ボッチ15 ボッチと馬鹿馬鹿しいが真面目な戦略級魔法
魔導書に魔力を流すと、そこに描かれた魔法陣が光り輝いた。
魔力が渦を巻くように吸い込まれて行くのが分かる。
魔力を吸う事に魔法陣の輝きは増し、青白かった光が灰色に変わる。
弾ける魔法陣。
魔導書の魔法陣の輝きが弱まり、描かれていたのと同じ魔法陣が周囲に展開された。
そして前方上空に現れる灰色の渦。
やがて中心に集まり渦の球となる。
渦の球は縮みに縮み、光として大爆発を起こした。
衝撃波までありそうな轟音が轟き、辺りは魔法の残滓か灰色の大気が広がる。
しかし発動の場所が高過ぎたのか、地上部に大きな変化は無い。
精々強い風で草が倒れたくらいだ。それも多分、真下に立っていたとしても人が倒れる事は無いと思える程度でしか無い。
その癖、取られた魔力は俺の魔力量の殆んど。
無駄に流れる魔力が無いように注いでそれだ。
多少高い所で発動したにしても、もう少し効果が有っても良いと思う。水だって少ない魔力で大量に出せたのだから、割に合わない。
「結局、何の魔法ですかこれ?」
『直に分かりますよ』
「直に分かるって、もう発動した後ですけど?」
疑問を呈するも女神様は答えてくれず、ただ目線を爆心地の方へとやる。
目線の先には魔法の余波で出た灰色の大気が広がっているだけだ。
それ以外には元の風景との違いは無い。
その灰色の大気も広がり徐々に薄れて行っている。煙よりも晴れるのが遅いが、この調子だと長くとも数分後には消え去るだろう。
灰色の大気が俺の所まで到達する。
砂埃のように当たる感覚も無ければ、匂いもしないし息苦しくもなら無い。
ただ不思議と均一で整った魔力は感じる。
そしてその魔力が俺の中に溶け込んでゆく。
自分で発動した魔法の余波だから魔力でも回復したのだろうか? 微かに身体が熱を帯びてくる。
うん?
下半身に引っかが。
そこには朝方よく見かけるテントが…………今昼だよな? 何故? 暇でも無いのに?
ささっと女神様の様子を伺う。
その表情はさっきから変わっていない。
セーフ。気が付いていないようだ。
気が付かれない内になんとか引っ込めなければ。
いざ超演技“すまし顔”。
さて落ち着け落ち着け。
別に発情している訳でも無いがクールダウン。
しかし戻そうと意識すればする程、逆に意識してしまう情景が浮かんでくる。
ああ、あの逞しい胸板に無視しようとしても見えてしまうボーボーの胸毛を生やしたゴリ雄の顔が浮かんで―――ちょっと待てぇぇいッ!!!!
何でここでゴリ雄の事が出てくる。
俺、あいつの本名すら覚えてねぇぞ!
あんなむさ苦しくて気色わ……悪く思えない!? 何で!?
何故か思い出せば思い出す程あの胸毛に飛び込みたくなってくる。どうしてしまったんだ俺!?
