閑話 貴人1 識者会議
桃の節句投稿です。
勇者軍総統デオベイル視点になります。
青い顔をした会議参加者達をそのままに、私は会議を終わらせた。
私に出来る事は、事実を言うだけであった。
心苦しいが、私に彼らを落ち着かせる事など出来ない。
自分だって、動揺を見せないよう抑えつけるのが精一杯なのだから。
だからと言って、立ち止まる事も出来ない。
まだ満足に思考が働かないであろう彼らの代わりに、彼らの分も行動しなければならない。
それが今の私に出来る最大限の事だ。
勇者軍幹部達、会議室に残ってくれた大聖女クライシェ様を除く幹部達を引き連れ総統室へと向かう。
今までしていたのが世界会議なら、これからするのは識者会議だ。
世界会議をしている間に、識者を招集していた。
と言っても、実際に全員がここにいる訳ではない。
代わりに総統室にあるのは様々な通信用アーティファクト。
どれも数を揃えられるものでは無い為、別々のまとまりの無い道具群だ。
「それでは、新魔王について皆様の意見をお聞かせください」
総統室に入ると、座る手間も惜しんで会議を始める。
「では儂から。“探知の大儀式”の反応からして、新魔王の復活は間違いないと思う。仮に何者かの偽装だとして、探知に同規模の反応をさせるには、途方もないエネルギーが必要じゃ。そんなエネルギーを用意出来る力があるなら、偽装も何も必要あるまい。儂らに悪意を持っているとして、悪意を正面から実現できる」
そう答えるのは長い白髪白髭の老人、賢者オルゴン様。
勇者軍魔法師団参謀長にしてメリアヘム学園の研究機関【賢者の塔】の最高位賢者である彼は、実戦を不得意とするが、魔術儀式魔術理論において彼の右に出る者はいない。
魔術界の最高権威であり、最高位の魔法使いだ。
勇者軍魔法師団の階級では、参謀長の上に総隊長がいるのだが、総隊長は彼の弟子であり、魔法師団の誰もが彼には頭が上がらない。
実質的な魔法師団のトップだ。
そんな彼がそう言うのなら、探知が誤魔化されたと言う可能性は、残念ながら限りなく低いのだろう。
未だにどこかで抱いていた、誤報ではないかと言う希望が消えてゆく。
「魔王の強さは探知から測定できましたか?」
「否、探知の儀は数値として判る訳ではない。他の反応として比較して測っているだけじゃ。近い力の比較対象がいなければ正確には分からん。そして魔力を光の色で捉えておる。強過ぎる光の色など、見分ける事はできん。
確かなのは、ここにいる誰の反応よりも大きいと言う事だけじゃ。何れにせよ、我らは全力の限りを尽くして対応するしか無いじゃろう」
未来を憂うように、それでいて覚悟を決めたように力強くオルゴン様はそう言った。
「そうですか。ルーベルト、デルクス大陸にいた貴方は何か感じましたか?」
【未開の覇者】と呼ばれるS級冒険者ルーベルト、その立体映像に私は問う。
ルーベルトの活動拠点はデルクス大陸最大の街、オスケノア王国領ポートデルクス。
転移魔法でもそう簡単に行き来できる距離では無いので、通信アーティファクトによる参加だ。
『微かになら感じた。すぐに戻ったが、大陸の端にあるポートデルクスまで魔獣の領域のような重苦しい気配に変わった。が、それだけだ。特に魔獣が凶暴化しただとか、縄張りから出できただとかは今の所ない。
だが、明らかに自然に起きる現象じゃない。嵐や噴火の前にも嫌な雰囲気は感じるが、今回のはそんなのと別口だ。何時でも動けるよう備えておく必要があるだろう。少なくとも、調査は必要だな』
問題は大陸中央で起きた出来事。そして彼は大陸沿岸に居た訳だが、S級冒険者の意見は無視できない。
特にルーベルトは【未開の覇者】と呼ばれるように、未知の場所で功績を積み上げている冒険者だ。
彼の強みはその適応力の高さ。S級冒険者は特化型が多い中で、彼は万能型。
それに伴い場を理解する力に非常に長けている。
異変は確実に起きていたと考えるべきだ。
考えるべきはその感覚の正確さでは無く、大陸中央の余波が沿岸まで伝わった事。新魔王の脅威の程だ。
「デルクス大陸各地には私から備えておくよう警告しておきましょう。問題は調査ですが、これは一人だけ別の地で召喚された勇者と接触する為にも、必ず行わなければならない事です」
40人目の勇者との接触。
これは行うべき決定事項と言ってもいいものだ。
討伐が新魔王の偽装であれ、新魔王の事を一番知っているのは間違いなくかの勇者、それに間違いはないだろう。
それに場所をずらされたと言っても、召喚したのは我々。
不甲斐ない我々の身勝手でこの世界の命運を、縁もゆかりもない世界の命運を押し付けたのだ。それも魔物すら存在しない平和な世界の未来ある若者に。
そんな勇者を未開の地に置き去りにしておく訳にはいかない。
ただでさえ、我々では彼らに報いる事は出来ないのだ。
どうやっても、もとの世界で喪ったものを返す事すら出来ない。
家族や友、目指していた未来だけでなく、平和や文明すらも我々には用意する事ができない。
寧ろ、平和を、未来を与えてくれと我々が望んでしまっている。
勇者からしたら、我々の方がよほど醜悪な魔王かも知れない。
歴代の勇者は、この世界を憎まなかったと言う。
何かあれば、自分の弱さだと自らを責めたと言う。
だがそれでも、我々のしている事は身勝手な醜い事だ。
その事実は、どうやったって変わらない。
出来る限りを尽くして、勇者達に報いなければならない。
勇者を置き去りにしておくなど、出来る筈もない。
しかしその実現、勇者を迎えに行く事は非常に難しいものでもある。
「ルーベルト、デルクス大陸に最も詳しい貴方に聞きます。大陸中央まで行くには、どれほどの戦力が必要ですか?」
デルクス大陸はそもそも殆ど開拓が進んでいない未開の地だ。
近年発見されたばかりだから開拓が進んでいないのでは無い。いや、それも理由の内の一つだが、最も大きな理由は別のものだ。
最大の理由、それはデルクス大陸は魔獣の密度と質。
デルクス大陸はダンジョンでもないのに、ダンジョン並み、もしくはそれ以上に魔獣が闊歩している魔獣の世界だ。
二百年前まで、魔獣しか居なかった世界、生まれるも死するも魔獣、勝つも負けるも魔獣。生存競争の中でデルクス大陸の魔獣は強力になっていた。
『S級相当が三人、いや五人は必要だと思う。それでも辿り着けるかは保証できない』
次話は明日、投稿する予定です。




