閑話 貴人6 列強の混乱
建国記念の日投稿です。
大龍脈の枯渇についての質問の後、仮面の英雄に関する質問が相次ぎ、こちらからも情報提供を求めたが、仮面の英雄の正体を知るもの、その正体に迫る情報も皆無だった。
仮面で隠していた事も考えると、俗世を離れた隠者であったのだろう。
ノーゼル将軍等の情報提供から、災害時に転移魔法で各地に現れ災害救助を行った人物がいるらしいが、その方は流水教の司祭であったらしい。
絵姿では良く似た仮面だったが、仮面の英雄は流水教の技を使っていなかったし、何より神の力を使った。
ノーゼル将軍達を助けた流水教の司祭は神の力を感じる奇跡を使っていたと言う情報から、仮面の英雄は少なくとも流水教の関係者ではないと考えられた。
あれだけの力を地上に降ろした神が少量でも力を貸せる程の余力を残していたとは考え難いからだ。
ただ流水教の司祭の仮面も鑑定などを弾く仮面だったらしく、形状からしても同型の仮面である可能性が高い。
何とか接触して、災害救助の礼を述べると共に仮面の入手経路をお聞きしたいものだ。
そして議題は変わった。
「資料には“アズロイヤの城”が殆ど一撃で破壊されたとありますが、この時点で既に龍脈の制御が奪われていたと言う事でしょうか?」
「いえ、大結界は“エスティマの塔”が破壊されるまで健在でした。大結界は龍脈の魔力により維持されていましたので、少なくとも塔が無事な間は龍脈の制御は奪われていなかったと考えられます」
『む、それはおかしいのではないか? あの城はメリアヘムでも屈指の堅牢さを誇る要塞。大結界を破壊するよりも数段は難攻不落、大結界が突破された後の守りを司る要塞なのだから。イフリートと言えど一撃で破壊出来るものとは思えん。魔王すら足止めした事もある要塞なのだぞ』
【竜王】ラダガス様の発言で同意するざわめきが広がる。
「ラダガス様の御指摘の通り、我々の試算でも一撃での突破は通常有り得ないと結論付けました。現場の生存者は残念ながら居りませんでしたが、目撃証言によれば何の抵抗も無く突破されたようです。目撃証言から幾つかの防衛機構が解除され、見張りも行われていなかったと考えられます」
「それは、改修工事中であったと言う事ですか?」
「いえ、ですがその前日には補強工事が行われていました。おそらく、その段階で魔王軍の工作にあっていたと考えられます」
『なっ、メリアヘム内に魔族が侵入!?』
「あそこは何重にも不浄なる存在の侵入を防ぐ結界が張られている筈!」
『一体どうやって!?』
「経路は現在不明です。メリアヘムが壊滅した為、今後も原因究明は難しいと考えられます」
「溶岩になってしまったメリアヘムで調査は難しいですか…」
この侵入方法が判明しないのは深刻な事態だった。
どのような方法であったとしても拙い。
まず、同じ方法で全ての魔除け結界が意味をなさないかも知れない。
そして侵入方法によっては、もし内部に内通者がいたのなら全てにおいて危険だ。
「デオベイル様率いるメリアヘムの主要部隊が離れていたタイミングに襲撃された件については、魔王軍の策略とお考えですか?」
「タイミングは重なっていましたが、それがメリアヘム攻略の為のものかどうかは現状評価しきれておりません。一番大きな理由として、バールガンの力は圧倒的であったからです。事実として引き返した我々も撤退する事しか出来ませんでした。我々をメリアヘムから引き離す必要があったかについて大きな疑問が残ります。
同じタイミングで重大事件が起きるのは明らかに不自然であり、魔王軍の暗躍が考えられますが、【血悪の魔鬼】ジャバルダの討伐に我々が向かうのを避けたかった可能性が高いのでは無いかと考えております」
会場にざわめきが広がる。
皆様はメリアヘム襲撃の為の陽動が【血悪の魔鬼】ジャバルダの復活であると考えていたようだ。
我々もメリアヘム襲撃の時点では、私達をメリアヘムから引き離す為に【血悪の魔鬼】ジャバルダの封印が解かれたのでは無いかと考えていた。
しかし七星宝具使いが二人も討ち死にし、その七星宝具が奪われたと言う重大な結果から見ると、そちらを邪魔させない為に同時に襲撃した可能性が高い。
私も含めて、自分達の力を買い被り過ぎていたのだ。
バールガンの前では私など居ても居なくても変わらなかっただろう。
バールガンの配下には私と同等以上の技量を持つアンデットが複数いた。
武器が葬儀の時に共に埋められた儀礼用の物でなければ、私はこの場にはいなかっただろう。
『メリアヘム侵攻が魔王軍の襲撃である以上、襲撃のタイミングを知っているのは魔族。リーンベックの事件で魔王軍が直接手を出していなくとも、魔族と通じていた誰かがいた可能性が高いと言う訳ですね』
『魔王軍に寝返った者、もしくは人に化け列強の中枢近くまで手を伸ばしている魔族が存在する可能性ですか……』
「現状では何も断定は出来ません。その疑念自体が魔王軍の目的である可能性も考えられます。しかし、あらゆる可能性を考えて行動するべきでしょう。一先ずの対策として一人の権限を分散させ、何事も複数人で行う体制にするべきです」
裏切り者や侵入者の可能性にざわめきが更に大きくなるが、何とか鎮める。
「ケペルベック神国やパリオン王国から何か連絡はありましたか?」
「いえ、新政権、旧政権共に接触を試みていますが明確な返答は得られていません。両国共に混乱が治まっておらず、直接中枢を奪取した為、今後各地の有力者との衝突など混乱が拡大する可能性が高いと考えています」
