閑話 長老1 デルクスの夜明け
桃の節句投稿です。
デルクス大陸、それは御伽噺に出て来る伝説の大陸。
そして伝説の中だけの大陸であると誰も疑っていなかった。
しかし魔王討伐から千年近く次の魔王が現れず、稀な平和な時代を人類が享受する中で、造船技術、航海技術も発展し、伝説は数千年の時を経て現実となった。
誰もが、発見者のオスケノア王国すらも当初はただの新大陸と信じ、伝説のデルクス大陸であるとは考えていなかったが、幾つもの伝承が、その痕跡が明らかになるにつれ、疑いようも無く伝説の大陸であると明らかになった。
だが、伝説が真実であると判明しても、デルクス大陸へ向かう者は少なかった。
何故なら、デルクス大陸には強力な魔獣が跋扈していたからだ。
未知の素材は高値で取引されたが、強力な魔獣のせいで農業も儘ならなず、食料は殆どが輸入頼り。結果的に儲けは相殺される。
加えて古代の遺物も伝承通り、全て滅びていた。加えて古すぎて完全な形で残っているものは発掘されなかった。
冒険へと誘う夢が無かったのだ。
オスケノア王国の支援で国籍も前歴も問わず移民が広く募集されるも、開拓は延々と進まなかった。
利益は殆ど無く、危険はあるのにまともな街も無い有様。発展を期待させるものも無い。
人は殆ど集まらなかった。
しかし、そんな中でもデルクス大陸へ向かう者は一定数いた。
それは、何かを抱えた人類圏に居場所の無い者達であった。
犯罪者、指名手配犯、世捨て人、逃亡奴隷、中には亡国の貴族と、何れも普通の街に居れない、もしくは居たくない者達ばかり。
私も、そうした者の内の一人だった。
私は大きな罪を犯した。
より多くを助ける為に、多くの犠牲を容認したのだ。
しかし私は責められなかった。より多くを助ける事には成功したから。寧ろ讃えられた。
だからこそ、私の罪の意識は増す一方であった。
そんな私には、感謝する者の声が、自分ではない他者の犠牲を容認する声にまで聞こえ、人に、何よりも自分に嫌気が差す一方であった。
悪気が無いのは、本当に感謝されているのは分かっている。しかし、贖罪の旅をしても、私という存在が人々の心を捻じ曲げてしまうのでは無いか、私の存在自体がもはや大罪なのではないかという念が日々増す一方であった。
名を変えて旅をしていたから、人々は過去に私が何をしたかは知らない。それでも、大罪人たる私を讃える、それは人々を悪に落としている様な気がしてならなかった。
そんな時に、人が殆どいない最果ての地、デルクス大陸の話を聞いた。
気が付けば、デルクス大陸行きの船に乗り込んでいた。
デルクス大陸は、噂に違わぬ危険な最果ての地であった。
どこに居てもダンジョンのように魔獣が跋扈し、人類圏では一体現れたら国の対応が必要な、対応に間違えば街一つが簡単に滅びるような魔獣が当たり前のように群れを成していた。
私は開拓の最前線、最も危険な地に身を置いた。
死に場所を求め、最も果ての誰も寄り付かない辺境を求めて。
居場所の無い者たちが大部分を占める中で行われた開拓であったが、それは誰もが想像する以上の勢いで進んだ。
死を厭わない者たちが多かったからだろう。
ダンジョン内を住める環境にするのと等しい無謀な挑戦を移民たちはやり遂げ続けた。
そして、新たな世代が生まれた頃、デルクス大陸の雰囲気は一転した。
徐々に前を、未来を見るようになったのだ。
なんの罪も無い子供達の未来を守ると、健やかに育むとかつての後悔を原動力に、移民達の意識は変わり、移民はデルクス大陸の住民となった。
私も、次の世代という眩しいものを見て、その子らを守ろうと生まれ変わったように前を向く人々の姿を見て、幾分か軽い気持ちになった。
人はやり直せるのだと、仮に出来なくとも次に託すことが出来るのだと初めて気が付いたのだ。
私はきっと、やり直すのには手遅れだ。
私は私を許すことは出来ないだろう。
でも、未来を誰かに託すことは出来る。
それが私の生きる目的になった。
もう、大罪人たる私を讃えてもいい、ただ健やかに育ち私の手に入れることの出来なかった未来を掴んでくれるのなら。
私は人を避ける為ではなく、人を守る目的でデルクス大陸の最前線、最も人里から離れた地に居を構えた。
人類の進出を阻み、強力な魔獣の侵攻から人類を守る自然の城壁、ディメグーリア大山脈、その最も大きな切れ目に居を構えたのだ。
魔獣は自然発生するが、魔獣の多くは生物的に繁殖した個体だ。つまり、魔獣の侵入を防げばどんなに魔獣の多い地でも討伐を続ける事でやがては安全な土地にすることが出来る。
そして魔獣の生息数があまりに多いデルクス大陸では、その土地への侵入を防がなければ永遠に安住の地を手に入れる事は出来ない。
実際、デルクス大陸で人類が開拓に成功したのは魔獣の侵入が地形的に少ないディメグーリア大山脈の内側だけだ。
それでも魔獣の侵入が早い大山脈の切れ目、レッドゲートに近い部分は開拓どころか辿り着く事も困難であった。
ここからの魔獣の侵入を防ぐ事が出来れば、デルクス大陸の開拓は大きく進むだろう。
私は一人でそこに住んだ。
生活は困難を極めた。
魔獣は問題ない。強く数は多いがそれだけだ。
問題は衣食住。
住むには家も食料もその他生活用品も必要だ。
魔獣を倒す力はあっても、家を建てる能力も無ければ自給自足する能力も私には無かった。開拓しにこの大陸に来たが、思い返せば魔獣の討伐しかしていない。
農作業もしたことはあるが、子供の頃の話だ。殆ど覚えていなかった。
アイテムボックスはあるが、まだまだこの大陸では実りが少ないし、やはり自分で育てた方が良い。
そして家に関しては本当にやった事も無ければ代替手段も思い付かなかった。
流石にこんなところに大工を呼ぶわけにはいかない。
それでも、四苦八苦しながら何とか生活を続けた。
そんな生活を続け、どれだけ経った頃だろうか、近くに街が出来た。
それも時と共に、徐々に近い位置に、それでも何日もかかる場所だが、街が増えて来た。
人々は見事、大山脈の近くまで開拓することに成功したらしい。
勿論、私が成し遂げた事ではない。
しかし、ほんの少しでも貢献できたと思うと、無性に嬉しかった。
嗚呼、最後にこれほど喜ばしいと思ったのはいつだっただろうか。もう記憶も朧気だ。最も嬉しかった出来事を思い浮かべようとしても、これらの街の光景が、賑やかな声が、今が、そして未来が浮かんでくる。
これからも力の限り陰ながら守ってゆこう。
逃げ避ける様に来たこの大陸は、いつしか私の宝で溢れる地になっていた。




