ボッチ39 燃え尽きボッチは俗物ボッチに回復する
間に合いました。
女神様が去った後、俺は再び温泉に深く浸かった。
平時なら根暗な俺でも燥いでいたであろう黄金に輝く温泉も、今は鬱陶しさを感じる。
それだけ、脱力してしまったのだろう。
あまりの事が怒涛の勢いで押し寄せ過ぎた。
女神様の祝福で精神的な重しのようなものは取れていたが、消費した気力までは戻って来なかったらしい。
まだ時間的に朝風呂のままだが、もう就寝したい気分ですらある。
精神以外の部分では肉体的にもスキル的にも魔王討伐でだいぶ上がっている筈だが、 完全に精神疲労に引っ張られていた。
温泉の浄化効果とやらも感じられない。
温泉に浸かった事で癒やされていく部分も感じるが、これは温泉に入ったと言う行動自体が、温泉は安らぎを与える場所だと刷り込まれた心が感じているものだ。
そう自覚すると、余計に大量の金貨が鬱陶しく感じられる。
俺の心の中の温泉はこんな金ピカじゃ無い。
だからと言って、金貨を仕舞うのも億劫だ。
ただただ、静かにのんびりとしていたい。
目を閉じる。
お湯の音が聞こえる。
温泉が岩と草、そしてもう土台すら殆ど残っていないかつての神殿の名残りが点在する丘を、止まることなく流れる音。
山奥の渓流、それを穏やかにしたような音色だ。
風の音が聞こえる。
あまり聞き慣れない音だ。
田舎とは言え、地方都市であった地元では聞かない音。
人工物の、遮るものが無い広い土地を、自由に駆け巡る音。
風本来の音。
ここでは、色々な風が流れている。
上が空しかない高原一の丘を流れる空の風。
高原のある山に流れ山間を進んでくる地上の風。
山脈から駆け下りて来る天の風。
そして草木を優しく揺らす高原の風。
音も香りも温度も様々。
残念ながら、生き物の声は聞こえない。
それでも、お湯と風と共に、心の疲れは流れて行った。
精神の気力が戻ってくると、金貨風呂を楽しむ気力も出てくる。
後は回復する一方だ。
金貨が先か、気力が先かは定かで無いが、金貨の輝きがそうさせるのだろう。
金貨風呂を楽しめる精神とそうで無い精神との差は大きい。
そして超えたら移り変わりは急激だ。
意味もなく金貨を掴み取っては、チャリチャリと放す。
この一掴みで、一体何が買えるのだろう?
一枚十万、十枚で百万。
ちょっとした車、この世界では馬車でも買えるだろうか?
馬と馬車はセットで売っているのだろうか?
免許は必要なのだろうか?
次々と色々な事が思い浮かんで来る。
確か女神様は百万も有れば特殊な奴隷でない限り買えると言っていたし、ここに有る金貨だと奴隷軍団だって買えそうだ。
ざっと十億も有れば、値段が付いているものでは買えないものの方が珍しいだろう。
豪邸どころか、ちょっとした城だって建てられるだろう。
いや、そう言えば首里城の正殿の再建費が百五十億円を超えると聞いたような気がする。
新築では無く忠実に再現した再建だから、伝統技術とか特殊素材とかで通常工費よりも高くなるのだろうが、城は正殿だけじゃ無い。
一から造るとなると、城の天守閣(?)よりも石垣を造る方が多分大変だ。それに重機も造った時代は無かったから、その分も大変だったに違いない。
少なくとも百億はする気がする。
熊本城は、城を移動させていたから参考にはならないが、確か諸々合わせて六百億円の復興費。
城は十億では建てられなさそうだ。
そもそも人件費だけで一体幾らになるだろうか?
仮に百人で一年間の工事を行ったとしよう。
日給は一万円として、一年で三百六十五万、それが百人で三億六千五百万。
百人で造れるとは思えないから、仮に千人で築城したとして三十六億円。
とんでも無い額だ。
その千人の中に、建材を採取し運んで来る人員を入れて建材費を圧縮したとしても三十六億円。
どうあっても高い。
何人で建てたと言う話が、どの段階の要員までを指すのかは知らないが城の場合、十人が十日かけて運ぶ巨石があったとして、日給一万円では、運送費だけで百万円かかる。
これを人件費では無く建材費として考えた場合、城の建築費は恐ろしい事になる。
十億で城を建てられると思った自分が馬鹿みたいだ。
しかしそう人件費で考えると、魔王討伐で得た十億フォンと言う額は高いのだろうか?
