閑話 勇者軍3 世界を凌駕するボッチ力
「魔王が、討伐された? 冗談はよして下さい。例え受け止めきれなくとも、それが絶望だらけでも、私達は前へ進むべきです!」
リクセンハルトは新魔王討伐の報を、デオベイルの優しい嘘であると確信していた。
絶望しか無い現実を、誰も受け止めきれない現実を有耶無耶にし、滅びが確実の未来しかないのなら、怯えずに考えずに滅びに向かおうと言う、優しい嘘。
どんな時も、最期まで大丈夫だよとしか言わない、親の、分かっていても反論しない子供の、優しい嘘。それと同じだ。
リクセンハルトはそんな優しい嘘であると感じた。
しかしそれに甘んじる事は出来なかった。
デオベイルが嘘をつくのだから、それは自分が思うよりも遥かに勝算の無い、無謀な戦いでしか無いのかも知れない。
それは確実な余命宣告のように、完治が望めず僅かに寿命を延ばすのも苦痛でしか無い、家族との時間を優先する時なのかも知れない。延命を望む家族も見ていられない程、悲惨なものなのかも知れない。
それでも、彼は目を背けたく無かった。
彼の未来は、彼だけのものでは無い。
自分の背中には、無数の命が、願いが背負われている。
王族として、王太子として、次期王として、彼は国の、臣民の命運を握っている。
誰か一人でも願う限り、自分一人でも立ち向かわなればいけない。
勝手に、一人で全員を諦める訳にはいかなかった。
「いえ、神託によると、事実です」
……………………。
デオベイルの芯は真っ直ぐだった。
態度目線声、全てが真であると語っていた。
「「「…………………はい?」」」
かなりの沈黙を空けて、奇しくも場は声を一つにした。
国の代表者にはあらぬ、間抜けな声を。
声には出さなくとも、皆、魔王の討伐はデオベイルの嘘だと思っていた。そう確信していた。
暗黙の了解ですらあった。
しかしそれは、真実だと言う。
「異世界の女神、勇者達を送り出してくれた女神によると、新たな魔王は復活した太古の魔王との事です。復活したのは、初代魔王、【原悪の魔王】ディオネルザオル。倒したのは四十人目の勇者だそうです。直接かの女神の神託を受け取れる者はいないので、他の神々を通した断片的な情報ですが、まとめるとそう言った内容でした」
が、真実だと告げるデオベイルも困惑しながら話していた。
神託でそう知らされた事までは紛れもない事実であったが、その語られた内容は、彼の理解の範疇も越えていた。
そして彼の表情は困惑だけでなく、厳しいままだった。
魔王が討伐されたと喜んではいない。
「……魔王ディオネルザオル、そんな魔王、聞いた事がありませんが?」
リクセンハルトは、まず簡単な疑問から投げかけた。
それ以外は、まだ飲み込めてもいない。
「記録ではなく伝説だけにある初代魔王の名だそうです。我々も神々にお尋ねしましたが、実際には知らないとお答えになられました。しかし記録上最古の魔王がニ代魔王と呼ばれている事からも、存在はしただろうとの事です」
デオベイルの代わりに答えたのは聖女クライシェ。既に八百年の時を生きるハイエルフであり、自らの信仰する神々以外からの神託も受け取れる聖女だ。現在最も高位の回復術師であり、他の聖女達の頂点に立つ存在だ。
八百歳と言う高齢だが、外見はまだ二十代前半であり、その長年の経験と神託を受け取れると言う能力から、歴史書の編纂も行っている。
「……つまり、神々も知らない魔王、だと言う事でしょうか?」
「その通りです。ですが、初代魔王の実在及び復活したと言う魔王が初代魔王であると言う根拠は、神託以外からも判明しています」
代表参加者の中で一番正気を保てているリクセンハルトも、神々が知らないと言う事は衝撃が大き過ぎ、飲み込む時間が欲しかったが、クライシェは構わず話を続ける。
どちらにしろ、理解には時間がかかるからと。
「魔王復活の神託を受け、我々は“探知の大儀式”を執り行いました」
“探知の大儀式”とは、大儀式を用いて発動する探知魔法だ。
その探知範囲は世界中。
ただし対象は強大な存在で無ければならない。また、力を隠している対象も測れない。
隠蔽看破も精密測定能力も無いが、災害級の対象の動向を探るにはこれ以上無い術だ。大雑把な分、規模の割に簡単に使える。
「儀式によると魔王が復活したのはデルクス大陸の中央。デルクス大陸の名は、伝説の大陸デルクスから名付けられましたが、遺跡の発見、発掘調査によりかのデルクス大陸そのもの、少なくともそのモデルとなった地であると判明しています。アルガンリテル伝説、創世神話に語られる【原悪の邪神】、理想郷を滅ぼしたとされる邪神が初代魔王であるならば、復活地点は伝説通りです。かの邪神はデルクス大陸の中央、始まりの地、霊峰フィーデルに封印されたと言われています」
