閑話 勇者軍2 魔王軍の脅威
新たな魔王が現れた。
間違いようの無い、内容のみを的確に伝える言葉であったが、既に知っている者以外、理解するのに数秒の時を要した。
既に知っていた一部の者、勇者軍幹部や神殿関係者も、今一度その言葉を確かめていた。
それだけ理解し難い事だった。
常識にそぐわない、理論的に難しい、そう言う意味で理解し難いのでは無い。
理解したく無かった。
誰もが、間違いだと思いたかった。
それは、信じたく無い出来事であった。
「な、何かの、間違いでは?」
大国オスケノアの王太子にして現メリアヘム学園生徒会長を務めるリクセンハルト・グベル・ノア・オスケノアが、息を整えながらこの場全員、デオベイルを含めた全員の意見、いや願いを代弁した。
「残念ですが、この大神殿にいる全ての巫女が、預言者が、魔王が復活したとの神託を受け取りました。それに各地の神殿からも同様の神託を受けたと連絡を受けています。まず、間違い無いでしょう」
が、答えは、現実は変わらない。
その言葉に一人の少女は気絶し椅子から落ちてしまった。
彼女はセフィーロ公国の大公フィナウィーレ・ロード・セフィーロ。
まだ十歳の少女にして一国の国主であり、一月前に魔王軍によって滅ぼされたセフィーロ公国から逃れてきた大公家の唯一の生き残りだ。
彼女の家族は、彼女達を逃す為に最期まで戦い散ってしまった。
彼女は、魔王軍の脅威を心の底から知っていた。
都市を一つしか持たいない、その代わりに一つに集約し一度も破られる事の無かった堅牢なセフィーロ公国の公都は、一夜にして陥落し、他国に比べ少数であったがその人数で国を守り抜いてきた騎士団、セフィーロ自慢の精鋭である騎士団は、民と子女を逃がす事しか出来なかった。まともに抵抗も出来ずに公都と共に滅びてしまった。
逃げた先の隣国、彼女の叔母が王妃であるサンピエ王国も魔王軍によって数日後に滅ぼされた。
セフィーロ公国よりも大きな国であり、周辺諸国の中でも有力であったかの国でも時間稼ぎ程度しか出来なかった。
常備軍の三分のニに当たる二千の軍勢が国境に布陣するも、魔族の放ったたった一発の魔法で半数が再起不能になり、そこに攻め込んだ魔物の大群により全滅するまで大した時間を要しなかった。
サンピエ王は王都から国境までの間にあった三つの街及び村落を放棄、最も堅牢である王都に全戦力を集結させた。
千の常備軍、百の騎士及び宮廷魔術師、千の冒険者、そして一万の有志達。
王都の結界は魔族の魔術を防ぎきり、敵に壁を越えさせる事は無かった。倒れる味方よりも倒れる敵の方が多かった。
しかし魔王の軍は一つでは無かった。他国を侵略し終わった二つの軍が合流し、王都の守りは容易く破れ去った。騎士団長や宮廷魔術師長、A級冒険者と言った強者がこの国には居たが、出来たのは三体の魔族を抑える事だけ。他に手は回せず、やはり防衛では無く逃がす事しか出来なかった。
たった二週間で、五つの国が滅びた。
それも二週間と言う時間は戦闘に要した時間では無い。殆どが魔王軍の移動に要した時間だ。
元々各国が緊急時に頼りにしていたのはその滅んだ隣国同士であり、サンピエ王国より三カ国近隣までは、かの国よりも小国。
各国最高戦力を含めた援軍も、討伐や奪還どころか侵攻を遅らせるので精一杯。
勇者軍が到着した頃には、滅んでないにしても五つの国の周辺国も甚大な被害を受けていた。
この惨劇で最も恐ろしいのは、その被害を為したのが魔王本人の率いる軍では無かった事。
幹部である四天王すら確認出来なかったと言う。
軍を率いていた魔族ですら、全員合わせて三体。
たった三体の幹部ですらない魔族が、甚大な被害をもたらしたのだ。
同じような事が各地で起こっている。
魔族が国すら滅ぼす存在ならば、まさしく魔王は世界を滅ぼし得る存在だ。
そんな魔王がもう一柱現れた。
悪夢以外の何物でもない。
悪夢でなければならないものだ。
少女の周りにも今にも倒れそうな血色の者が多い。
