ボッチ38 女神はボッチを讃える
「……急に落ち着いたようですが、どうかしましたか?」
と、控えめに、何かに触れないようにそう問うてくる女神様。
どうやら、傍から分かる程度には虚無感を出してしまったようだ。
「どんな言語でも関係なく会話出来ても、話す相手がいない事に気が付いたんですよ……」
「それは……ご愁傷様です……」
慰める言葉が見当たらないらしい女神様に、お悔やみを申し上げられた。
人から悩みを打ち明けられる筈の神として、それは如何なものなのだろうか?
……神が諦めるとは一体?
虚ろな自分の瞳に、光が灯された気がする。
反射という形で……。
「えっと、……その……、そうだ、魔王です! 貴方は魔王を討伐したんですよ!」
女神様は強引に話を戻そうとする。
「それも、俺にとってはどうでもいい事ですよ」
「魔王ですよ、魔王!?」
「魔王も、周りの評価が無ければただの脅威ですから……死にかけ度から言ったら炎の方が脅威なくらいです……」
「いやいやいや、魔王ですよ!?」
「俺だって一応勇者ですよ? そんな俺を、勇者だから凄いと思いますか? 女神様だって女神様なんですよ?」
異世界に転生してから会ったのは、俺も含めて考えると勇者と女神と魔王。
この三人しかいない中で、果たして魔王と言う存在に特別な価値はあったのだろうか?
俺は無いと思う。
「…………確かに、そう言われると…………」
結局、周りに自分以外がいなければ実感こそ全てだ。
後から指摘されなければ、その時感じたもの以外に価値を見出す事は出来ない。
その指摘すらも、一つ二つではちょっとした意見で終わり、価値観を書き換えるほどの力は発揮しない。多分、価値観を変えるにはそれこそ文化が必要だ。
周りがいなければ、魔王も対岸の火事でしか無い。
知ってはいるが、関係の無い事だ。
「ですが、これだけは言わせてください」
だが、女神様は真面目な表情で言った。
「貴方は確かに、この世界の人々を救いました。誰も見ていなくとも、誰も知らなくとも、貴方は世界を救った勇者です」
真っ直ぐと目を見ながら。
「確かに、価値や意味と言うものは自分や誰かの評価の積み重ね、後付けでしか無いかも知れません。剥ぎ取ってしまえば、無意味なのかも知れません。
それでも、貴方の功績は本物です。例え誰も称賛しなくとも、評価しなくとも人々を救った事実は変えようの無いものです。それは、賞状や勲章で与えられる事の無い真実です。
だから、誇ってください。貴方は誰が何と言おうと、例え貴方自身が何と言おうとも、貴方は私の誇れる勇者です」
女神様は魔王を討伐しても、ボッチである事実の方に打ちのめされている俺に同情したのかも知れない。
哀れに思ったのかも知れない。
だから手を差し伸べてくれたのかも知れない。
しかし、その目は、美しい瞳は真っ直ぐだった。
眦は柔らかく下がり、口角は優しく上がっていたが、それでも真っ直ぐこちらを見据えていた。
そんな女神様に、俺は何も答えられなかった。
答えを知らなかった。
それでも、俺の何かが確かに変わった。
少なくとも、虚無感は消えていた。
いつの間にか、ただただ、俺も女神様を真っ直ぐ見据えていた。
そんなこんなの話をしている内に、女神様の身体は透けて来た。
指先からは、光の粒子が溶けるように空に昇っている。
「どうやら、実体化していられるのもここまでのようですね」
「えっ、召喚されたんじゃ?」
「貴方のステータスを見て分かりました。私が実体を伴ってここに喚ばれたのは、貴方が魔王を倒したから、そして〈旧神の力〉、神の残滓によるものです。
喚ばれたのが魔王の討伐、それを祝福する為で、実体は神の残滓が満ちていたからですね。祝福は自動術式だったので気付きませんでした」
そう言っている間にも、女神様の姿はどんどん薄くなってゆく。
「では、改めて」
女神様は俺の頬に触れた。
「貴方に祝福を。ありがとう、私の、私達の勇者」
そう言い残すと、女神様の姿は完全に消えた。
「女神様ぁーーー!!」
俺は消えた女神様に向かって叫んだ。
しかし、女神様が戻ってくる事は――――
『はい? 何か言い残した事でもありました?』
普通に戻ってきた……。
いつの間にか空気に呑まれてしまっていたらしい。
お別れシーンだと思ってしまった。
『ふふふ、意外と貴方にもそう言うところが有るんですね』
生暖かい目で笑われた……。
「それは、如何にも過ぎるお別れシーンだったからですよ!」
『こんなお別れシーンが有る訳ないじゃないですか』
「いやいや、よくテレビとかで見かけるでしょう!? だから仕方ないんですよ!」
必死に弁明しようとするが、女神様はまるで応じてくれない。
『まったく、貴方という人は、やはり気付いていないんですね』
尚もおかしそうに笑う女神様は、下の方を指し示した。
ソコを見ても不思議なトコロは…………。
「にゅ、入浴中に来る女神様が悪いんですよぉ〜〜ー!!」
そこでやっと、今までずっと全裸のままであった事に気が付くのだった。
通りで【全裸の勇者】と【露出教名誉司教】と言う不名誉な二つ名を授かる訳だ……。
と言うか転生初日に流し聞いた露出教、実在したんだ。
てっきり女神様のジョークだと思っていた。
『露出教は残念ながら実在しています。何故か、地球のように存在しない世界の方が少ない、複数の世界を股にかけた大宗教らしいですよ?』
「複数の世界を股にかけるって……」
名前と俺が気に入られた事から察するに、露出する宗教なのに複数の世界に蔓延っているとは、多世界三大不思議よりも謎現象だ。
『服を着ていない事も忘れる貴方には、有り難い宗教かも知れませんね。人里で服を着ていなくとも宗教のせいだと誤魔化せますから』
と微笑みながら言う女神様。
「万が一も誤魔化す事態なんて発生しませんよ! 俺に露出する趣味はありません! プライベートな時に来る女神様が悪いんです! それこそ今回は入浴中に女神様が来たんですからね!」
しかし、俺の抗議などどこ吹く風。
『まあ、一応祝福に来たのですから、そう言う事にしておいてあげましょう』
そう言い残すと、今度こそ本当に女神様は帰っていった。
理論からすると俺の言い分が正しい筈なのに、何故か負けた気がする。
それでも、憎くは無かった。
魔王には勝てても、女神様には勝てないようだ。
次話は明日までに書き上がったら明日、そうで無ければまた何かしらの日に投稿したいと思います。
最短で節分になると思います。




