ボッチ85 ボッチ、女神にお供えする?
明けまして、おめでとうございます。
今年も、よろしくお願いいたします。
「米を蒸せたら次は何を?」
『麹を加えます』
「麹はどう作れば?」
『あっ』
「……もしかして、作れるものじゃ無いんですか?」
『……麹は菌が無ければ作れません』
「……麹を使わない造り方とかは?」
『麹である必要性は有りませんが、コウジカビは必須です。デンプンをブドウ糖に変えなければ、アルコール発酵まで進めません』
「…………」
深刻な事態が判明した。
酒はコウジカビ無ければ造れないらしい。
植物なら何とかなったが、カビは用意出来ない。
「いや、もしかしたら魔法が有るかも」
と言うかカビを生み出す魔法以前に、直接酒を造り出す魔法が存在するかも知れない。
『確かに、魔法使いの中にもお酒好きは多いですし、その可能性は十分あります!』
気まずそうな表情から一点、一筋の光に飛びつく女神様。
しかし適当な事を言っているのではなく、高い確信を持って言っている様に思える。
反応的に、よほど実用性よりも趣味に傾いた魔法の方が多いのだろう。
兎も角、実在する可能性が高そうだ。
「出でよ、酒造り魔法!」
試してみると、魔導書が現れ開いた。
本当に実在した。
さっそく使ってみる。
「――永遠の水は旅人の夢 永遠の水は夢を授け 夢と現を一つとす 神へ至るも狂乱も 等しく一つ さあ狂え さあ呑み込め これぞ神の神髄――」
紡がれる詠唱。
吸い込まれる莫大な魔力。
「“豊穣と狂乱”」
まずい、想定外に大魔法だ。
そう思ったが、今回は地形が変わる様な事は無かった。
静かに桶に容れた米が液体へと転じてゆく。
災害のような事は起こらない。
『概念魔法ですか』
「概念魔法?」
『はい、この魔法はおそらく概念魔法です。概念魔法は過程を飛ばし結果を得る魔法、理屈を飛ばした結果が得られる魔法です』
「魔法みたいな魔法ですね」
『まあ、全くプロセスが無い訳ではなく、万能では有りませんが、物理的な手順を踏まない現象を起こせます。
有名なものでは清掃魔法“クリーン”でしょうか。キレイと言う概念を具現化させ、それに追いつく様に物理現象が辻褄を合わせます』
良く分からないが、凄い魔法らしい。
通りで無駄に高度な術式で詠唱も必要とする訳だ。
『いえ、“クリーン”は生活魔法、家庭でも使われる様な一般的な魔法なので、概念魔法だからといって難しいとは限りません。おそらくこの酒造り魔法は妥協を許さない様に、様々な要素を織り込んているのでしょう』
「たかが酒の為にですか、良いのが飲みたいなら買えば良いのに……」
『それが趣味の恐ろしいところです。趣味だからこそ、実用性を全く考えていない過剰な魔法が作られるんです』
「なる程……」
何だか納得出来る理由だ。
仕事と趣味でも、何故か先に趣味を極める人が多い気がする。仕事を極めるのも、多分仕事が趣味の人だ。
何となく、変な魔法が多いのも納得出来た。
「女神様、酒、ちゃんと出来てますか?」
『ああ、未成年だから分かりませんか。では、神力を私にください』
「ええと、流せば良いですか?」
『私を意識しながら捧げる感じで』
「分かりました」
女神様に向けて神力を流す。
すると、女神様が実体化した。
「え!? こんなお手軽な感じで実体化出来たんですか!?」
「出来たのでは無く、貴方が神力をある程度は使い熟せる様になったので、ただ実体化をするくらいなら出来る様になりました」
さらりと、とんでも無い事を言う女神様。
神様が地上にいるって、とんでも無いでは済まない事態なのではないだろうか?
女神様は驚く俺を気にせず、枡を出して出来た酒を飲んだ。
飲む為だけに実体化したんだ……。
「これは、魔法で簡単に造ったとは思えない出来です。流石は趣味魔法、最高級とは言えなくても高級なお酒と言えるレベルです」
そう言いながら枡でぐびぐびと飲んでゆく。
日本酒って、枡でぐびぐび飲むものだったっけ?
相当ストレスが溜まっていたのかも知れない。
「因みに、酢はここからどうやって?」
「……よくよく考えたら、酢は柑橘類育てればそれで良いと思いますよ。酢酸では無くクエン酸ですが、酸味をつけるだけならそれで十分でしょう」
「な、なるほど」
「柑橘類はもう作りましたか?」
「いえ、まだ」
「では、レモンとライムは勿論、ユズ、スダチ、後は最近流行りのシークワァーサーを一本ずつ植えましょう」
「は、はい」
何故か酢を造るのを止めて、柑橘類の方が良いと言う女神様だが、確かに色々な風味が使えるし、ただの酢なら持て余すかも知れないが、柑橘類なら使い途も色々有る。
木を植えといて損はないだろう。
と言う事で、今いる桃畑よりの畑の端に柑橘の木を一本ずつ植える。
木は収穫後、枯れてくれず動かせないので、後々の事を考えると端に植えるに限る。
レモンもライムもユズも、スダチもシークワァーサーも無事実った。
スダチとシークワァーサーはどちらがどっちか分からないが、硬そうな皮のとみかんっぽい皮の二種類が実ったし、多分成功だ。
そして生やすと、何故か女神様がスタスタとスダチかシークワァーサーの木へ。
鋏を取り出しチョキり。
水を生み出して軽く洗うと、光の刃で半分に切り、酒の入った枡に搾り容れた。
「スダチ入の日本酒、中々良いですね」
ああ、硬めの皮の方がスダチ何だ。
って、そうじゃなくて……。
「……もしかして、ただ飲みたいから柑橘類を生やさせました?」
「はい」
「即答!?」
尚もぐびぐび飲み続ける女神様。
全く悪びれる様子がない。
酢造りを止めたのは、多分造った酒が想像以上の出来で惜しくなったからだ。
「大麦も大量に作っていましたね。次はビールも造りましょう」
「…………」
「作物の消費を手伝ってあげているんです。それに偶には、日頃の感謝からお供えもをしても良いと思いますよ?」
「…………」
確かに日頃の感謝としてお供えをしても良い気がするが、どこか釈然としない気持ちのまま、俺は女神様へのお供え造りを開始するのだった。
改めまして、今年もよろしくお願いいたします。




