ボッチ29 ボッチと温泉
上に戻りながらクリーンを無詠唱で使う。
しかし一向に泥は取れない。
いや、取れてはいるが焼け石に水だ。
落ちる汚れにも限度が有るらしい。
この魔法は汚れを分離し分解、そしてそれを吹き飛ばす魔法らしいのだが、ここまでの泥だと吹き飛ばせないようだ。
魔力を込めてもこの泥の前では誤差程度でしか無い。
早いところ温泉に浸かろう。
上に戻ると、間欠泉の如き噴出は治まっていた。
始めに使ったディグの跡地が湯船のようになり、そこに温泉が溜まっている。
泥風呂だったが……。
湯船、先に造っとくべきだったようだ。
そりゃあ、ただの穴にお湯を貯めたら泥水が出来上がる。
まず、お湯を止めよう。
噴出口にピッタリサイズの石を生み出し塞ぐ。
そしてお湯に魔力を浸透させ、お湯を湯船代わりの穴から追い出す。
水を操作するよりも操作が難しい。
多分、温泉が水属性だけでは無いからだ。
火属性、さらには土と混ざって土属性、そして何故か聖属性ともう一つよく分からない属性が含まれているのを感じる。
浸透させる魔力の性質を合わせなければ、そもそも浸透していかない。
しかし難しいだけでお湯を追い払う事に成功した。
適性を獲得しておいたおかげだろう。
よく分からない属性も、他の属性を持っていたからか強引に行けた。
後は浴槽工事だ。
ディグの穴を外に押し潰し、穴を拡げてゆく。
旅館の露天風呂サイズまで拡げたら、今度は形を整える。
形は円形。
露天の温泉なので、人工的な形は、直線は極力排除する。
そして圧縮した土を、石に変えてゆく。
う〜ん、石を温泉でよく見かけるタイルぽっくするのは難しい。
石に変換すると、自然石のような模様が付かない。
質感は無理矢理変えられるが、模様は材料次第だ。その場その場で代わり、それぞれ同じような土だからか、石の個性はほぼ同じ。
どうしても一枚岩のようになってしまう。
石を生み出し、それを混ぜる形で石を再構成してみる。
駄目だ。混ざった瞬間のような模様になってしまう。これでは自然石と言うよりも作品だ。だからと言って完全に混ぜたらそれも一色タイルになってしまう。
こうなれば諦めて洋風にするべきか?
いや、やはり俺は落ち着ける温泉が欲しい。
方式を変えて再挑戦だ。
まず、浴槽の基礎は全て一枚の岩に変えてしまう。
そこにツルツルの石を生み出し敷き詰める。
石の数が多くなるとそれらしくなって来た。
今度は成功だ。
噴出口を塞いだ石を底石と融合させ取り払うと、敷き詰めた石の隙間からポコポコとお湯が湧き上がる。
今度も間欠泉のようにはならなかったが、かなりの湯量があるようで、あっと言う間にお湯が溜まってゆく。
早速入って汚れを落とそう。
おっと、その前に湯加減を知らなければ。
また火傷するかも知れない。
でもどうやって温度を知れば?
