閑話 魔祖6 理想の世界
ヴィルディアーノ視点です。
『……我は、新世界の、創造主……』
存在が保てなくなる程の力、本来は必ず外側に在るべき世界そのものとすら言える力が、本来在るべき座である世界に戻ろうと、拡散しようとし、私そのものも世界に溶かそうとする。
一瞬でも気を抜けば、私は世界に呑み込まれて消えるだろう。跡形も無く消失する確信があった。
既に存在の最外殻にあたる形は保てていない。
もはや消失は免れない。太陽が沈まぬ内に、私は沈む。
だが、この力が有れば、この力さえ有れば、新世界の創造も成せる。
後は最大の障害、世界の最高戦力、この世界そのものとでも呼べる力に抗い打ち勝つのみ。
「“白輪槍”!」「“神雷槍”!」「“深淵滅槍”!」
神々も穿く究極の魔法も、今の私には致命傷とはならない。
世界そのものに匹敵する力を有した今の私が無傷とはいかないのは流石としか言いようが無いが、何発直撃しようが私が倒れる事は無い。
「“業火滅消”!」「“神雷滅消”!」「“深淵滅消”!」
範囲魔法に戻しても無意味。
形が保てず肥大化したとはいえ、この身の強度は先程よりも上回る。つまり、肉体を有する完全なる神以上の強度を有している。
範囲化は寧ろ効果が無い。
「“術式斬解”!!」
しかし、真なる勇者達はただ力が有るだけでは無いらしく、解決策を導き出した。
「“魔力暴走”」
「“解呪”」
導き出した答えは即座に実行。
分析能力に秀でていれば、単純な火力に任せず様々な魔法技術を有していた。
これが、真なる天才という存在なのかも知れない。
「“魔力破綻”!」
「“存在浄化”!」
あまりに強大な力を抑えつける為に展開している自己強化術式の一部が破壊され、この身の崩壊が早まる。
『無駄だ……!! 我が術式は魔術のみに非ず!! 自然の理から神の術までも編み込み構築している!! 魔術を破壊したところで無意味!! 根源へと還るいい!!』
真なる勇者達が見破った通り、強化術式が生命線であり最大の弱点だ。
しかし、展開している術式の中で魔法術式は世界の力を抑え込む術式の中で最も効果の薄いもの。魔法の力は神をも葬る力であるが、それでも極めてやっと届く低次元の力だ。
神の力を抑え込むならば神の力で、世界を抑え込むならば世界の力で、同質かより上位の力を以て抑え込むのが効果的なのは世の道理。
破壊された魔法術式は補助的な効果しか無い。
それが破壊されたところで、致命傷にはほど遠い。
「“鎮災”!」
「“神秘夢散”!」
「“術式崩壊”!」
しかし、神の力を用いた自己強化術式や世界の力を流用した自己強化術式までもが破られた。
『ぐがぁあはぁあがぁああーーーーー!!!!』
術式が解かれ、私という存在の一部と共に創造の力が流失して逝く!!
『な、何故だ!? 何故、我が術が破れる!? 神の力が破られたのはまだ良い!! 神にはそれが出来ても不思議では無い!! だが何故自然の理すらも破れるのだ!! これは、この力は、我でも聖域の力を以て初めて扱える術だぞ!?』
しかもただ破られた訳では無い。
ただ壊された訳では無い。
術式を逆算された! 解かれたのだ!!
真なる勇者は、世界の理を完全に理解している!!
『それが勇者の力なのか!? 他世界の存在にこの世界は創世の力を掻き集めても敵わないのか!! 異世界の存在がぁ、この世界に干渉するなぁーー!!』
今の私の力はこの世界の化身と言ってもいい筈。
神や創造神といったレベルでは無い。
間違いなく私は、この世界で手に入れられる限りの力を手にした。
それでも届かぬと言うのか!!
この世界の存在であるという時点で、到達点が決められているのか!!
ならば初めから理想郷の実現など不可能だったとでも言うのか!!
この世界は、それ程までに狂っているのか!!
「理不尽にも真摯に対応、意外と今の俺、勇者してるかも」
『理不尽は、貴様だぁーーーー!!!! 創世が叶わなくとも、この世界を白紙に戻してやる!!!!』
私は諦めない!!
証明してみせる!!
この世界は自浄作用すら無い程の壊れた世界ではないと!!
この手でやり直せるのだと!!
まだ見ぬ子らは、理想郷を築けると!!