「七星宝具使いが戦死したとの事ですが、何が起きたのでしょうか? そしてどのタイミングで七星宝具が行方不明になったのでしょうか?」
「詳細は調査中ですが現状判明しているのは、ジャバルダが都市に留まらず両軍が睨み合っていた場をに現れ、七星宝具使い二人とジャバルダが交戦。交戦を続ける内に、二人や傷を受けた兵の瞳が紅く染まり、牙を生やすと無差別に両軍を襲うようになったそうです」
『それは、何らかの方法で吸血鬼にされたと言う事ですか!?』
「正確な事は分かりません。しかし理性は無かったように思われるとの証言が多く、日光に焼かれ灰になるまで暴れ続けたと僅かな生存者は漏らしていたそうです。真実であれば日光に弱い事から吸血鬼と化した可能性が高いですが、吸血鬼化して狂乱すると言う前例が無いので別の何かに変えられた可能性もあります」
「ジャバルダはまだ!?」
「いえ、狂乱し自滅するレベルの高威力高リスクの技を連発する七星宝具使いに倒されたそうです。そして次は七星宝具使い同士の戦いとなり、最終的には日光に焼かれ灰になったと報告を受けています。
七星宝具は七星宝具使い同士が激しく戦う中で、日に焼かれ脆くなった腕ごと吹き飛び戦場の業火の中に飲み込まれたそうです。そして調査しても見つからなかったと言うのが報告の全てになります」
現状、報告はそれだけだった。
何故ジャバルダの封印が解放されたのか、何故ジャバルダが解き放たれて早々に両国から七星宝具使いが現れたのか、そして何故メリアヘム侵攻の前日に起きたのか、そのような疑問を除いてたとしても、不審な点が多々ある。
『ジャバルダには、過去に相手を狂乱させた記録があるのですか? 我々も報告を聞き、ジャバルダについて調査しましたが、ジャバルダにそのような力があったとは記載されていませんでした』
「勇者軍も同じくジャバルダに今回のような力があるとの情報は発見できませんでした」
『…つまり、ジャバルダの力でない可能性があると言う事か?』
「その可能性は否定出来ません」
「七星宝具使いすらも容易に落とす力、封印前に使わなったのは明らかに不自然ですね…」
『いえ、今回の件では狂乱した七星宝具使いに討伐されました。理性を奪い自滅に追いやっても力自体は強化してしまう。だから過去に使わなかった可能性もあるのでは?』
『ですがそもそも、それ程強力な力は存在するのでしょうか? 加えてジャバルダが結果的に自分の力で自滅するのはやはり不自然では?』
「確かに、狂乱化の力の強さを考えると、その場ではなく、それ以前から徐々に毒のようなものに侵されていた可能性も考えられますね」
「しかし、狂乱するタイミングを合わせられるものなのだろうか? 姿まで吸血鬼らしいものに突然変わったとなると、少なくとも徐々に効果が出るものでは無い筈。突然症状が出た事になる」
『毒や呪いだとして、やはりその様な力は聞いた事がありません。突然人が化け物に変わった事件があれば、歴史に残って居る筈です』
「我々勇者軍でも、答えは分かっていません。しかし、何かしらの形で魔王軍と繋がっているのは確かでしょう。答えが何であれ、最大限の警戒態勢を敷き、緊密に連携し合うべきです」
現段階では、もはや何も分かっていないのと同じであった。
現場付近には勇者軍の連絡員もおり、巻き込まれない遠方からの観察結果に加え、連絡員が聞き取り調査した内容も幾つかある。
現場の出来事自体は全て観察出来たと考えて良い。
しかし起こった事自体が不可解過ぎた。
「その後、何らかの方法でクーデターを起こした王子と教皇女に七星宝具が渡った事は分かりました。七星宝具は誰もが知るような世界で最も有名な神器、形状は有名ですから通常なら偽物の可能性もありますが、今回の動きの早さから考えると本物である可能性が高いでしょう。本物であればクーデターが速やかに成功した理由もある程度は納得出来ます。
ですが、パリオン王国は兎も角、ケペルベック神国には星杖を所持するギュリベーム枢機卿がいます。彼は動いていないのでしょうか? その権力は教皇をも上回り、実力も世界最強と噂される御仁です。動けば容易にクーデターを覆せる筈ですが?」
ギュリベーム枢機卿、【老怪】の二つ名で知られたケペルベック神国の星杖使い。世界で唯一、前回の魔王大戦に参戦し、更にはとどめを刺した当時からケペルベック神国最強の御仁。
歴代の星杖使いの中でも最強と言われ、史上最も星杖の力を引き出したとされる。星杖が無くとも間違い無くS級、規格外に分類される大魔術師。表には中々出て来ないが、現在では世界最強でもあると言われている。
そして千年近くケペルベック神国の中枢に居続ける、実質的なケペルベック神国の最高権力者と噂される人物だ。
「いえ、まだ動いたとの情報は掴めていません」
「そうですか」
「しかし我々が混乱の中でケペルベック神国の情報が得られない様に、メリアヘム陥落の知らせが届くのも遅れていると考えられます。今後、何かしらの動きを見せる可能性は高いと思われます」
ギュリベーム枢機卿が動けば、容易にケペルベック神国の政変は治まるだろう。
……そして、違う道を選んでいた場合も、全てが一変する。
彼と連絡をとる。
これが、その答えが、これからを考える上で非常に重要になるだろう。
バレンタインデーは【クリスマス転生】を投稿するので、次話は遅くとも春分に投稿したいと思います。




