ボッチ12 ボッチは魔術の基礎を知る
《熟練度が条件を満たしました。
ステータスを更新します。
アクティブスキル〈光属性魔術〉〈闇属性魔術〉を獲得しました》
残りの魔法、光魔法と闇魔法の修行は数分のうちに終わった。
〈魔力感知〉、〈魔力操作〉、〈無詠唱〉スキルのコンボは基本的な魔法を覚えるのに効果的らしい。
多分、〈無詠唱〉があると詠唱していなくても詠唱した扱いになるのだと思う。
それを感知し操作出来る術まであるのだから覚えが早いのだろう。
歌に例えると曲と歌詞がタイトルだげで思い浮かび、絶対音感を持ち楽譜に変えられ、声の出し方まで分かるような状態だ。そんな能力があればどんな初心者でもすぐにプロ並みの歌が歌える。
何はともあれ何だかんだで適性のある魔術スキルはコンプリートだ。
これで俺も立派な魔法使い。
俺は香ばしい完璧な魔法使いポーズを決める。
『超演技中、水を刺すようですが貴方はまだ魔術を発動出来るだけですからね』
しかしそこに女神様の一言。
「えっ、全部の属性魔術覚えましたけど?」
香ばしいポーズを決めたまま、覚えた魔術を軽く披露して聞き返す。
『基礎の基礎が出来ているだけです。全く、そんなんで一体どうやって魔物を倒すというのですか?』
言われてみれば確かにそうだ。
どの魔術も出せるだけ。水を出して石を出してどうすると言うのだ。使えるのは精々火ぐらい。
こんなんでは魔物の倒しようが無い。
まあ、俺はそんな魔術の練習で死にかけたけれど……。
「あ、でも、日常生活では困らないんじゃ?」
『確かにそうですが、戦闘では困ります。そんなんでどうやって世界を救うんですか? 日常生活の技術で世界が救えたら苦労はしません。本当に世界を救う気、ありますか?』
「無いです」
『即答っ!?』
俺も、初めの方はやる気があった。
明確な夢を前世で持たなかった俺が初めてそれを夢として、人生の目標として掲げたぐらいにはやる気に満ち溢れていた。
しかし、現実に気が付いたのだ。
この世界の皆さんの為に、世界を救うために召喚されたと言ってはいけないレベルで救世主として不適合である事に。
それこそ日常生活で使う魔術で、死にかける救世主がどこに居ると言うのだ?
当然世界を救うことの出来ない基礎中の基礎の魔術で、その練習で死にかける人間が一体どれほど居ると?
ライトノベルでよく見かける出来損ない召喚者を処分しようとすると為政者。彼らも目の前にしたら膝から崩れ落ちるレベルの絶望的救世主だ。
そこに至る全ての労力を、そして掴もうとした未来を徹底的に否定された気分に陥るだろう。
今回はクラス丸ごと転生で本当に良かった。
呼び出されたのが俺だけだったら、今頃葬式ムード一色だ。
と言うか、本当に俺が勇者として大勢の民衆の前で担ぎ上げられていたら、ショック死して人生のエンディング一直線である。
『いやいや、確かに貴方は救世主に向かないでしょうけど世界を救うって気持ちぐらいは持ちましょうよ!! ほら、陰から世界を救うとか最近ではよく聞きますから! 死人のような顔して拒絶しないでください!!』
「……大勢の前で大々的に勇者だって紹介されるのを想像したら気持ち悪くなって……一対一のやり取りすら全然慣れてない俺に、劇の主演みたいな事、本当に出来ると思いますか?」
『……すみません』
説得的な態度から一転、まるで見てはいけない気不味いものを見てしまった人であるかのような様子で謝罪をしてきた。
自分から言っておいて何だが、女神様に肯定されると何とも言えない気分になってくる。
神認定の低コミュ力とは一体?