そう思っていると、文字が浮かんできた。
対象:破邪の湯
温度:40℃
この表示のしかたは鑑定だ。
温度も鑑定出来たらしい。
何であれ、40℃なら適温。
安心して入れる。
と言うか、この温度なら実は火傷していなかったんじゃ? 転がり落ちた時のダメージの方が大きそうだ……。
気にしない事にしよう。
気にしてはいけない。
泥だらけの服を脱ぐと、お湯を操作してシャワーのように自分にかける。
幸い、服の下はそこまで汚れていなかった。
手と顔を中心を洗うだけでジャリジャリ感は無くなる。
もう大丈夫だろう。
どれ。
「くはぁーーー」
いい湯だ。
少し熱い気もするが、疲れた身体に効く。
ゆっくりと全身の力を湯に預けてゆく。
湯船は石を並べただけなので、少しゴツゴツするが、それがまたツボを刺激するようで丁度良い。
温泉の湧き出る位置では、その上に有るあちらこちらの石の隙間からお湯が勢い良く出ていて、石のゴツゴツ感と合わせてジャグジー付きのお風呂に入っているようだ。
そして丘の上からの眺望も最高だ。
温泉を造っている間に日は昇ってきたらしく、山脈の隙間からまだ微かに赤みを帯びた太陽が覗かせている。
そんな暖色で明るい静かな光が、山々や丘の周りの草原、疎らな森を照らしていた。
森の木々の下に広がる大きな水溜りも、鏡となって二重に森の木々を照らしている。
穏やかでいて、目をはっきりと覚めさせてくれる景色だ。
いつの間にか、朝日が日に変わる。
知らず知らずの内に、時間が経過していたようだ。
少し熱くなってきた。
でもまだまだ入っていたい。
取り敢えずペット皿から水を飲む。
すっかりここでのコップと言えばこれだ。
既に疑問を抱かなくなっている自分がいる。
人里に辿り着いたら気を付けなければ。
しかし水を飲んだところで、のぼせて来るのは少し遅くなっただけ。
寧ろ少し冷まされたからか、余計に温泉を熱く感じる。
温泉の効能か、少しピリピリする感じも強くなってくる。
再び水を飲んでも引くのは一時に過ぎない。
長湯を出来る魔法でも無いだろうか?
魔導書は現れない。
流石に無茶であるらしい。
せめてこの症状を緩和出来る魔法は?
あっ、今度は存在したようだ。
のぼせ回復魔法だろうか?
「“聖域”」
発動すると、美しく緻密な魔法陣が現れた。
そこから聖なる光が拡がってゆく。
そして身体は軽くなった。
どうやらこれは広域型の聖属性回復魔法と呼べるようなものらしい。
範囲は無駄に広いが、効果は抜群。見た目だけの回復力がある。
だが、やはりこの規模は要らない。
魔力のほとんどを持って行かれた。
ついでに美しい魔法陣だが、景色と温泉との調和もいまいちだ。
この場に合わせて改良出来ないか、自力発動を試みる。
しかしこれは何時もの様には行かなかった。
魔法陣が緻密で、そこまでは魔力を制御出来ない。
今までとは格段に難しい魔法だ。
この魔法を使うのは諦めよう。
しかしのぼせても回復すると言う魔法は有用だ。
是非とも活用して行きたい。
聖属性の回復魔法なら、同じように効果が有るだろうか?
「“エクストラヒール”」
おっ、回復した後だからはっきりとは分からないが、回復したような気がする。気分が若干楽になった。
しかしこの魔法も発動時に光って少し派手だ。
落ち着いた温泉の景観に合っていない。
汚れを落とす風呂として造ったが、温泉は昔からのんびりする場所だと決まっている。眩しい光は要らない。
どうにか光を抑えられないだろうか?
魔力を少なくしてみる。
光は弱くなった。
しかし回復箇所、この場合全身が輝く事には変わらない。
今度は指向性を内側に強めてみる。
全然変わらない。
寧ろ光が強くなった気までする。
そもそも発動する時点で光が生まれてしまう。発動の光と回復した副産物の光と二重に存在しているようだ。
いっその事、体内で発動出来ないものか?
一瞬だけ魔法の形となるも、すぐに拡散してしまった。
エクストラヒールの性質は外から当てる回復であって、内側からのものでは無いらしい。
しかし、一瞬なら内側からでも発動出来た。
もしかしたら、元々内側から発動する魔法が存在するかも知れない。
試しに聖属性に変換した魔力を体内で動かしてみる。
成功だ。
やはり自分に流れている魔力は、多少変質させても体内に流す事が出来るようだ。
そして、聖属性の魔力を体内に巡らすだけでも、大分楽になった。
一向にのぼせる気配が無い。
聖属性自体に回復効果があったようだ。
更には流すだけだと特に光も発しない。
これで長風呂を満喫出来そうだ。
次話は明日投稿します。




