閑話 魔祖1 ノブレス・オブリージュ
魔王軍四天王ヴィルディアーノ視点です。
もはや、悠久の彼方となった記憶が、今でも私を縛り付ける。
私は、凡人である。
ただ、高位貴族として生まれただけの凡人。
父は、王の弟であった。
王妃唯一の子であり、遅くに生まれた為に王位を継ぐことは無かったが、高位貴族から多くの支持を現在でも受けいる王弟であり、王国一の高貴な存在であると自認していた。
その嫡男であった私は、何をしようと煽てられた。
先ずは容姿を讃えられ、家庭教師が付くと勉学の天才だと称賛され、剣を振れば剣聖と呼ばれ、魔術を使い始めると賢者だと言われた。
それが偽りだと気が付いたのは、初めて襲撃された時だ。
国は二つに割れていた。
身分の低い妾腹であるが長男であり能力の高い現王派と正室の唯一の子であり血統主義の王弟派。
現王は血筋や家柄を軽んじ改革を進めており、多くの高位貴族達は王弟である父を支持していた。
下級貴族達の支持は現王の方が多いが、戦力や財力等の実質的な力は王弟派が大きく上回っていた。
故に、現王派の中でも過激派は強硬手段に出た。
そうして襲撃を受ける中で、私は何も出来なかった。
剣聖と呼ばれたのに剣は一太刀で弾かれ、魔術は詠唱する事すらも出来なかった。
何よりも私の自信を打ち砕いたのは私の付き人。いや、付き人の付き人達。付き人である高位貴族の子弟達の世話係。
私とそう歳の変わらない下々の者達が、私では手も足も出なかった賊と打ち合っている。
私は、天才ではなかったのだ。
それから、私は少しずつ変わっていった。
父達の影響で血統主義を信じていた。それは血統を、先祖から継いだ爵位を絶対とする主義。
高貴であればそれだけで絶対的に優れていると盲目的に信じていた。
しかし、それは間違いだと気が付いた。
高貴な者は優れている。
だが、それは義務として。
優れているのでは無く、優れていなければならないのだ。民よりも優れた教育を受ける者として、その分だけ優れていなければならないのである。
それだけ優れた力を身に着けて、初めて高貴な者は下々の者と並べる。
私は天才では無い。天才と呼ばれる実力を身に着け初めて、凡人になれるのだ。今までの私は凡人ですら無い。
そう考えるようになった。
故に励んだ。
決して負けないように。
せめて、凡人になれるように。
その為に、学ぶ為に下々との交流を深めた。
しかし、親しくなった下々の者達は、私よりも優れた彼らは私よりも先に居なくなった。
私を守る為に身を盾にし、主人である貴族の怒りに触れ排斥され、時には高価な治療に有り付けず私よりも先に去って逝った。
残るのは凡人にも成れぬ私に、血統主義に染まり自らよりも優れた民達を許さぬ無能共。
私は、学ぶまでもなくある筈の権力すらも使い熟せぬ愚者であった。
私には、見送る事しか出来なかった。
だが、だからこそ、私は力を身に着けるよう努力した。
いつか、彼らに報いる事が出来るように。
それが報いとなると信じて。
その度に屍が増えた。
味方は減り続けた。
それでも止まる事は出来ない。
しかし、どうしようもなく後悔は増えていった。
もし私がマルクであったのなら、ネリー達を喪う事は無かった。マルクの才と私には飾りにしかならない腰の魔剣があれば、誰も家族を喪わずに済んだだろう。
もし私がシュバルツであったのなら、民はここまでの飢餓に苦しまずに済んだ。シュバルツの頭脳があれば暴動も起きず、街に笑顔が溢れていた筈だ。
もしサーシャなら、もしジークなら、もしリカルドなら…………もし私が、もし私の立場が、違う誰かのものだったなら…………。
後悔は尽きない。
それでも私は乗り越えて、やっと凡人になった。
教育を受けていないものに負けない程度の、ぎりぎりの凡人ではあるが。
だが、凡人になった程度では犠牲になった彼らは報われない。
そこで私は魔法に傾倒した。