沈んだ空気になってしまったが、結局魔術の練習をする事になった。
世界を救う気になったからでは無い。
気分を入れ換える為だ。
同情的な視線を伴って『とりあえず気分、入れ換えるましょう?』と言われてしまっては応える他ない。応えなければ泣くしかないからだ。
あんな理由で同情される中、泣いてしまっては神も認める気の毒な存在に確定してしまう。もう割と手遅れかも知れないが……兎に角応えるしかない。
「女神様、水出しましたけど?」
そんな訳で、俺は今、魔法で水を出していた。
『では説明を。まず貴方が今使っている魔術はクリエイト系、本物の水を生み出す魔術です。ですが普通の水とは違うところがあります。それは水の軌道です』
「水の軌道?」
『はい、貴方の出している水量は毎秒コップ一杯分ほど。それを掌という広い範囲から出しています。物理的にそれでは精々真下より横程度にしか落ちません。しかし貴方は今、斜め下に向けて水を放出できています』
ただ濡れるのが嫌だから遠くに出していただけだが、言われて見れば確かにおかしな現象かも知れない。
と言うか魔法と言う不思議が目の前にあったら気が付かない差異だ。
「それで?」
今それを聞いても、正直だからどうしたとしか思えない。
しかしどうやら重要であったらしい。
『この魔術は言い換えると、偽物の水を生み出し本物に変換する魔術です』
「偽物の水?」
『はい、それが魔術の肝です』
聞いても重要なんだろうなと言う事しか分からないが……。
因みにそう思っていても今回は女神様に馬鹿にされなかった。
ただ淡々と市販の本棚では大きさ的にも重量的にも収まりきりそうに無い分厚い本を朗読しているから、きっと女神様も理解出来ていないのだろう。
地球に魔法なんてものは存在しないのだから仕方が無い。
そう、俺達が理解出来ないのでは無く、きっと魔法に慣れていなければ誰も理解出来ない無い内容なのだ。
意味もなく俺達は親指を立て合った。
なんか初めて女神様と分かり合えた気がする。
そして何事も無かったかのように朗読を続ける。
『この偽物の状態は、思い描いた事が一時的に具現化している状態です。クリエイト系の魔術は完成された魔術なので結果は変わりません。ただ本物の水を生み出す魔術です。ですがその範囲を超えない限りであれば、その具現化に書き加える事が可能です。だから生み出した水の動きを変えられました』
「なるほど」
俺はうんうんと頷く。
アイテムボックスに入っていた伊達メガネも完備で完璧だ。
〈超演技〉のある俺に死角はない。
「そしてもう一つ大切な事が。地面に流れた水を宙に浮かべてみてください」
そう言われたので下に流れたり土に染みてしまった水を意識した。
意識すれば普通の水と俺の水が明確に違う魔力が流れているのが分かる。
えっと、この水を上に。
あっ、なんか難しい。
感覚的に俺の魔力が込もっていればいいのだが、俺が創った水なのに必要分まで足りず、込め難い。
先に何かが入っている、器が狭いような感じだ。
しかしコツを掴めば簡単に出来てきた。
「よいしょっと」
地面から水滴や水流が昇り、一つに集まってゆく。
俺は言われた通りに水を浮かして見せた。
うわっ、凄い水量。
我ながらビックリだ。
『えっ、あ、あれ? ……えー、あー、こ、このように本物の水を操る事は出来ません。自らが生み出したものとは言え、既に魔術では無いからです。想像力だけでこなせるのは純粋な魔術である段階のみです。魔術でないものを操作改変するのも不可能ではありませんが、それには対象への理解と魔力を浸透させる力と時間が必要です。ほとんどの場合、儀式や錬金術のように定まった手順が必要となります』
……どうやら本来生み出した水の操作は出来ない方が正しかったらしい。
と言うか内容が難解なこの場合、成功してはいけなかったようだ。例えるなら酸素が物を燃やすのに必要であると示す理科の実験中、密閉した容器の中でロウソクが燃え続けている様な状況だろう。そんなんでは小学生を納得させられないし、説明も出来ない。
女神様は当然対応出来ず、見なかった事にして朗読を続けている。
「なるほど、それで?」
俺も伊達メガネをクイクイ上げながら、相槌に徹する。
元より右も左も分からないのであるから、これから進みようが無い。
未だ昇り続け、池の如く集まる水なんて視界には無いのだ。
如何に神秘的で、如何に量が集まってきても、気にしてはいけない。
『このことから、実用的な魔術、実戦での魔術は偽物のまま構築します。魔術で造られた偽物はこの世には留まれませんが、結果のみは本物のと同じものを再現出来ます。例えば、偽物の火でも着火させる事は出来ますし、偽物の風でも木を吹き飛ばす事が出来ます。
つまり、実用的魔術への第一歩は、本物へ変えない事です。本物に変換しない事で自由度が大幅に向上すると共に、変換に使う魔力も回されるので威力が大幅に向上します。
そしてその方法は色々とあります。例えば詠唱や魔法陣がそれです。これらの魔術式は基本的に最後まで魔術状態のままの魔術の術式です。何度か感覚を覚えれば使えるようになるでしょう』
魔術は本物にしない様に使った方が良い、未だ深くは理解出来ないが一つ疑問が浮かんできた。
「女神様、俺が修行してきたクリエイト系の魔法? それはやった意味があるんですか?」
良いお年を!!




