閑話 老怪1 聖人の答え
お彼岸投稿です。
聖地が開かれた。
力の根源たる世界の中枢が。
だが、我が盟友は失敗した。
聖地を真に手にする事が出来ていれば、聖地が開かれた瞬間より世界は彼のもの。
その理想の下に旧世界は塗り潰され、人類は滅んだだろう。
それだけの力を聖地から感じた。
ヴィルディアーノの気配は神を凌駕するものであったが、聖地の力と比べると遥かにその力は小さく、彼の気配は元より嵐のように乱れている。
彼ほどの力を以てしても、聖地は扱えるものではなく、器も制御力も届かないらしい。
この結果は聖地が真に我等が求める力であるという証明だ。
しかし、私は手を出さなかった。
ヴィルディアーノが失敗したのなら、今の私でも無理であろう。
聖地の力に近い力を有する、世界そのものとの関わりが深い神々は聖地が開かれた時点でその存在を知った。聖地の力は隠せるものではない。
愚かな神々は聖地を手にしようとする筈だ。
神々の下僕も神に踊らされ聖地に群がるだろう。
聖地を手にできればそれは世界を手にしたも同然なのだから。
ありとあらゆる者達が聖地を目指すだろう。
だが、聖地をその手に治める事はヴィルディアーノにも不可能だった。
愚かな神々、神に至っても中身は欲深き人間のままであるケペルベックの神々が聖地を扱える訳がない。
地上に干渉した時点で勝手に自滅するだけだ。
問題は、生じた時より神である存在がどう動くかだが、賢き神であるならば身に余る力に手を伸ばしはすまい。
神が地上に干渉する、それは神にとってこの上ない程のリスクだ。地上に降り立つ、ただそれだけで神々は消滅する危険性がある。
力があり思慮深い神であるならば、扱えもしない力の源泉にそれ程までのリスクを冒す事は無いだろう。
目先の力に飛び付くのは身の程を弁え無い神々、聖地の力を推し量る力を持たずに動く神はやはり自滅するのみ。
相手にするまでもない。
それでも、聖地を確保されるのはまずい。
長期間解析すれば、聖地を扱う術が発見されるおそれがある。
漏れ出る力を流用するだけでも、人にとっては無限の魔力を手にしたのと変わらぬ事が出来るだろう。
勇者の手に最も近くあるのも不安要素だ。
歴史上、異世界から召喚された勇者が悪逆非道を行った事はない。
彼等は自分とは関係のない世界を身命を賭して救ってくれた善人だ。
だが、完全な善人かどうかは分からない。
勇者は初めからこの世界総出でもてなしてきた。
有力国の王侯貴族を婚約者として送り出し、求められる前に最上級の支援を行ってきた。
だから、欲望が表に出なかった可能性がある。
勇者の数自体も少なく、活動期間も短い。
勇者は、短命だ。例外なく二十歳前後でこの世を去っている。
その強大な力の反動か、魔王との対決での無理が祟ったのか、もしくは異世界で元々死んだものが召喚されたからか、諸説あるが事実として早くにこの世を去っている。
故に、悪評がないだけの可能性もある。
勇者だからといって、聖地を委ねる訳にはいかない。
やはり、今の私に聖地を扱えなくとも、争奪戦には介入すべきだろう。
何より、これはケペルベックの神々を葬る好機でもある。
聖地がなくとも、私の目的は達成できる。
だが、まだ死力を尽くすべき時ではない。
地上に降臨する愚かなケペルベックの神々など、時間さえ稼げば勝手に自滅するのだから、私が自らが神々と戦う必要はないし、力は温存しておくべきだ。
力は何も、魔力や魔術などこの身に有する力だけではない。
私は権力がある。表の世界で掌握してきた絶大な権力が。
ケペルベック神国の力、いやケペルベック神国のみならず今はパリオン王国も私の力と同然。
五大列強二大国の軍事力を使えば、私が戦わなくとも神々に絶大なるダメージを与えられる筈だ。
『忠実なる我が僕よ。我はお主の神ルードヴィッヒ』
『万雷神君オルセアヌ四世がここに命じる』
『神の命である。謹んで拝聴せよ』
『我が命に殉じる栄誉をやろう』
愚かな神々の神託が次々と降りてくる。
祈りを捧げる民がどんなに祈っても助けず、自分の利益のためにしか神託を降ろし、徒に混乱を広げ多くの犠牲を生み出してきた欲深き神々の声が降りてくる。
