ボッチ96 ボッチ、七日目の朝
異世界生活一週間目、初めて人里で朝を迎えた。
「フィフィヒィッフィーー!!」
ホルスが元気に鳴き声を上げる。
どこか鶏っぽいが、まるで演奏して居るの様に澄んだ美しい声だ。
そしてホルスの足元には何と、大きな卵が。
卵を鑑定する。
名称:ベンヌフェニックスの無精卵
説明:ベンヌフェニックスの産む無精卵。ベンヌフェニックスは無性である為、正確には生物的な卵では無くエネルギーの固まり。時間経過と共に炎として拡散する。入手するにはベンヌフェニックスに認められる必要があり、認められない限り炎は消えない為、入手するのは非常に困難を極める。
摂取すると日を浴びている間、不死鳥に等しい再生力を得る事が可能。様々な薬の材料となる。
……不死鳥に等しい再生力を得るって、相当凄い卵だったらしい。
いや、超再生スキルがあるし、俺には関係ないか。
一番重要なのは初めから炎に包まれていないという事。
つまり、初めから俺の事を認めてくれている様だ。
なんて良い子なんだ。
ありがたくいただこう。
朝は卵料理で決定だな。
泊まっていた部屋から出ると、外には既に起きていた女神様と泊めてくれた家主のリオ爺さん。
朝食は昨日の宴の残りものらしく、今、温めているところだ。
竈は一つ空いている。
「おはよございます。ホルスが卵を産んだので、ちょっと火を借りますね」
「おお、構わんよ」
ボールを出して、卵を割って入れる。
あれ?
卵が全然割れない。
風の刃で。
まだ割れない。
もう少し魔力を込めて。
やっと割れた。
さて、目玉焼きは分けにくいからかき混ぜる。
卵焼きにしよう。
出汁は無いが、この卵ならきっと美味しいのが出来る筈だ。
菜種から作った自家製油を広げ、熱したフライパンに卵を注ぐ。
ジュウと言う音ともに、もう美味しそうな芳ばしい香りが広がる。
後は丸めてと。
うん? これで良いのか? あれ?
……まあ、味は同じだ。味は。
「ちょっと不格好ですが、卵焼きです」
「ちょっと? 原型が有りませんが? 卵を焼いて無駄にぐちゃぐちゃにしただけではないですか」
「味は同じです。味は」
「卵焼きは食感が大切です。あと、結構な量を作りましたね」
「ホルスの卵、ダチョウ並のサイズだったので」
そんな話をしつつも、三つの皿に盛り終わる。
すると抗議の声が上がった。
「フィー」
「メェ〜」
ホルスとアイギスだ。
食べたいらしい。
アイギスは兎も角、卵を産んだホルスまで。
まあ、食べたいと言うなら拒む理由は無い。
「「いただきます」」
「ほう、勇者流の挨拶じゃな。どれ儂も。いただきます、じゃ」
ホルスの卵を一口。
おお、旨い。
身に沁みる優しい味がする。
食べた事の無い旨さだ。
しかし旨さよりも優しさ暖かさを第一に感じる。
これが不死鳥の卵。
女神様も静かに堪能している。
大きな反応を見せたのはリオ爺さんだ。
「おおっ! これはっ! 腰の痛みが引いた! 関節痛も! 霞む目も! 肌の張りも戻って来る! 永年の苦しみが、消えて行く!」
外見は全く変わっていないが、老人の悩みが次々と解決しているらしい。
若返りの効果までは無いが、再生の力は怪我などに留まらず、様々な不調を治してくれる様だ。
リオ爺さんは涙まで流して喜んでいる。
正直、ギョロ目ぎみの目が更に見開かれ、禿頭を振り乱すほど大きく喜ぶ様はどこかマッドサイエンティストみたいで怖いが、喜んでくれて何よりだ。
おっ、外見に変化はないと思っていたが、髪まで生えてきた。
ホルスの卵、この部分だけでもとんでもない価値があるかも知れない。
髪が生えた事で、長めの白髪に長い白髭と、まるで仙人みたいな姿だ。
長老と呼ばれていたが、外見も長老っぽくなった。
「……お客人、感謝を。儂に出来る事なら何でも言ってくれ。この恩は、一生忘れん」
相当嬉しかったようで、そんな事まで言い出す。
「じゃあ、偶に話し相手になってください。ホルスに乗って来ればすぐに来れると思うので、また寄らせてもらいます」
「……ああ、何時でも歓迎しよう」
そもそも、色々と治ったのはリオ爺さんの日頃の行いが良かったからだ。
俺達は暖かく迎え、もてなしてくれた。
元々、こうなるとは思っていなかったが、そのお礼みたいなものだ。
だから当然、対価なんか求めない。
ただまた、この村に来た時は話し相手になって欲しいとだけお願いしておいた。
誰も全くいなくても苦痛に感じない俺だが、やはりこの世界で人と過ごせる暖かいこの村を好きになっていた。
またお邪魔させて欲しい。
そして村から出る時間になった。
村の人達は見送りまでしてくれた。
リオ爺さんの腰痛とかが治った話もあっという間に広がり、その感謝までわざわざ告げてくる。
どうやら、リオ爺さんはこの村でとても慕われていたらしい。
尚、他のお年寄りにも卵焼きのあまりを渡そうとしたが、お断りされた。
腰痛とかを持っていたのは何とリオ爺さんだけだったらしい。
この村の人達は強いだけで無く、健康面でも頑強らしい。リオ爺さんの様に長老と呼ばれるくらいの年にならないと老化の悩みはやって来ないのだろう。
そのリオ爺さんだって、長老と言う割に長い白髪に長い白髭だが六十代後半で通用しそうな外見を保っているし、やはりこの村は凄かったらしい。
ホルスの存在も知られたし、乗ってきた事にして度々訪れさせてもらおう。
「お世話になりました」
「いやいや、こちらこそ新鮮なお野菜をありがとうね」
「長老の腰痛も治してくれてありがとよ。この村の近くでは色々と薬草が取れるから、何かあった何時でも来てくれ」
「何も無くたって来て良いんだからね。まあ、この村には何も無けどね」
「また来てくれよ」
「ええ、また来させていただきます」
そんなやり取りをしながら、俺達はホルスに乗る。
そして大きく手を振りながら、俺達は飛び立つ。
村の大きさはどんどん小さくなるが、高く飛び上がっても手を振ってくれているが分かる。
俺達も、完全に見えなくなっても暫く手を振った。
次に目指すは辺境の街グリーンフォート、一体どんな出会いが待っているのだろうか。




