ボッチ100 ボッチと報い
俺と女神様で手分けして全ての負傷者を治療し、辺境の街グリーンフォートは落ち着きを取り戻した。
今は上にある砦から続々と街の人達が戻って来ている。
流石に目立ち過ぎたから、商いは諦めて街を出ようとするが、それは強引に街の人達に止められた。
どうしてもお礼がしたいと帰してくれなかった。
超演技の弱点は、役を完璧に演じられるが、演じる限り役から逸脱する行為は役のまま出来ない事のようだ。
普段なら止められてもさっさと去れるのだが、神官モードでは断る言葉が思い浮かばなかったのだ。そもそも普段は言葉自体をあまり使わない……。
そして人の波の中で超演技を止める勇気もなかった。
そんな訳で、急遽始まった戦勝祝いに俺達は参加していた。
街の奥の方にあった大通りは、あっという間に屋台とテーブルが並ぶお祭り会場。
酒樽が次々と運ばれ、大皿に乗った大量の料理が無造作にテーブルに置かれてゆく。
空き樽を使った即席ステージで吟遊詩人は歌い、その周りで踊り子達や有志の女性方が踊る。女性陣の比率がおば…お姉様方が多いのはご愛嬌だ。
さっきまで姿の無かった子供達がテーブルの間を駆け回り、料理をとってはしゃぎ、冒険者や兵士の人達に戦いの話をせがんでいる。
早くも酔った冒険者のおっさんは、空き樽ステージに上がり下手な歌を披露してブーイングを浴びている。でも、どちらもとても楽しそうだ。
そんな笑い声に、自然と俺の頬も緩んでいた。
「神官様、うちの人をありがとうね。ささ、食べてくださいな。自慢のビーフシチューです」
「うちの母ちゃん、料理だけは一流なんですよ」
「料理だけとはなんだい、料理だけとは! 文句あるなら稼いできな!」
「病み上がりにそりゃキツイぜ」
「じゃあ、暫く酒は無しだね!」
「そりゃねぇよ母ちゃん」
俺達の近くも賑やかだった。
治療した人やその家族、友人達が次々と料理などを持って訪れてくる。
「神官様、うちの主人達をたすけてくれて本当にありがとうございます。ほら、二人もちゃんとお礼して」
「お兄ちゃん、ありがと」
「パパを助けてくれてありがと」
「本当にありがとうございました」
「娘をありがとうございました」
「命に別状はなくても、あの傷じゃ貰い手がいなくなるところでした」
「これでお嫁に行けます」
「いや、ガサツな姉ちゃんには傷が無くても貰い手なんて…痛てっ!」
「何だって?」
「そう言うところだよ!」
「落ち着いてくれサミア、君がどんな怪我をしていても、僕の気持ちは変わらない」
「マルコ…」
「コラっ! 娘は渡さんぞ!」
「うちの部下、住民をありがとうございました。おかげで、殉職者は一人も出ませんでした。貴方様には感謝してもしきれない」
「冒険者ギルドを代表して感謝を。貴方方がいなければ、死者は二桁を超えていたかも知れない」
「婦人会からもお礼申し上げます。神官様がいらっしゃらなければ、多くの人が嘆き悲しみ路頭に迷っていたでしょう」
子連れの一家、娘とその家族と婚約者、街を治める代官や冒険者ギルドのマスターなど、様々な立場と組み合わせの人達が次々と感謝を述べてくる。
どんな関係の人達も、みんな暖かな笑顔だ。
とてもむず痒いが、助けられて良かったと心から実感出来る。特に小さい子の感謝の言葉は、本当に良かったと思える。
尚、驚いた事に、代官さんは最初に助けた兵士だった。
自ら最前線で戦っていたらしい。そもそも辺境の街の領主は兵団の隊長との兼業のようだ。
そして冒険者ギルドのマスターも治療した怪我人の内の一人だった。しかも重傷者の内の一人。
戦闘に関わりの無さそうな商業ギルドのマスターも、負傷者達に包帯を巻いていた人の内の一人だ。
この街の人達は立場が上でも自らの危険を顧みずに、自分に出来る限りの事が出来る人らしい。
まだ街を知った訳ではないが、助けた人達の笑顔からも、良い街だと言う事が伝わってくる。
しかしそんな賑やかで和やかなムードを、ぶち壊すものが現れた。
突如、この大通りに向けて家程もある黒い火の玉が落ちて来たのだ。
慌てて俺が動く前に、女神様が光の壁を生み出して会場に到達する前に防ぐ。
光の障壁と黒炎は衝突し大爆発を起こした。
人も大通りも無事だ。
爆炎が晴れた時、そこには悪魔の様な何かがいた。
紫色の肌に、額には紅い目の様な石。背からは蝙蝠の様な翼が広げられ、蛇の様な口のある尾が四本生えた異形。
しかし紳士の様な服装に身を包んだ謎の存在。
背後には村で見た黒いワイバーンの姿が五体。
「魔族だと!?」
「なぜ魔族がこんな所に!?」
「魔王軍がここまで来たのか!?」
あの異形は魔族、魔王軍の一員らしい。
「驚きました。今の一撃を防ぐとは。流石は我がトロールの軍勢に打ち勝った事だけはある、と称賛しておきましょう」
そして、トロールはこの魔族の仕業だったらしい。
黒いワイバーンを従えている事からすると、村への襲撃もこいつの仕業だろう。
「それに運も良いようだ。私の仕組んだ疫病にも罹っていない。デスワイバーンはこちらまで来なかった様ですね。あの村にデスワイバーンを倒す戦力があるとは予想外でした」
疫病!?