そこに口を挟んでくる女神様。
『どうやら効果が出てきたみたいですね』
「効果? 効果ってまさか!?」
その言葉に超演技を忘れ声を上げる。
『はい、これはイグノーベル魔法の一種、“オカマティックエクスプロージョン”、効果を分かり易く言うなら同性間強制発情魔法です。一応戦況を一発で変える可能性を秘めた戦略級の魔法でもあります』
つまりは男を好きになって発情させられてしまう魔法。
「なんて恐ろしい魔法を使わせるんですか!?」
『いやそんな魔法ばかり見せられた私の身にもなって下さいよ! どれだけセクハラ紛いの魔法を見せられた事か!』
俺がすかさず抗議するも、即座にそう言い返された。
そして判明する驚愕の事実。
「まさか全部が全部あんな魔法だったんですか!?」
『はい、イグノーベルではありませんでしたが全部読む事を強制したらセクハラで訴えられる事間違いなしの大人魔法です! 一体どんな引き運を持っているんですか!?』
「いや知らないですよ!? 完全に不可抗力ですから!? と言うか何でそんな魔法があるんですか!?」
そもそもこんな魔法や大人魔法が複数ある方がおかしい。
それに多分適当に開いたページが全部それだったから全体数はもっとある。開いたので全てだったら、その中から一つ当てるのも難しい筈だ。
『魔法は誰にでも造れる訳じゃ無いんですよ! だからその希少な魔法の造り手によって新しく出来た魔法は偏ってしまうんです!』
ここでまさかの答えが返ってきた。
どうやら本当に大人魔法は多いらしい。
魔法使いって皆エロジジイか何かなのか!?
「で、この魔法ってどうやったら解けるんですか?」
ツッコミ疲れ頭が冷えたところで気が付いた。
今重要なのは魔法を造った犯人探しや文句を並べる事ではなく、どうにかしてこの狂った魔法を解く事だ。
このままだと俺の方が狂ってしまう。
『魔導書によると時間経過で解けるそうです。込められた魔力からすると一時間程度でしょう』
「一時間ですか、って一時間も!?」
永遠にこのままと言う最悪中の最悪は回避出来たがそれでもマズイ。
さっきから下が悶々とし続けているのだ。それもむさ苦しい男の幻想と共に! 一時間でも頭がおかしくなる!
『まあ問題は無いでしょう』
「大ありですよ!」
心からの叫びを無視して女神様は魔導書を見ながら魔法の詳細を語る。
『この魔法は戦略級の魔法、大多数を対象として造られた魔法です。一人を対象としてはそこまでの効力を発揮しません。
この魔法はプロセスとして対象を同性相手に発情させると共に、対象に男性魅了効果を付与します。大人数においては付与された男性魅了効果により、その人数だけ何重にも男性相手に魅了される事になり理性を崩壊させます。そうして阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出し、軍隊を壊滅へと追いやる戦略級魔法です。
つまり肝心なのは男性魅了効果の付与です。それ以外は行動に移させる為の下地作り程度の効果しかありません。それに性の対象を反転させる効果もありません。対象に同性も付け加えるだけです。その効果で異性よりも同性を意識してしまいますが、異性の事を忘れたり嫌いになる訳でもありません。発情効果も正確には精力増強効果です。理性が弾け飛ぶ訳ではありません。
魅了さえ無ければ理性で耐えられるでしょう。一人なら特に問題はありません』
そう長々と説明されたが、全然大丈夫じゃない。
今の状況でさえ大変なのにもう一つ大問題があるときた。
「今ここに男がふらりと来たらどうするんですか!? 俺に魅了されるんでしょう!?」
俺の感性がおかしくなるどころでは済まない。
男なのに何故か処女喪失の危機、オマケに童貞まで喪失の危機ときた。色々と大切なものとオサラバする絶体絶命ほ大ピンチ。
最悪の事態だ。それこそ正気に戻った時、頭が狂うを通り越して廃人になる自信がある。
『まあ大丈夫でしょう。魅了効果は一つだとそこまで強くありませんし、相手が同性を好きになる訳ではありませんから。精々同性でも憧れるとか、あのファッションが気になるとか思われるぐらいでしょう』
「それでも万が一にも元々そう言う性癖の人が来たら!?」
『痔の薬でも用意しておけば良いのでは?』
「そんなもんで心の傷が癒えるかぁーーー!?」
人の貞操を一体何だと!
『冗談です』
冗談でも言わないで欲しい!