最も魔法に才能があったから。
そして技術こそが多くを救えると信じていたから。
技術は才を埋める事が出来る。
私も凡人になり得た。
例えば私にはシュバルツ程の頭脳は無かったが、算術のアーティファクトは彼を越える計算能力を私にもたらした。
この計算のアーティファクトが有れば、算術を覚えたばかりの幼子でも王国の財務官僚並みの働きをする事が出来る。
誰もが計算出来れば無駄な出費を抑えられ、生産性を上げることが出来る。多くの民が、冬を越せるようになる。
他にも自衛の為に持たされた火炎弾のアーティファクトは、魔力さえ有れば振るうだけで火炎弾を発射出来る。
しかも詠唱は必要なく緊急時に使う事が出来る。その威力は宮廷魔術師が放つものと遜色無く、エカテリーナ以上の速さで発動可能だ。
これが普及すれば、魔獣に襲われ消える命を減らす事が出来るだろう。
私は魔道具を開発する前段階として、既存の魔術を改良しより多くの者達が使える様に改良した。
だが、上手くはいかなかった。
魔法の改良には成功した。
だが、普及には成功しなかった。
平民達が滅多に見る事の無い魔法、それは畏怖され忌諱されてしまったのだ。
そして悪用する者達が出た。特権を平滑化する為に生んだ技術は悪用され、新たな特権と更なる圧制を生んだ。
負の連鎖は私の考えに賛同し、直向きに努力していた者達の命すらも奪った。
ある者は魔術を学んだだけで反逆の意思ありと判断され処断された。
ある者は不作の元凶と石を投げられ火に炙られた。
ある者は力が有るからと酷使されその命を磨り潰した。
結局、才がある者ほど、努力する者ほど、善を尊ぶものほど先に逝ってしまった。
私はそこで初めて、高貴な者に問わず、愚か者達が蔓延している事を知った。
凡人ですら、世界には極少数だったのだ。
もう、多くを救おうとするのは止めた。多くは愚か者であるから。賢き者は救おうとしても先に散ってしまうのだから。
しかし、研究は続けた。
もはやそれしか私には無かったから。
汎用魔法の開発を民に力を持たせ国家の転覆を計っていると適当な理由を付け、王国軍は正面から攻めて来たが、正面から燃やし尽くした。
そこで初めて、襲撃は終わり、皆私の顔色を伺うようになった。
簡単だったのだ。
愚か者は、ただ根本から排除すれば良かったのだ。
しかし世の大半は愚か者。
次の愚か者が賢き者を排除した。
世界を根本から治さない限り、どうにもならない。
だが、私に創造神の如き力は無い。
それでも、守る方法が一つだけ、有る事に気が付いた。
誰にも傷付ける事が不可能な程に力をつければ良いのだ。
共存共栄などもはや不可能。ならば、他を圧倒しどんな脅威も排除する力さえ有れば、もう私より先にいなくなる者はいなくなる。
そう結論付け、結果的に私は不老不死となる方法を見出した。
幾万もの愚者の命を啜り、取り込む不老不死の至高術。
人々は私を吸血鬼と呼んだ。
我が術により才ある者は不老不死となり、我が眷属となった。
これで理想の世界を創れる。
そう、思っていた。
しかし結果は我等の敗北。
初めて一丸となった人類を前に、我は封印され配下は討たれた。
それから千年程が経過し、我は封印から解放された。
解放したのは我が盟友エザル。
魔の知識を得る為に召喚した悪魔。
あの時、我より先に倒されてしまったが、復活し再召喚されていたらしい。
それから共に暗躍した。
数千年もの永きに渡り、我等は理想郷を築く為に。
エザルは地上を手に入れ悪魔が受肉せずとも活動可能な新天地とする為、我は完璧な存在のみしかいない世界とする為。
それぞれの目的の過程として、人類の殲滅は絶対条件。
理想は異なるが、人類とは違い我等は共存共栄が可能であった。
そして、遂に見つけた。
我が願いを真に叶える力を。
世界の創造を再開させる世界の根源を。
聖地アルブナームを。
暫く、ヴィルディアーノ視点が続きます。