その説明で、会場の雰囲気はまた変わった。
言葉を発せられない沈黙から、納得の沈黙へと。
予備知識であるアルガンリテル伝説、創世神話はそれほど有名だった。
神々が降り立った地から世界は始まり、理想郷アルガンリテルを作り上げた。しかし邪神が現れアルガンリテルは滅び、邪神は封印されるも神々と相討ち、人々は別の地に旅立って行った。
バラバラの話としても、一つの神話としても広く知られている。
そしてデルクス大陸の発見により、近年神話は史実へと変わろうとしていた。
悪夢も、確かな現実に変わってゆく。
そこに、一人の王子が飛び上がるように声を上げた。
「……そうだ! そこに勇者の反応はありましたか!? 強力な勇者が近くにいたら、討伐の報は真実の筈です!!」
この質問に、参加者が悪夢から現実に戻り始める。
しかし、その悪夢が覚める事は無かった。
「…………いえ、儀式に反応する程、強力な反応は、探知出来ませんでした」
悪夢は、深まってしまった。
言葉だけだと、事実は深まった筈なのに、悪夢は深まった。誰もが心の底では誤報や間違いであると信じていたからだ。
そして、この場の誰もが、今頃何故かくしゃみが止まらないボッチも含めて、知らない事が一つある。
〈空洞〉は、探知系の力も弾けるのだ……。
〈空洞〉も攻撃なら兎も角、自動的に探知を弾いたりはしない。
しかし、探知が行われたのはちょうどボッチが温泉(仮)と戦っている頃。
戦闘後に探知を行っていれば近くに召喚された女神の反応を読み取って討伐に現実味を受けたかも知れない。
しかし、信じられない魔王復活を何度も確かめたせいで、その頃には新たに探知する余力を失ってしまっていた。
初代魔王はきっちりくっきり跡形もなく討伐されているのだが、偶然は最悪な方向で重なってしまった。
まあ、勘違いしているだけで実害は皆無どころか、初代魔王復活の脅威からは永遠に開放されたのだが。
結果的に、傍迷惑なだけだ。
誰も悪くないが、勝手に自主的に質の悪いドッキリを仕掛けられた状態に陥ってしまった。
それも、数人では無く、ボッチと女神を除いた全員が。
「これらの神託、そして調査から、我々勇者軍が出した結論はこうです。新たに現れたのは復活した伝説の魔王、そしてその魔王は異世界の勇者の召喚先を捻じ曲げ、自分の元に誘い出した。そして勇者に討伐されたフリをして姿を隠した。これはこの世界の情報に疎い勇者と異世界の女神を利用した陽動である」
デオベイルは勇者軍の分析を述べた。
「……確かに、そもそも一人だけ、違う場所、それも伝説以来前人未到の地に勇者が召喚される訳がない。それも魔王が封印された場所になんて」
ボッチのボッチ力を彼らは知らない。
異世界召喚術も捻じ曲げるボッチ力を。
一番驚いたのは、間違いなく初代魔王さんの方だろう。
「神々もそれを根拠に、そう推測していました。相手は伝説に語られる邪神、簡単に倒される訳がありません」
…………本当に、誰も悪くは無い。
女神も、誠心誠意懇切丁寧に説明した。
しかし神々からしても、それは伝説の時代の事。
自分達は存在せず、旧神の神代。
かの魔王は神話の存在だ。
大きく見ても仕方が無い。
そもそも魔王と言う時点で、召喚されたての勇者が倒すと言うのは想像の埒外、妄想の埒外だ。
実際は、何の企みも無い。
普通に伝説の魔王を討伐している。
そもそも、伝説の魔王も封印によりかなり弱っていた状態だ。
それでも確かに強い。全盛期では歴代の魔王、いや魔王軍が束になっても勝てないだろう。純然たる悪の化身だ。悪そのものを束ねた存在だ。
弱っていても、国の一つや二つ、瞬く間に侵食し、悪を広げ、力を取り戻して行っただろう。
が、それは攻撃力の話。
肉体を喪い、力も大幅に削られ、謂わば鎧を喪ったリビングアーマーのような状態であった。
防御力持久戦特化のボッチとの相性は最悪だ。
ボッチ以外でも、防御を捨て浄化攻撃で突っ込んでいれば、多大な犠牲を出しつつも勝てただろう。
強大な事に変わりないが、攻略法さえ見つければなんとかなる相手だ。
見かけ上は、かなり強大なので、やはり誰も悪くは無いが……。
まあ結局のところ、全てはボッチが理解の範疇からもボッチだった結果だ。
が、やはりボッチも悪くは無い。
ボッチがボッチ故に悪い、全米が泣く悲劇だ。
しかしその日、確かに世界は動いてしまった。
視点は変わりますが、もう少し閑話が続く予定です。
追伸、次話の投稿は桃の節句を予定しています。




