例え魔王軍の侵攻に耐えられるとS級の彼らが判断しても、狙われる理由が少ないと分かっていても、人類全体の危機に比べれば、国を捨て戦力が集まるのを少し待てば乗り越えられる程度の事であると知っていても、周りの反発は強い筈だ。
それでも行ってくれると言う。
『俺も行けるぞ! 我が臣下は魔王に臆する軟弱者では無いからな!』
『儂も必要なら呼べ。新魔王の真相が分からなくては、経済は大打撃を受けるからのう。経済支援も任せい。魔王討伐の暁にはたんまりと利子を付けて返してもらうがの』
『我も、止める者を蹴散らして参上しよう』
他にも声を上げてくれる友がいる。
獣人の国、獣王国の王、【獣王】レオナード。
世界最大の資金を預かるゴールドスミス、【マルダモネの山門】頭取、【金山】のダムス翁。
千年前より活躍する現役最古の冒険者、一人で五大列強の内の一つ、世界最大の面積を要する農業大国モルティエが誕生するきっかけ、魔獣の少ない大人類領域を切り拓いたとされる【竜王】ラダガス様。
それぞれ本来は動けない、周りが動かさせない彼らも、動いてくれると言う。
私にとっての幸いは、S級戦力の大半が冒険者、友であった事だ。
元S級冒険者であった私は、彼らと何度も組み、命を預けた事がある。
S級冒険者と言えど、一人で解決出来ない事態も多い。しかし、S級と謳われる超人にとって、A級であっても足手まといにしかならない事が殆どだ。S級が組む事態においては、A級は身を守れる非戦闘員でしか無い。
だからその分、S級同士の親交は深い。
半ば全員パーティーメンバーだ。
反対に、五大列強の内、ケペルベック地方、大帝国ケペルベックの後継と称す三大国からは、未だ色良い返答を貰えていない。
正統ケペルベック帝国、ケペルベック神国、パリオン王国、この三大国は長らく世界の中心、このメリアヘムの地理的に世界の中心と言う意味では無く、真に世界の中心であった大国だ。
それに見合うだけの力を有している。かつて、魔王軍を独力で退け、終には魔王を討伐した事もある程の大国だ。
その為もあってか、緊急世界会議に集まった代表者の国々と同じようには、危機感を共有出来ていない。
三大国は他国を下に見ており、大国であるブルゾニア共和国がたった一柱の四天王率いる軍に滅ぼされた事も、ただ弱かったからだと言ってのけた。
そのくせ、召喚した勇者を寄越せとまで言う。
勿論、魔王軍が脅威では無い国には必要ない、それとも魔王が怖いのかと、逆手にとって退けたが。
彼らの協力は不可欠だが、頭が痛い問題だ。
そう思っていると、扉がバンと開かれた。
「ケペルベック神国にて封印されていた【血悪の魔鬼】ジャバルダが復活! 同時に魔族が目撃されました! 交戦するも既に古都リーンベックは壊滅状態との事! 更にパリオン王国の軍勢が混乱の隙に国境を突破! ケペルベック神国に宣戦布告しました!」
次話は明日、投稿します。