一人日給一万フォンで雇うとして、一万の軍勢を集めるには一日だけで一億フォンかかる。
十日経てばすぐに十億フォンだ。
十万の軍勢を集めたら一日で十億フォンかかる。
世界の命運を賭けなければならない強大な存在には、十万の軍勢が十日間死力を尽くしてもまず勝てないだろう。
十万の軍勢は大戦ではあるが、世界では無く国と国との戦争の範囲内だと思う。
そんな兵力で人類存続の危機に追い込む魔王が倒せるはずも無い。
そしてそんな十万の軍勢は十億フォンでは集められるだけだ。
軍隊にするには装備が、維持するには食糧が必要となる。
まともに戦うには、それこそ幾つもの城や砦も必要となるだろう。
更には魔王討伐の場合、精鋭でなくてはならないから、日頃から訓練させる必要もあるだろう。多分、一年ぐらいでは魔王討伐に相応しい精鋭を生み出す事は出来ない。
そもそも日給からして一万フォン、ほぼ確実に命を賭け無ければならない戦いに、日給一万フォンで来る者は殆ど居ないと思っていいだろう。
訓練させてから強者にするよりは、異世界お馴染みの冒険者や傭兵を雇った方がだいぶ安い筈だ。
しかし、プロに依頼するには訓練費用がかからない分、日給は大きく跳ね上がるだろう。
元より、冒険者で有ろうが傭兵であろうが、需要以上の人員は存在しない筈だ。
命懸けの職業、報酬がまともで無いなら他の仕事に就く。
と言う事は、人々の暮らしを守るために魔物討伐をする人員も、素材回収目当ての冒険者を含めてそんなに多くの余剰人員は居ない筈だ。
つまり、プロを雇えば元々彼らのしていた仕事に空きが出てしまう。
仮に、それが街に押し寄せる魔物の大群の討伐なら、彼らが魔王軍討伐に向かう事で街は滅びる。
人類の脅威に立ち向かう為に、人々を犠牲にしては意味が無い。
魔王軍ばかりに注視したら、結局人類が滅びる事になるだろう。
だから、勿論世界屈指の実力者は魔王討伐軍に入ってもらう必要があるが、多くの人員をプロから雇う事は出来ない。
よって、プロの居ない持ち場を埋めるにしても、新たな人員、まともに戦える精鋭が必要だ。
新たに冒険者になる人員を増やすにしても、報酬を上げ釣るしか無い。
何にしろ、新人の育成、つまり訓練費用は必須だ。
一体、いくらかかるか分かったものじゃ無い。
それぞれの国家予算を相当軍事費に回さなければ、魔王には勝てないだろう。
そんな魔王を、封印されていたとは言え魔王を倒したのだから、十億フォンでは安いような気がする。
いや、よくよく考えたらこの十億フォンはただのドロップアイテム。
魔王討伐の報酬では無い。
魔王を倒したら何故か出て来た謎金貨だ。
オマケですらある。
そう考えると十分過ぎる気も?
この金貨ドロップを踏まえると、この世界の経済システムは複雑そうだ。
多少報酬が低くとも、魔物を倒せば勝手に金貨がドロップするから需要以上に、かなりの数冒険者が存在する可能性が高い。
となると、軍事費は思ったよりも低いのだろうか?
魔法やスキルがあるから、城も意外とお安いかも知れない。
武器や食糧も、簡単に作れるかも知れない。
いや、その分魔物がいるから、頻繁に荒らされるかも知れない。
そうなれば、その分の対策が必要になる。
寧ろ割高になる可能性すらある。
う〜ん、分からない。
それにしても、普段使わない頭で知りもしなかった筈の事を、気にもならなかった事を自然と考えていた。
これもスキルやレベルアップの影響か?
『お金が絡んだからでしょう』
「………………」
俺は、何も言い返せなかった……。
本当は全話で章末にしようと思ったのですが、朝風呂、寝起きに終わるのもあれなので同じ章として続けました。
次話も何とか明日投稿したいと思います。
無理そうなら節分かエイプリルフール辺りに。




