閑話 史書1 第十五紀〜デルクス大移動〜
創始暦7015年、この年は世界にとって忘れられない年であると当時の人々は唱え、現在でも世界史の中で大きな変革が始まった世界史上重要な年であると位置付けられている。
土の6月23日、第十五代魔王ディゲルアヌスのメリアヘム侵攻が始まった。
そして当時最も堅牢であった城塞都市、5000年近くもの間、数多の脅威から人類を守り続けた史上最強最大の城塞都市は半日と保たず陥落した。
死者行方不明者は一万人から五十万人と、研究者や資料によって異なるが、当時のメリアヘムの状況から少なくとも十万人は犠牲になったと現在では考えられている。
この実質的な人類の敗北(メリアヘムには当時の都市の中では最大の戦力が集まっていた)は世界に様々な影響を与えた。
まず各ギルドを始めとした国際機関の中枢がメリアヘムに集中していた事で、国際的連携を取り持つ機関の幾つが機能不全に陥った。
世界の繋がりが乱れたばかりか、その跡目を狙った後の対立(例えばリゼム平原の衝突や十日の悲劇など。この内、リゼム平原の衝突は魔族の暗躍が原因。混乱は魔族に付け入る隙きを与えた)を生み出した。
また同時に人類の結束はより強固になったとされる。
これは当時世界中がメリアヘムと勇者軍の力を認めていた為である。連携にこそ難が生じたが、その陥落と敗北に衝撃を受け影響されなかった国家は無かったと言われる。勇者軍の敗北から、全ての国家が人類に余裕が無い事を知ったのだ。
この敗北から自国の利益の為に援軍や物資を出し渋っていた国々も、危機感を一つに勇者軍に合流した。
そしてこの大事件は文化にも大きな影響を及ぼした。
その現場を謳った英雄譚や吟遊詩は数知れず、絵画彫刻は勿論、新たな信仰を生み出し建築様式もより実用重視のより堅牢な造りへと変わった。
だが人類史をより大きく動かした大事件はこのメリアヘム侵攻そのものでは無い。
メリアヘム侵攻を発端とする魔力の大枯渇。
大龍脈の中央に位置するメリアヘムから魔力を抜かれた事で、世界中で異常気象異常現象が発生した。
龍脈に影響を受けていた気象現象は途端に変化し、伝播し気象現象は世界中を撹拌した。
その前後で時代が変わったとどの学者も意見を一致させる大事件である。
山は火を吐き、樹海には吹雪が、砂漠に豪雨が降り注ぎ、湖は枯れ、大地が揺れ裂け河は溢れた。
天変地異に魔獣すらも住処を追われ人里へ。
世界は終末の如き危機に陥った。
かつて無き災害による直接の被害自体は驚くべき事に軽微だったとされる。
これは魔王軍侵攻に備え各国、各地域が厳戒態勢を敷き避難訓練等や砦や避難場所の補修を行っていた為に迅速な対応が出来た為だ。
今も各地にその教訓を伝える石碑等が遺っている。
しかしその災害後は甚大な被害を与えた。
激しい災害は収まっても異常気象、今までは無かった気象現象が居座り、激しく無くとも灼熱の砂漠が雪に見舞われたり雨が振らなくなったままだったりと、環境が滅茶苦茶に乱れた為だ。
農作物は勿論、自然界の動植物も大打撃を受けた。広葉樹林の葉は落ち、針葉樹林は茶色く変色し立ち枯れた。
餌を求める動物は生息域を飛び出し、それを追う魔獣も戻らない。
僅かな畑も荒らされ、街壁に守られた街にも空から飢えた鳥が飛来し、外に出た食糧を喰い漁った。
魔獣は人そのものを獲物に定め襲い、人の密集地にも恐れず襲撃をかける様になった。
そして土地の魔力の枯渇は土地の力を奪った。
農作物は気候に適応した種を用意しても今までの様には育たず、不毛の地が拡がった。
魔獣の襲撃数が増えた分、魔獣の肉が供給され大規模な飢饉にまでは陥らなかったが当然魔獣による犠牲者と餓えによる犠牲者は大幅に増加した。
この事件より国を出る者が大幅に増加する。
人々が目指したのは当時新大陸と呼ばれていたデルクス大陸であった。
デルクス大陸の龍脈はメリアヘムの大龍脈と繋がりが無く、この事件による被害は皆無であり、当時は魔王軍の侵攻も受けていない地であった事から殆どの難民はデルクス大陸を目指した。
デルクス大陸を唯一開拓していたオスケノア王国の王太子、後のデルクス大帝リクセンハルトが難民の受け容れを大々的に表明し、メリアヘムを喪った勇者軍も本部をデルクス大陸に移すと発表した事から加速的に人々はデルクス大陸への移住を始めた。
全人口の八割以上がデルクス大陸へ移住するのに3年も掛からなかったとされる。
このデルクス大陸への移住の流れをデルクス大移動と呼ぶ。
ジエスタン大陸とアスリオン大陸は百年経過しても魔力濃度が元の水準まで回復する事はなく、人々は避難するのでは無くデルクス大陸に定住した。
この頃には人口の七割近くがデルクス大陸に定住していたと多くの記録に遺っている。
これより現在に到るまで、デルクス大陸が最も栄える大陸となっている。
そして当然だが、デルクス大移動は当時の国家のバランスを大きく変化させた。
国民も領土も無くなり、千年近い歴史のあった国家ですらも複数事実上自然消滅に近いダメージを受けた。そうで無くとも力を大幅に落とした国家は数知れない。
そうして力を落とした当時存在した多くの国家は、デルクス大陸を管理していたオスケノア王国に合流しようとした。
しかし、人類の団結が必要な時に余計な争いの種は避けなければいけないと、当時のオスケノア王ケイオスハルト四世とその王太子リクセンハルトは王制の廃止を決定し、王侯による選挙により主権者を選出する帝制への移行を決定した。
これが現在まで続くケペルベック帝国を凌ぐ大帝国、デルクス帝国の始まりである。
現在存在する国家の殆どはデルクス帝国を起源とし、デルクス帝国がジエスタン大陸とアスリオン大陸を再開拓した地に誕生したものである。
現在の文化も大部分がデルクス帝国から発生し発展したものだ。
人類を纏めるために初代皇帝、デルクス大帝リクセンハルトは史上初めて国家元首でありながら勇者軍総統の地位を継承し、実質人類の全権を得た。
初期のデルクス帝国は実質上の人類を治めた大帝国であったと言われる。
次話は明日、投稿します。




