ボッチ28 ボッチと温泉掘り
目覚めて、テントから出ると、まだ暗かった。
果の空は茜色では無く、まだ薄紫。
どうやら時計が無くて分からなかったが、昨日の就寝時間は思いの外早かったらしい。
文明の灯りは偉大であった。
光が無ければ良い子は八時までを遵守してしまうようだ。
流石に八時には寝ていないか?
やはり時計が無いと分からない。
が、この調子だと時計が必要になる時は遠そうだ。
掌から水を出してそのまま顔を洗う。
そう言えば、ここに来てから風呂に入っていない。
寝ぼけて水を被ったぐらいだ。後は自家製雨を少々。
身体を洗っていない。
汚れを落とす魔法でも無いものか?
そう思うと魔導書が開いた状態で現れた。
やっぱり有るらしい。
「“クリーン”」
使ってみると、風のような光のようなものが身体を抜けて行った。
そしてさっぱりとした感触。
服まできれいになった気がする。
が、汗のベットリ感は残っていた。
もう一度、今度は魔導書無しの自力で発動してみる。
「“クリーン”」
すると何故汗は拭われなかったのか理解出来た。
服に染み込んだ汗では無く、体表にある汗は身体と同じく魔力が通っているらしい。
それが魔術を弾くのだ。
一体化している事で汚れとして認識され難いのに加え、魔力が境界を生み出し干渉を弾いている。
しかしそれが分かれば対処も出来る。
「“クリーン”」
ただその事を意識して汗を汚れと捉え、干渉を強くすると汗も完全に拭われた。
風呂で洗うのとも布で拭うのとも違う、味わったことの無い不思議な爽快感がある。
しかしその慣れない感触に、汚れは落ちたのに風呂を恋しく感じる。
衣食住の内、今度は住に取り込むべきかも知れない。
朝食を食べ終わった後、早速風呂を作る事にした。
待てよ?
山だから意外と温泉が近くにある可能性も?
火山と言うよりも一枚岩っぽい山々だが、山奥と言えば秘湯。
ここにもあるかも知れない。
でも今まで湯気を見かけていない。
温泉探知魔法でも有れば良いのだが。
そう思っていると、魔導書が開いて現れた。
そんな魔法まで有るのか……。
「“温泉探知”」
魔法名もそのまま。
別の魔法を応用して使うのでは無く、温泉探知専門の魔法らしい。
火、水、土、三つの属性が混合された魔法だ。
今までの魔法と比べても大分難しい。
多分、本職の魔術師が使う魔法だ。温泉の専門家には発動が難しいように思える。
この探知魔法は魔力が球状に進んでゆく。
地下も地上もお構いなしだ。
しかしその地形自体は探知出来ない。
温泉しか探知出来ないらしい。
有るのは魔力が拡がっていく感覚だけ。
すると明確な温かいお湯のイメージが、ここの真下から返ってきた。
その瞬間、その間にあった経路の詳細、位置関係だけだがそれが伝わってきた。
まさかこの丘の真下に温泉が眠っていたとは。
それもかなり巨大な反応だ。
地下深く、まあ百メートル程の下に有る巨大な熱源に、周囲の山々から流れる水が集まり、温泉となっている。
百メートル下と言うとこの高原の標高よりも大分低い、つまり外から見たら山の中に熱源がある事になる。驚きだ。
流石は異世界。
早速掘り当てよう。
温泉を造りたい場所に移動し、魔導書に穴掘り魔法を求める。
「“ディグ”」
ボゴっと地面に一辺一メートルの正六面体が出来た。
……まあ、穴だけども。
この魔法で百メートルも掘るなんてとんでも無い。
幅が一メートルもある穴など落ちそうで怖すぎる。
土を押し固めて穴を掘る魔法のようで、掘った土や石を捨てなくて良いのは評価出来るが、とても温泉掘りで適切とは言えない。
温泉掘り魔法が有ったりは?
「…………」
魔導書は開かない。
探す魔法は有っても掘る魔法は存在しないようだ。
この魔法を使った人も、別の方法で掘り当てたのだろう。
試しにディグを自力で発動を試みる。
しかし求める形に出来ない事も無いが、術が破綻してしまう。
これなら水を操作したように、魔術と言うよりも地道に操作した方が簡単だ。
今度はそれを試してみよう。
地道に魔力を馴染ませ動かすから時間はかかるが、術として固まって無ければその時間は変わらない。
地面に魔力を馴染ませて行く。
そしてディグの応用で、十センチ四方程度の土を端に圧縮、穴を作る。
この調子なら行けそうだ。
一メートルも掘り進むと、岩盤に当たった。
今は草も生えているが、本来この丘は岩だったらしい。
少し抵抗が大きくなる。
しかし土属性は石も土も対象だからか、少し程度の違いしか無い。
探知魔法の応用で、まずは深くまで魔力を通し、その後密度を上げて一気に馴染ませる。
そしてまた圧縮させると、その圧縮時間はゆっくりだったが、一気に二十メートル程深くまで掘れた。
温泉探知が届いたからと、今度は温泉ぎりぎりまで魔力を通してみる。
行けた。
まだ温泉までは繋げない。
途中で温泉が流れ込んで、作り途中の穴が崩れるかも知れないからだ。
魔力をじっくり馴染ませる。
広い範囲の分、魔力が満ちるまで時間がかかるが、着実に進んでいる。
念の為、多くの魔力を込めてゆく。
そして一斉に圧縮させた。
魔力を満たしたおかげか、さっきよりも時間がかからず、一瞬で穴が開通した。
後は最後の一堀りをするだけ。
その前に、お湯が汚れないように穴の側面を念入りに固めて行く。
元々多くは岩で、圧縮させたが、お湯が通るとどうなるか分からない。石を生み出す感覚を頼りに、圧縮を完全な一つの石に変える。
何度も試行錯誤してゆくと、浴場の石のようなツルツルで水を通さなそうな石に変化させることが出来た。
上部は土を圧縮させた事から、石に変換するには材料不足であったが、そこは石を生み出し、それを混ぜる事で石に変えた。
最後に継ぎ目がない完全な一枚の岩の管とし、温泉を貫通させる。
ふぅ、我ながら完璧な作業だ。
魔力も一度も回復させる事が無かったし、この道の才能が有るのかも知れない。
そう思って穴を眺めていると、熱々の温泉が吹き出してきた。
「熱っだ熱熱っっ!!??」
間欠泉(?)に吹き飛ばされたのか、自分から避けたのか定かでないが、勢い良くバク転、と思いきや着地失敗からのローリングで丘の下まで。
「か、か、回復、魔法!」
起き上がるよりも早く、今の自分にも発動出来る最上級の回復魔法を魔導書に求めた。
「エ、エクストラ、“エクストラヒール”」
魔力を限界まで使用しての聖属性回復魔法。
怪我を確認するよりも前に、痛みが引いてゆく。
念の為、ペット皿で魔力回復後もう一度。
「“エクストラヒール”」
これで多分、完全回復した筈だ。
改めて現状確認すると、服がドロドロだ。
全身、満遍なく泥やら草が付着している。
まさか汚れを落とす為に温泉を掘って、ここまで汚れる羽目になるとは。
これは意地でも温泉を完成させるしか無い。
次話は明日投稿します。