私は、創造主になれなくとも、次に繋いでみせる!!
「“鎮災”!!」「“神秘夢散”!!」「“術式崩壊”!!」
三柱によって、次々と自己強化術式が解けてゆく。
創造の力すらも逆算されて逝く。
この世界の存在には決して越えられぬ壁が存在している、いや違う……。
力は私が圧倒的なのは変わりようの無い事実。
それを技術によって力関係を覆されているのだ。
単に一対三であるからここまで追い込まれたというのも有るだろう。
だが、それこそが間違いだったのだ。
私は、きっと天才だった。
かつて目指した天才となった。
だが、数千年経っても農業の天才では無い。
土を知り、天を読み、豊かな実りを得る事は今の私にも出来ない。
数千年経っても、商売の天才では無い。
需要を探り、笑顔を振りまき、経済を回す事は今の私にも出来ない。
数千年経っても、社交の天才では無い。
仮面の奥を見抜き、仮面を被り、利をもたらす事は今の私にも出来ない。
それらは、私が目指そうともしなかったもの。
だが、私が目指した天才とは、全てを得た存在だったのでは無かったか。
私の前に倒れた私よりも優れた者達の力を、超える事を目指して来た。彼らに恥じぬように。
だが、全ての才を、今の段階でも私は手にしていない。
世界そのものの力を手にしても、私は手にしていない。
だが、だからこそ負けているのではない。
勇者達も全ての力を持っている訳ではない。
それぞれ別の力を使い私に対抗している。
……最初から、一つの才能があるだけで十分だったのだ。
いや、天才でなくとも十分だったのだろう。
彼らさえいれば、かつて失った彼女達がいればそれで良かったのだ。
失ってさえいなければ、今の私よりも力を発揮出来ていただろう。
それは究極の天才がいるからではない。
皆がいるから。
思い返せば現在ここまで到達出来たのも、私が究極の天才だったからではない。
私にはエザルがいた、バールガンがいた、ディメグデウスがいた、ギュリベームがいた。
元より、一人で辿り着こうと思っていた、思い込んでいたのが間違いだったのだ。
世界そのものの力すらも、三柱が協力する事によって打ち破られている。
私が、もっと多くと力を合わせていれば、こんな力が無くとも世界の新生に成功していたに違いない。
私は、天才しか見ていなかった。
自分も他者も、才がありそれを伸ばす真なる天才しか見えていなかった。
敵となった貴族達、才を切り捨てた取り巻き達、彼らと意思疎通しようとした事はあっただろうか。先に彼らを切り捨てたのは、きっと私だ。
そもそも、数千年生きる私からすれば、かつて天才だと思った彼らも天才ではなかったのだ。
条件は、皆同じだった。
違いは、私が深く知ろうとしていたかどうか。
取り巻き達とも、心を通わせていれば、本物の天才も成し遂げられなかった事も成せたのではないか。
散った者達も散らずに済み、理想の国だって築けていたのではないか。
指導者として生まれた私が最もすべきだったのは、多くの才を活かす事。
天才を見つける事では元々無かったのだ。
互いを理解し互いを活かせる環境こそが必要だったのだ。
私が天才になる必要もきっと無かった。
天才になる為にした努力、その時間を相互理解の為に使っていれば、天才より多くの事が成せた筈だ。
他者もそうだ。自分を高める努力よりも、心を通わせる事に時間を使った方が良かったのかも知れない。
私が努力をしないと決めつけていた取り巻き達は、その事に時間を使っていたのかも知れない。
才能を開花する努力を続ける、それは尊い事だ。
それは今になっても、最後まで称賛する。
だが、為政者としての私が最も欲していたのは、心を通わせ笑い合っている臣民ではなかったか。
それを初めの私は理想郷だと思っていた筈だ。
その為に私は才を欲したのだ。
努力がその笑顔の時間を奪うのは、努力を絶対とし、奪う事を強要しようとしていたのは間違っていた。
『…………私が、間違って、いたのか…………、世界とは、こうも強固で、完成して、いたのだな…………』
世界は完璧ではない。
最も強大な力を手にした私が破れた様に、全てに限界がある。
だが、だからこそ世界は全員を必要としている。
どんな力を以てしても誰もが世界の前では無力。
だから協力を、愛を必要としている。
世界は、完璧でないからこそ完成しているのだ。
完璧ではないからこそ、理想郷になり得るのだ。
嗚呼、この世界は美しい。
勇者達よ、願わくばこの美しい世界を永遠に……。




