ボッチ78 ボッチ、世界を救う?
冬至投稿です。
日が、真上に昇っている。
また長い間、眠っていたようだ。
しかし起きても尚、覚めてくれないあの悪夢。
人助けをしたのに、あれは酷過ぎる。
小便小僧もこんな気分だったのか?
それこそ小便小僧の例もあるし、悪意は無いのであろうが、ありがた迷惑とはこれの事。
もう二度と、人里には近付くまい。
本格的に仙人として、隠遁生活でも送るとしよう。
取り敢えず、今は気を紛らせる為に何かしていよう。
まずは時間的に朝食兼昼食だ。
無くならないパンをぱくり。
水筒の味噌汁を飲んでと。
そして新たに食卓に増えたデザートの桃。
うん、食生活がだいぶ豊かになったものだ。
しかしまだバランスが悪い。美味しいがどこかモヤモヤする組み合わせだ。
これから毎日毎食食べ続ける事を考えると、やはりまだまだ足りないものが多過ぎる。
人里に近付かないと決心したばかりだが、買い物くらいは行く必要が有るかもしれない。
しかし、もし行った先に肖像権侵害な銅像が有り、それが俺だと特定された日には羞恥心やあれこれで心肺停止の可能性も十分考えられる。
少なくとも泣く羽目になるのは確かだ。
ここは自給自足を目指すべきだ。
幸い、桃の木が生やせたし、穀物野菜果物香辛料と植物なら多分育てられるだろう。
食べただけで不老不死になる木を生やせて、普通の野菜果物が無理な筈が無い。
実際に試してみる。
散々“原初の樹”を使ったから、魔法自体はもう殆ど感覚だけで使える。
後はイメージ。
求めるのは米。
最も慣れ親しんだ作物。
光が生じ集まり一つの種へと収束。
種は宙からゆっくりと降り大地に溶け込む様に埋まり、やがて細い芽を出した。
細長い若葉は伸び、数を増やし、やがて穂が姿を現した。そして実が大きくなり色付き、自重から穂が徐々に曲がってゆく。
望んだ通りの稲だ。
ただ、想像と違い葉の部分は実の成長が止まっても青々としている。
桃の時もそうだったが、この魔法には植物を枯らさない効果もあるらしい。
しかし重要なのは実の部分。
食べれれば何ら問題ない。
出来ると分かったらさっそく畑作りだ。
食の改善は何よりも優先される課題。
早いに越した事は無い。
それでも急ぐ事でも無いので、のんびりと畑作りをする為に場所確保に向かう。
高原と言う景観を気に入っているので、畑を作るならなるべく見えないところの方が良い。
そしてせっかく造った桃源郷庭園に畑を作るのも論外。
そうなると畑は必然的に山脈の外側に作る事になる。
急ごうと思えば飛べるし転移出来るし、距離は多少遠くても問題ない。
何なら大陸すら違う場所に畑を作ると言う選択肢も存在する。
しかし山脈の外の土地も広々と広がっているし、そこで良いだろう。
心を癒やす為にも景色を見ながらゆっくりと進んでゆく。
浮世の事を気にしても仕方が無い。
どんな不幸が襲いかかって人が崩れ落ちたとしても、山は雄大に聳え続け、風は何処までも駆け抜ける。
人が立ち止まっても春は訪れ続け、どんな絶望の中にも花を運ぶ。
人も自然の一部。本来は本質もきっと同じだ。
しかし同時に人は自然のほんの一部分でしか無い。局所的な事、つまり浮世を気にしては本質に辿り着けない。
そんな小さなものを見るよりも大局を見るべきだ。
だが、人は忘れる事が出来る生き物である。本質を誤り、流されれば浮世を世界の全てだと勘違いし、本来無い筈の不幸も生まれるのだろう。
人の世を一々気にしても仕方が無いのだ。
どんなに大きな悩みであったとしても、人の悩みなど自然の中では砂よりも小さなものなのだから。
歩いている内に、そう思える様になった。
『考え方も仙人に引っ張られて来ましたか?』
「そんな事は無いと思いますよ」
『何にしろ、もう立ち直ったようですね。人里に行く決心もついたんですか?』
「え? 全然。絶対に人里には近付きませんよ」
『小さな悩みだと思う事にしたのでは?』
「はい。所詮愚かな人間は愚かな行いをするのだから、気にしても仕方が無いと」
『がっつり根に持ってますね……』
悩み自体が小さなものだとしても、そんな失礼な連中と関わる理由は無い。
そもそも人同士の関係で浮世が築かれ不幸が生まれるのなら、人付き合いをしなければそんなものは生まれないのだ。
『ボッチも悪化していませんか?』
「……ボッチこそが究極の在り方なんですよ」
『とんでもない悟りを開いていますね……』
「……そう言う女神様はどうなんですか?」
『正直なところ、まだどう調理すれば良いのか分かりません』
儚げな表情の女神様は溜息をつきながら、そう心中を打ち明ける。
女神様はまだ心の整理が追い付いていないらしい。無理もない。ショックが抜け切らないようだ。
ん? 調理?
調理!?
女神様は心の整理がまだ出来ていないのではない。
完全に怒っている。憤怒したままだ。
考えているのは既に報復方法。
儚げなだけで一見、いつも通りの様子でサラリとそう言っている事から、混乱しているとかでは無く報復は至極当然の決定事項なのだろう。
許すつもりは欠片も無さそうだ。
「ま、まあ、じ、時間が解決してくれるんじゃないですかね」
俺に詳しく聞く勇気、聞き返す勇気は無かった。
少なくとも絶対、女神様の深い闇に触れる事になる。
触らぬ女神様に祟りなしにと言う状況かも知れない。
『時間が解決ですか。確かに、魔王軍の侵攻とかもありますし、何かこちらからする必要も無いかも知れません』
「そ、そうですよ。今はゆっくりと心の傷を癒やしましょう」
『顔色も悪そうですし、今はそれが良さそうですね』
顔色が悪いのは多分、女神様の話を聞いてからだが、決して余計な事は言わない。
こうして俺はまた一つ勇者として人知れず人助けをしたのであった。
女神様による被害を事前に防ぐ、もしかしたらこれまでで一番の功績かも知れない。




