ボッチ93 ボッチと人里の夜
成人の日投稿です。
広場の方へ戻ると、本当に宴の準備が始まっていた。
椅子やテーブルが並べられ、大きな鍋で何かを煮込んでいたり、巨大なイノシシの様な魔獣の丸焼きを焼いていたりと、もうちょっとしたお祭り会場のようだ。
本当のお祭りでは無いから飾りとかは無いが、巨大な火、組み方こそ違えどキャンプファイヤー的なものもセットされている。
随分と歓迎されているようだ。
「この村には最寄りの街グリーンフォートから定期的に行商人が訪れるだけじゃからな、皆張り切っているのじゃよ」
驚きが表に出ていたのか、リオ爺さんがそう説明してくれる。
「そしての、お前さん方には縁起でもない話かも知れんが、この辺境には別れが多い。距離的に一度会ったら二度と会う事が無いと言うのも多いが、命を落とす者も多いんじゃ。一日もかからないグリーンフォートとの行き来だってこれまで何人もが命を落としておる。じゃから、今日が最後でも良いように、盛大に迎え、盛大に送り出すんじゃ」
中々重い話だ。
そして暖かい。
この場所に住んでいるのだって、きっと常に同じ危険が付きまとうのに、一度しか会った事の無い旅人にここまでしてくれるなんて。
「そうだ、これを使ってください」
俺は何種類かの酒を取り出す。
盛大に迎え、盛大に送り出してくれるのなら、俺もそうしよう。
素じゃ難しいが、超演技で盛大に迎え入れられよう。
それが礼儀と言うものだ。
「おお、悪いの。どれ…、ほう、これは儀式酒か。珍しい。飲むのはいつぶりだか」
「儀式酒ですか?」
「おや、知らんかったのか。これは儀式酒、儀式魔法で作った酒じゃな。
大昔、それも数千年も大昔、大魔導師ヴィルディアーノによって編み出された酒造魔法。【狂気の天才】、今では【狂鬼の天災】として知られているかの大魔導師の魔法は彼以外、誰にも使えなかった。
しかし誰もが認める完璧な術式じゃった。生み出す剣は鍛冶師の剣を斬り裂き、それこそ造る酒は秘蔵の熟成酒を超える。
じゃから、皆、何とか使おうと考えた。その結果、儀式として大人数で発動させる事に成功したのじゃ。ヴィルディアーノの魔法の大部分は今では儀式魔法と呼ばれ、それによって生み出された剣は儀式剣、酒は儀式酒と呼ばれておるのじゃ」
「まだリオ爺の長話が始まった」
「これ、話の腰を折るでない。お客人が聞いておるじゃろう」
「すみませんね神官様。爺さん年寄りらしく話が好きで長くて」
「いえいえ、大変為になります」
何かに役立つ話かは兎も角、聞いておいて損は無い話だ。何より、変な魔法を作った犯人の一人が判明した。
「何かを作る魔法はヴィルディアーノの魔法以外、質のいいものは殆ど無い。故に、儀式酒、儀式剣と名が付けばヴィルディアーノの魔法で作られたと考えて良い」
「お酒に詳しく無いんですが、どうやって見分けがついたんですか?」
「味じゃな。魔力も含みやすい特性を持つが、原料によって魔力が籠もる事など多々ある。じゃからそれでは判別出来ない。一番違いが出るのは味じゃ。儀式酒は発酵を魔術的に引き起こし作製する。発酵を促進するものや添加物を加えんから、雑味が少ない。この雑味の少なさが一番の特徴じゃ。
この儀式酒はその中でも更に雑味が少ない。きっと術者達の腕前が良かったのじゃろう。儀式酒は神殿の儀式で造られそのまま神に捧げられたり、祭りで造りそこで配られるような酒じゃが、これは高額で取引されても全くおかしくない良い酒じゃぞ。本当に貰ってもええのか?」
「お酒はあまり飲まないので。遠慮無くどうぞ」
宴が始まってからも、リオ爺さんは聞いてもいない事が大部分だが、色々と教えてくれた。
女神様の本の知識とは違う、この世界で培われた本物の知識。
そして非常に役立つ情報も聞けた。
魔法を使った農業についてだ。
「この村でも農業に魔術を使っておる。この土地は魔力が豊富じゃし、相性が良いんじゃ。じゃが、魔術は万能では無い。作物そのものを活性化させ、成長を促進させる事は出来るが、早く出来るだけで大きな実りも味も期待できん。ヴィルディアーノの魔法でも無理じゃろう。そもそもかの大魔導師は趣味に生きた欲望に忠実な人物、人々の生活が向上するからと言って、興味の無い農業に関する魔術は作って無いとされておる」
酒が入ったからか、そもそも企業秘密でも無いのか、リオ爺さんは快く教えてくれた。
「成長を促進させても良き実りが得られないのは養分不足のせいじゃ。
植物は日の光の力を養分とする。しかし、成長促進は無理矢理成長させる事で、本来浴びる筈だった日の光、それによって生まれる養分を奪ってしまうのじゃ。
それに土の養分が水に溶け、そこから少しずつ吸収してゆくのを、成長を活性化させた場合、その時に溶けていた養分しか吸収出来ん。
じゃから、成長を促進させ育てた作物は大きく育たんし、味も悪い。本来、魔力の豊富な土地の作物はより大きく、旨く育つが、それを含めて考えても良い物は出来んのじゃ」
なる程、とても参考になる。
そして納得の出来る話だ。
思い返すと、同じ畑で二回目、三回目と作っていくと、残った部分を燃やして炭にし肥料にしたあとでも、実りが徐々に悪くなっていた様な気がする。
桃の方が美味しく出来たのも、新しく山をくり抜いて出来た、栄養と魔力が豊富で、しかも水の染みた地であったからかも知れない。
畑にした方は元々草が生えていたし、燃やして肥料にしたからと言って、ミネラル分が流出していても不思議ではない。少なくとも、中心部から遠いし、封印の力からは離れ土壌の魔力は少なかった筈だ。
「これに対して対策は色々とある。まずは力技じゃが、土地の魔力を大幅に増やす事。豊富な魔力を与えれば足りない養分の分を補う事が出来る。濃い魔力が有れば、魔力で活力を養うだけでなく土の養分すらも植物が生み出すとされておる。じゃが、現実的では無い。この村でもやっているのはクズ魔石をまく程度じゃな。
最も行う対策は、成長に合わせて肥料を与える事じゃ。魔術を使う前に、養分を溶かした水を与えるとええ。後は収穫前の状態で暫く留めておく方法や、その状態で成長促進では無く、活力のみを増強させる魔術を使うなど、色々な方法があるの」
ほうほう、色々な方法が有るようだ。
そんな為になる話を聞いている間、女神様は……。
「お嬢ちゃん、いい飲みっぷりだ!」
「この酒も飲みな! うちの亭主の秘蔵の酒だよ!」
「母ちゃん、そりゃないぜ!」
「いただきます」
「ああ!!」
「「「はははははは!!」」」
とても楽しそうに宴を楽しんでいる……。
超演技を使っていてもいつの間にかボッチ化していたらしい……。
俺も何か貰おう。
「おう、まだ何も食べておらんの。ほれ、この村で作られた根菜の煮物じゃ」
「いただきます」
異世界で初めて食べるまともな料理、素朴な筈なのにとても美味しい。
味を超えた何かを感じる。
楽しそうな和の中に入るのは出遅れてしまったが、それでも初めて人里で過ごす時間はとても楽しいものだった。
もう少し連続投稿を続けようと思います。