あの黒いワイバーンには疫病を流行らせる力があったようだ。
ワイバーンのわりに弱いとか言っていたが、そんな特殊能力があったのか。
「ですがそれもここまでです。あの村はデスワイバーンの疫病で全滅。例え倒してもアレは疫病の塊、存在するだけで死を振りまくので倒しても無意味です。
そして貴方達も、直接私の手によって滅びる! 貴方達はこの私を怒らせた! 大人しく我が策に嵌っていれば、近隣の町まで疫病を運ぶまでの間は生きていられたものを、おまけの分際で! 自らの愚かしさをせいぜい呪いなさい! 私が本気を出せば貴方達程度など敵でもないのです!」
魔族によると、黒いワイバーンは倒しても疫病が蔓延するらしい。
これは非常に拙い。
幾ら強い村の人達だって、疫病への備えは無いだろう。
しかも、本命はトロールの軍勢ではなく疫病の方だったらしく、当然普通の疫病である筈がない。
相当強力な疫病だろう。
早くこの魔族を倒して村に急がなければ。
戦勝祝に参加して本当に良かった。
この魔族を倒して、皆を助ける事が出来る。
そう思っていると、突如、空が蒼白く染まった。
空気が震え、一気に気温が上がった。
そして魔族に蒼白い光が被弾。余波で黒いワイバーンは激しい蒼白い炎をあげながら墜落し、地上に落ちる頃には殆ど原形を留めていなかった。
「疫病か、ならば、欠片も残さず焼却する必要があるのう」
蒼炎で激しく飛ばされた魔族に変わるように、リオ爺さんが空から降りて来た。
「何者だ!? これまでのもお前の仕業か!?」
「話している余裕など無いぞ」
「なっ!?」
直前で何とか蒼炎を防いでいた魔族だが、誰何の答えを得る間も無く、砂の嵐に襲われた。
四つの竜巻が結界を激しく削り取り火花が散る。
「小癪なぁぁぁっっ!!」
結界が破れそうなところで、魔族は竜巻の狭間から脱出。
一気にリオ爺さんに迫る。
「グハッ!!」
そして突き刺さった。
透明な刃に。
結界で不可視の鋭利な刃を生み出していたのだ。
魔族は刺されると共に、結界に止められて動けない。
追い打ちに重力と圧力が発生し、更に深く刃に押し付けられる。
「糞があァァ!!」
魔力を力任せに放出して拘束から抜け出すが、その先には同じ罠。
いつの間にか反対側にも展開されていた刃付きの結界に深く抉られる。
「ガハッ!! …貴様だけは、貴様らだけは、この世から消し去ってやるッッ!!」
しかし即死級のダメージを負っても、倒れるどころか魔力を高める魔族。
怒りがダメージを上回っているらしい。
水晶球、ダンジョンコアを取り出すとそれを自分の胸に押し付けた。
ダンジョンコアは沼に沈むように体内へと消え、途端莫大な魔力が噴出し、魔族はビキベキと膨張した。
肉が増え膨らみ傷は強引に塞がり、血管が浮き出てそれが発光し出す。ダンジョンコアの膨大な魔力が魔族を変質させたらしい。
膨大な魔力は魔族の強靭な肉体を以てしても収めきれるものでは無いらしく、増幅し過ぎた肉同士が潰れ合ったり、血管が破裂するが再生し続ける事で強引に強化している。
「我は魔族にして吸血鬼伯爵の地位を拝命しし上級魔族!! 貴様ら下等種如きが相手になると思うな!!」
そう言いながら魔族は魔物を召喚し続ける。
その召喚方法はトロールのダンジョンとほぼ同じ。魔族の肉体が次々と魔物に変わってゆく。
瞬く間に空を覆うほどの魔物を召喚した。
「ふん!」
しかしリオ爺さんが杖を振るうと蒼炎の渦が広がり、抵抗も許さず召喚された魔物を葬ってゆく。
「喰らえっ!!」
蒼炎は魔族を燃やそうと円を縮める様に迫るが、到達する前に魔族は黒い光線を放つ。
凄まじい魔力が込められた一撃だ。
ダンジョンコアの力か、周囲から魔力を吸収出来るらしく、途轍もない出力が込められていた。
しかしリオ爺さんは慌てもしない。
黒い渦のようなものを展開すると、光線は捻じれ、渦は激しさを増し肥大化した。
渦は激しいスパークを発しながら光線を押し返す。
「何だとッ!?」
そして渦の端は細く幾つにも別れ、球を作る様に魔族を包み込んだ。
魔力の制御を奪い攻撃に転換したらしい。
魔族は全方向から破壊力に転換された激しいスパークを浴びて消し飛んでゆく。
「オノレぇ……!!」
そして魔族はこの世から消失した。
……全く手を出す所が無かった。
リオ爺さん、想像よりも数段も強かったらしい。
この一連の侵攻、多分、俺達がいなくても解決していたんじゃ?
100話に到達しました。
ここまで書き続けて来られたのも皆様のおかげです。ありがとうございました!
これからも、本作をよろしくお願いいたします。




