ボッチ89 ボッチ、山羊を飼う
お正月投稿です。
アケローオスが倒れると、壊せた洗濯機の如く荒れ狂っていた湖は穏やかさを取り戻し、荒れた天候も幻だったかのように雲一つ無い晴天へと変わった。
「ふう、じゃあ山羊のテイムを」
『アケローオスは回収しなくても良いんですか?』
「回収? 放置しちゃ駄目ですかね?」
『ランク10の魔獣、その亡骸は余す事なく使えます』
「おお、ファンタジーですね。あれも使えるんですか」
確かに見れば龍の様な鱗など、ファンタジーな盾とか鎧とかに使えそうだ。
二本の立派な角も何かしら使い途があるだろう。
ただ、流石に尾びれまで合わせたら全長が百メートル近くある怪物は持て余しそうだ。
肉とか食べれるのかこれ?
『高ランクの魔獣は高級食材です。魔力のある世界では魔力は栄養の様なもの、それは味にも反映され、高い魔力を秘めている高ランク魔獣の肉はとても美味だそうです』
「美味しいんですか。と言うか何肉に近い味なんでしょうね?」
魚? 鬼? いや角は牛っぽいしまさかの牛? それとも前に食べた龍の肉はみたいな味だろうか?
『部位によって味が違うかも知れませんね。因みに部位と言えば、内蔵も食べて良いですが、高ランクの魔獣の臓器は魔法薬の材料、儀式の対価としても使えます。高額で取引されるようです』
値段に関しては街に行くつもりが無いから高かろうが関係ないが、薬の材料は何かあった時の為に備えておいた方が良い。
どこか何に使えるか分からないから、女神様の言う通り全て回収しよう。
アイテムボックスにすぽんっ。
あれだけ巨大なものも一瞬で収納、アイテムボックスって凄い。大型トラックよりも大きなものが入るのだから、殆どのファンタジーに似たものがあるが実は一番のチートスキルでは無いだろか。
『確かにチートですよね。原理も単なる空間魔法の様なものでは無いらしいですし。ですが、生まれながら持っているスキルで一番多いのがアイテムボックスらしいですよ』
「えっ? アイテムボックスってそんなに多くの人が持っているスキルなんですか?」
『いえ、そもそも先天的にスキルを持って生まれること自体が珍しいので、そんなに多くはいません。それでも中規模くらいの街にスキル所持者が一人いるかいないかくらいですね』
珍しいは珍しいが、特段希少な訳でもないようだ。
いや、中規模の都市に一人なら結構珍しいか? でも、災害救助で回った感じだと、この世界の中規模な街の人口は一万に届かないくらいだと思う。
一万人に一人では、確かに珍しいが世界全体だと億はいるだろうから、一万人のスキル所持者がいる。
微妙なところだと思う。
『参考までに、魔法適性の基本二属性持ちが、街に一人程度の希少さらしいです』
「えっ、珍しかったんですか?」
『基本三属性になると余程の大国でなければ国に一人くらいの珍しさだそうです。基本四属性では世界でも数えられるほど。全属性持ちは世界に一人もいない事もあるそうですよ』
「……この世界、めちゃくちゃ人口が少ないとかじゃないですよね?」
『四億人ちょっといますよ』
全属性魔法、希少性だけで言えば相当チートだったらしい。
いやでも、練習すれば簡単に新しい魔法適性は増えるから、後天的に獲得するのだったら珍しくは無いのか?
『……全て後天的な獲得も含めての話です。何故か貴方は自力でポンポン獲得していますが、本来はそう簡単に獲得出来るものではありません。魔力量的に相当な時間がかかります』
「そう言えば魔力量的に考えるとそうでしたね。因みに、後天的にアイテムボックスはどうやって身につけるんですか?」
アイテムボックスは魔法では無いし、空間に穴を空け収納を作る練習なんてそうそう出来るものでは無い。
空間魔法の時点で今の話では難しそうだし。
『統計的には恐らくマジックバック、空間魔法を付与して内部空間を拡張したバックの所持者が獲得する事があるので、おそらくそれが最も早い獲得方法ですね。また物を良く出し入れする職種の方も、獲得する事があるそうです』
「普通の荷物の出し入れでも良いんですか」
『正確な事は分かりませんが、中身を見ずに出し入れしている方が手に入れるのが早いそうです』
確かにアイテムボックスって外からだと中身は見えないが、だからだろうか?
兎も角、変わったスキルでも後天的に獲得するのは不可能では無いらしい。アイテムボックスがそうなら、他の殆どのスキルは獲得可能だろう。
夢が広がる。
面白いスキルを見つけたら挑戦してみよう。
さて、余計な方向に話がズレてしまったが本題の山羊をテイムするとしよう。
「――天から見下す御霊よ――」
『コラお待ちなさい』
「どうしました?」
『その魔法は明らかに過剰です』
「ではどうすれば?」
『最も簡単な方法は魔力を共鳴させパスを繋ぐ事。確実性を上げる為に通常は術式を組みますが、魔力操作が得意な貴方なら直接魔力を流し込む事でテイム出来る筈です』
「極論、魔力さえ流せば良かったんですか?」
『そのようです。貴方のテイムがどう考えても過剰だったので、先程調べておきました』
と言う事ならその方法でやってみよう。
驚かさない様にゆっくりと山羊に近付く。
普通の綺麗な山羊に見えるが、どんな攻撃をしてくるか分からない。
ここは慎重に。
そう思っていると、山羊の方から近付いて来た。
そして俺を見ると、静かに前脚を折り、頭を下げた。
俺はゆっくりと手を伸ばし、魔力を流す。
優しく、傷付け無い様に。魔力を繋げ、一体となるイメージで。
すると、繋がったのが分かった。
「お前の名前は、アイギスだ」
名前をつけると、光を発しながら徐々に姿が変わった。
形はあまり変わらないが、シルクのようだった毛の輝きと透明感が増し、角も蹄も宝石の様にツヤツヤしている。
『ランク10のコルヌコピアスから、ランク11のコピアアマルテイアに進化しましたね』
「えっ、山羊の魔獣じゃ無いんですか?」
『一応、山羊の一種です。アマルテイアはギリシアの主神、ゼウスに乳を与え育てたとされる山羊の名前です』
普通の綺麗な山羊にしか見えなかったけど、実は凄い魔獣だったらしい。
と言うかランク11だ。
さっき倒したアケローオスよりも強い。
雰囲気的に、アケローオスに閉じ込められている様に見えたが、その時もランク的には同格。
見た目は神聖な雰囲気なだけの山羊なのに。
『アマルテイアは共生関係を築く魔獣のようです。自分と同格以上の魔獣に縄張りを守らせ、自分は餌を供給する代わりに危険を冒さない、そんな習性の魔獣のようです』
「だから自分から寄って来た訳ですね」
『鑑定によるとアマルテイアのミルクは非常に栄養豊富で美味なようです。ミルクを得る為にアマルテイアを害そうとする魔獣自体が滅多に存在しないようですね』
「美味しいが生存戦略って、凄い魔獣ですね」
そして魔獣が襲わない程の美味なミルクの供給源を手に入れた訳だ。
兎も角、こうしてまた一頭、家族を迎えたのだった。