望み通り、お前達に我が兵を貸してやろう。
我が兵を味方だと思い地上に降り立つがいい。
そして存分に消耗しろ。
メリアヘムが、貴様らの墓だ。
私は枢機卿の衣装に身を包むと、数年ぶりに表舞台に立った。
神殿本部の入口に立ち、神国中の者達に命じる。
『神より神託が下された!! メリアヘムに神々が望むものがある!! それは神の国へ至る為に必要なものだ!! 神々は、この国を理想郷へと導く栄誉を下さった!! 皆の者、未来永劫称えられる英雄となるのだ!! 全軍、メリアヘムに急行せよ!! 神々がお待ちだ!!』
「「「「「おおおおおぉぉぉーーーーー!!!!」」」」」
命じただけで臣民は、神の僕は大歓声を上げる。
既に動いた神の降臨をその目で見た者達も多く、誰もが神の降臨を慶び使命を授かった栄誉に打ち震えていた。
全軍の出撃という前代未聞の命を下しても、将軍や軍務貴族、外務貴族といったそれを行えば確実に世界に大混乱を引き起こすと理解している立場あるものすら反対することも無ければ、疑問すら感じている様子がない。
例外は我が直属の部下達程度。
それ程の影響力を持つのが神だ。
故に、害となる愚かな神々は確実に排除しなければならない。
例えどんな犠牲を払ったとしても。
如何に優れた為政者が現れようが、強大な脅威を英雄達が身を賭して討ち倒そうが、奴らが存在する限り永遠に理想郷は築けない。
奴等がその成果を神々の権力争いに持ち込み、地上に神託を降ろす事で簡単に平穏は比類なき争乱へと転じる。
最上位である筈の王より優先されてしまう誰にも制御できぬ命は、欲に汚染された時点で災悪となってきた。
ただの愚王であれば人の手で排除すれば良いだけの話であるが、人の届かぬ神をどうこうする術は人間にない。
永遠に存在する害悪、それが神である。
その神々を滅ぼすには、信者を消し去れば良い。
神という存在そのものを消し去るには人類を滅ぼすのが一番の近道である。
さすれば、それ以上の悲劇は生まれない。
私の存在意義は人類を救済すること。
救済とは、苦しみから解放すること。
真の救済された世界、理想郷は苦しみも喜びも知る人間の手によってしか生み出せない。
だが、人間は神に至っても欲深きまま。己が利益の対価に他者を代償とする。もはや理想郷の実現は不可能である。
ならば、救済とは人類を滅ぼす以外に達成は不可能。
だが、ここに来て最良の答えが現れた。
世界を創り変える力を秘めた聖地だ。
聖地ならば、人そのものを創りなおす事も可能であろう。
それが届かぬとしても、神々は自ら自滅の道を選んだ。
今ならば、結果として、間接的ではあるが、人の手で神々を滅ぼす事が出来る。
それも愚かな神々の全てを。
間接的であっても神を滅ぼしたという罪悪感は、信仰心を持つ者にとって神の否定へと繋がるだろう。信仰により心を保つ弱き人間に目の前で神々が欲に走り滅び散る様は、受け入れられる筈もない。自分を保つためには否定するしか無い。
それは信仰という概念そのものの消失に繋げられる。神々の出現を永遠に阻止し、現存の神々の自然消滅も可能だ。
人は、神の手を離れても進んでいけると知ることが出来る。神すらも打ち破れるのだから、王であろうと人間如き、悪逆であれば躊躇なく簡単に排除出来るようにもなろう。
これは最後にして最大の好機。
永遠の悲劇を断ち切る絶好の機会。
逃せば滅びでしか悲劇は断ち切れない。
幸い、今の私はケペルベック神国のみならず、パリオン王国の軍勢も導いた新たな星剣使いによって動かせる。
神々は個別に神託を降すであろうし、ケペルベック帝国の地の戦力は殆どが動くことになろう。
神々が関係無くとも、敵対勢力の全軍が動く様な非常事態が起きれば動く他無い。
実質、世界が醜き神々の争いとその滅びを目にし、神々への信仰を失うのだ。
この争いに巻き込まれ、人類は甚大な被害を受けるだろう。
しかし、滅ばずとも人類は悲劇を断ち切れる。
さあ、英雄達よ!! 未来の糧となり散るが良い!!




