ボッチ37 ボッチと現状把握
まだ現実を受け止めきれない頭で鑑定結果をまとめる。
温泉に入ってレベルアップしたのは温泉源であった魔王をのぼせ力を排除しようと放出していた聖属性の魔力で倒したから、そしてのぼせ力の正体は魔王から滲み出た邪気怨念。
「どうやら、貴方も状況を飲み込めたようですね」
「……………………一応は」
「頼りない答えですが、大方は貴方の出した結論と同じでしょう。本来上がり難い耐性スキルも、長時間強力な毒に浸かっていたらレベルが上がらず生きている方が不思議です。大方、聖属性の魔力で討伐とありますから、ダメージを回復する為に聖属性を使い続け、それ故に毒と気付かず封印されていた魔王を打ち倒す程の聖属性の魔力を使ったと言う事でしょう」
「……はい、多分……」
毒、そう俺は魔王の毒だし汁にずっと浸かっていた訳だ。
のぼせていたんじゃ無い。毒に侵されていた……。
それも魔王の頭上で呑気に…………。
……よく生きていたものだ。
…………よく、最後まで気付かなかったものだ。
現実だけで無く、自分が何を思っているのかも上手く飲み込めない。
何を思うのが正しいのかすらも、分からない。
過去に恐怖するべきなのだろうか?
愚鈍な自分を罵倒するべきなのだろうか?
それとも、奇跡的に生き残った事に安堵するべきなのだろうか?
なんなら、魔王を倒した事を誇っても良いのかも知れない。
きっと全て正しい。
多分俺も、全部感じている。
それでも分からなかった。
一つの感情だけでも感情の容量と上限をゆうに超えている。
ただ一番に感じるのは、現実だと信じ切れないと言う事。
感情の前に理性がパンクしている。
しかしそれでも、温泉で起きた事の全てが説明出来てしまった。
俺に現実を否定する術は妄想の中にだって無い。
「金貨についてもこれで説明できます。魔王を討伐したのなら10億フォンが出て来て当然です」
既に解決していた疑問まで、この魔王討伐で説明できてしまうらしい。
「はい? 金貨も?」
この予想外の説には、思考回路がパンクしていた俺も思わず聞き返す。
「ん? 言っていませんでしたか? この世界では魔物を討伐すると金貨や銀貨などの硬貨が出現するんですよ」
「え? ステータスとかゲームみたいな要素が多いと思ったら、金貨まで出てくるんですか? もしかしてこの世界、ゲームの中だったりします?」
「ゲームの世界ではありません。ゲームのような要素が多く思えるようですが、実際のところはこのフィーデルクス世界のように、ステータスが有って金貨の出る世界の方が圧倒的に多数です」
地球、まさかの少数派だったんだ……。
割と魔王討伐に匹敵するくらいの衝撃だ。
「まあ、驚くのも無理はありませんが、魔王討伐に匹敵する程驚く事では無いと思いますよ? ゲームのように見えるシステム、ステータス表示はその実、あらゆる情報を数値化しているだけです。地球でもステータスの表示が出来ればまるでゲームのような数値で表示がされますが、それだけで何も変わりません」
「つまり地球よりも魔法とか出来る事とかが元々多く、それを数値化して表示しているからゲームっぽく見えるだけだと?」
「はい、数値化さえしなければ地球よりも現象が多い世界と思うだけだと思いますよ? 例えば外付けっぽいスキルも、スキルがあるから武技が使えるのでは無く、その武技を自力で使えるほど鍛錬を積んだからスキルレベルが上がったと捉えれば、何ら不思議な事ではありません。残念な例え方をすると、資格を数値化したようなものです」
言われた通りに想像してみると、確かにステータスの表示ができると言うだけでゲームっぽくなる。
それを抜きに考えると、魔法や武技が有って人が経験値で成長するだけの普通の世界だ。
ゲーム、管理された造りもの感はそれだけでだいぶ無くなる。
何ら違和感は……あれ?
「金貨が出て来るのは、やっぱり謎なんですけど?」
例え法則が違う世界であっても、金貨が出て来るのは流石に変だ。
自然現象では納得出来ない。
そもそも金では無く、金貨と言うだけで人工物だ。
がっつり人の手が入っている。
「と言うか、金貨が出る世界も圧倒的多数って言っていませんでしたか?」
「はい、その通りですが、これは我々神々からしても謎です。こればかりは何故、どうやって出て来るか誰も知りません」
……神々でも謎なんだ。
「“ステータスの声”、“言語を超えた意思疎通”、と並び“魔物から出る金貨”は“多世界三大不思議”の一つとされています。因みに金貨以外の二つも誰も答えを知りません」
多世界三大不思議、この言い方からして、本当に金貨の出る世界が圧倒的多数である事が伺える。
これを聞くと更に謎が深まる。
一体、その資金源は何処なのか?
一つの世界の事であっても十分謎だが、規模が大きくなると、不思議から不可能な事のように思えてくる。
そして新たに増えた謎もある。
「言語を超えた意思疎通ってなんですか?」
「どの言語を使っていても、言葉が通じると言う事です」
「そんな翻訳みたいな現象もあったんですね」
「無ければこの世界の言語を覚えてもらっていますよ。それに、これは翻訳とも違います。この世界を含めた多くの世界では、お互いに違う言語を話していても、口元を見なければそれに気付きません。それほどスムーズに言葉の意味が通じます」
「じゃあ、テレパシー的なもので会話しているんですか?」
「それも違います。音を聞いていても、その言語の違いに気付けませんから。完全にその言葉を何事も無く当たり前に理解している状態です。だから謎とされています」
どんな言葉が分かるのでは無く、言語の違いに気付けないと言うのは確かに凄い。
だがとてつもなく便利だ。
どんな相手とでも話す事が出来る。
……まあ、俺にそこまで持って行くスキルは無いのだが……。
言語以前の問題だ……。
それに、現状からしてそもそも人がいない。
この不思議パワーの恩恵を受けるのは、少なくとも当分先のようだ……。
先に、有れば良いな…………。
そう思うと、魔王を討伐していた事もどうでも良くなって来た。
偉い筈の王様も、周りに人がいなければただの人だ。
百人いても、ただのリーダー止まりだろう。寧ろ過剰なリーダーシップとカリスマ性は逆に構成員以下に引きずり落とすかも知れない。
一万人が住む町の町長の方が、そんな王様より多くの尊敬を受けているだろう。
誰もが驚く程の天才も、周りに人がいなければ天才とは呼ばれない。
きっと百人いても、それは特技程度で終わってしまう。
反対に一億人の中で百人同じ事が出来る人がいても、百人しかいなければその人は多分天才と呼ばれる。
比較対象が無ければ、きっと何もかも個性でしか無い。
だから独りしかいないここでは、魔王も炎も同じだ。
魔の王も、魔がそれだけならただ危ないものでしか無い。
比較対象は自分と魔王と炎。自分からして魔王と炎は危険。魔王と炎とでは魔王の方が危険。
後は温泉に浸かっている時に感じた事が全てだ。
ボッチの前では魔王も金貨と同じく大した価値を持たない。
寧ろ価値が有ると思うほど、だからどうしたと虚しくなるだけだ……。
せいぜい、自画自賛しか出来ないのだから…………。
次話は明日投稿します。