でも冗談、良かった。
怒るべきなのか喜ぶべきなのか、非常に複雑な気分だ。
どちらにしろイライラが止まらない。
そんな俺に、女神様は安心させるように優しい口調で言う。
『大丈夫です。男性が好きな男性は恐らく男らしい人が好きだから同性を好きになるのでしょう。あくまで勝手なイメージですが、ボヘミアンな人のような感じの。だから安心してください』
そう言われれば、そんな気もする。
異性が好きならばどうやっても自分を理想の人に近付ける事は出来ない。一部取り入れるぐらいが限界だろう。
だから違う方向に外見を伸ばそうとするが、同性が好きならある程度その外見に近付ける事が出来る。雰囲気くらいなら多分何とかなるだろう。なら、自分の理想に自分の外見を近付けようとする筈。
だったら、ゲイの姿がゲイの好きな姿、少なくともその系統であると言うのは正しい気がする。
でも、何故今その話をしたのかは理解出来ない。
「それのどこが安心出来る要素なんですか?」
『魅力効果が付与されたところで、貴方が貴方である事には変わりありません。日焼けしてない如何にも普段運動してませんと主張しているような細い腕、伸びた髪に覇気を感じさせないなよなよした雰囲気。ほら、大丈夫です』
あれ、おかしい?
相変わらず子供を落ち着かせるような優しい声音だが、何故かボロクソ言われた気がする。
いや気のせいに違い無い。
「な、何が大丈夫なんですか?」
『だから貴方は元が男らしく無いから多少男性魅力効果が付与されたところで、ホンモウな人でも本当の意味で魅力されないと言う事です』
間違いでは無かった……。
やはりボロクソ言われている。
「俺のどこが男らしく無いって言うんですか!?」
『え、もう一度言いましょうか? 頼もしさが感じられないそれと平均よりも低い背狭い肩幅薄い体毛その癖可愛い系でも無いと言う――』
「そうじゃなくてっ!! と言うかどれももう一度じゃなくて新しいし、よくそんな矢継ぎ早にスラスラと出てきますね!! あと最後のは今関係ないでしょう!?」
『でも真実でしょう?』
「グゥ……」
言い返せない。
ただの性別で押し付けた勝手なイメージの差別だと主張したいが、特徴的にはどれも言い返せない程度には心当たりがある。
差別だと話をズラしたら話を変えられるだろうけど、女神様の条件からして俺は完全に敗北する。
言われた俺自身が心を抉られたと思ったのだから、女神様の言う男らしい存在で有りたいとどこかで思っている。
でもここで言い返さなければ、それこそ男が廃る。
「か、髪はそんなに伸びてないですよ」
『男らしい髪型と言うのは長くても短髪までです。伸ばしいて良いのはもみあげと髭と昔から決まっています』
「完全にそれは女神様の勝手なイメージですよね! と言うか昔からって精々昭和だけでしょう!? 昔は寧ろ髪を伸ばしてますよね!? ちょんまげを解いたら髪長いし! 逆にその分以外を剃ってるし!」
『一体いつの話をしているんですか? 江戸だなんて』
「いや昭和も結構前ですからね!? 最近平成も終わったし!」
女神様の最近は、じいちゃんばあちゃんの最近と同じ尺度らしい。
だが、そのおかげもあって汚名返上出来た。
『いや、汚名返上って、でしたらシンプルに貴方の男らしい点を上げてみてくださいよ?』
「…………一匹狼」
『なんか、その、ごめんなさい』
結局、俺はどこまでもボッチだった。
女神様は気不味そうに何も言わなくなったが、余計に元より精神にダメージが直撃する。
総じて頼り甲斐の無いボッチ……。
いや、元々ボッチは独りだから頼るも何も無いかもだけど……なんか考えれば考える程、虚しくなる。
無言の時間が続いた後、耐えきれなくなった女神様が一言。
『あの、一匹狼では無く、貴方の場合、一本草では?』
とどめを刺された俺は崩れ落ちるのだった。
次話は何とか投稿出来そうですが、その次は投稿出来るか判りません。