彼らも国を滅ぼされた者達だ。
先に少女が倒れていなければ、そちらに意識を割かれていなければきっと彼らの内の誰かが倒れていただろう。
だからと言って、当事者達以外の顔色も相当悪い。
大国と呼べる国、滅んだ五カ国を足して五倍にした規模の、大陸に名の知られていた国も滅ぼされてしまったからだ。
オスケノア王国のような列強では無かったが、大国が滅びたのは衝撃だった。
かの地、ブルゾニア共和国にはS級冒険者、大陸に五人、世界に十二人しか居ない世界の切り札の一人が存在していた。冒険者では無い同等以上の実力者を合わせても二十人しか存在しないとされる世界の頂点の一角、【都市裂き】のガルウェンが。
彼は魔族を単独で三体倒すも、後に現れた魔王軍四天王の一柱に敗れてしまった。
ブルゾニア共和国どころか、ガルウェン一人でも相手に出来る国はそれこそ列強諸国くらいだ。
それ以外の国は、魔王四天王の軍に襲撃されれば、滅びしか迎える事は無い。S級冒険者が派遣されるにしてもそれまでに滅びるし、来てもそれで倒せるとは限らない。
そう会議参加者は理解していた。
仮に魔王軍が魔王も四天王も勢揃いの総力で攻めてきたら、列強諸国も容易く滅びるだろう。
正直なところ、人類の全勢力をぶつけても勝てるかどうか未知数、まさしく世界を滅ぼしかねない脅威こそが魔王軍なのだ。
そこに新たな魔王、逃げ隠れる事も真剣に検討せねばならない事態だ。
そもそも、今代の魔王からして歴代でも最強の魔王であると考えられている。
異世界から、勇者が三十九人も召喚されたからだ。
異世界召喚術は、かつて人類がこのメリアヘムに立て籠もる事態になった時、神々より授けられた術式で、かなり大規模かつ緻密な大儀式だ。細かい条件を満たさないと使い物にならない。
場所一つ、日時の一つずれるだけで効力が減衰してしまう。具体的にはより多くの対価、莫大な魔力などを余分に用意しないと発動されなくなる。
そしてその条件の一つが魔王の存在。魔王が現れていなければ無駄に対価を消費するだけで、ただ光るだけの術式になってしまう。他の条件は術者を増やすなど、補強する事で無理に発動する事が出来るが、これだけは絶対だ。
反対にどれだけ強大な対価を用意しても、召喚される勇者の数や強さが変わる事も無い。歴史上、明らかに莫大な魔力を用意したことがあったが、先代と変わらぬ数と質の勇者が召喚された。
よって、魔王の強さによって召喚される勇者が決まると言うのが定説だ。
三十九人と言うのは前代未聞で、史上多くても七人しか召喚された事は無い。
そしてその時の魔王は、神々の奇跡に頼ってやっと倒せたされる史上最強の魔王だ。多くの神々は人の身に降臨した事により深い眠りに就き、魔王を倒した後も神々の加護を喪った大地は力を喪い、復興に多大なる時間を要したとされる。死してなお、暗黒時代を作り出した魔王だ。
単純計算で、かの魔王の五倍以上強いと言う事になる。
そしてこの事は、今回の新たな魔王の出現にもより確かな信憑性を与えていた。
今代が一柱の史上類を見ない強大な魔王であると考えるよりも、魔王がもう一柱存在すると考えた方が自然だ。
が、そんな事は何の慰めにもならない。
結局、暗黒時代を築いた魔王の時代よりも、五倍の脅威に晒されていると、半ば信じていなかった事を意識させられただけだ。
会議である筈なのに、長時間の沈黙が場を支配する。
それは時間が解決するどころか、現状を理解する程に、沈黙は深くなった。
比較的冷静な者も、強い心を持つ者も、口を開けない程に場は重い。何を言っても聞けなそうな者が大多数を占める。無理に続けたら、何人かはそのまま鼓動を止めてしまいそうだ。
しかし、議長を務めるデオベイルは新たな爆弾発言を投下した。
宥めるのでは無く、議論を進めるのでも無く、新たな衝撃を与えた。
「神託はもう一つあります。新たな魔王は既に討伐されたそうです」
暫く閑話が続きます。




