閑話 帝国1 隣国の凶報
ハロウィン投稿です。
「陛下、至急お耳に入れたい事が御座います」
警備が厳重な執務室にいつの間にか現れ報告するのは、その機敏かつ隠密な動きに向いているとは思えない二メートルを超す偉丈夫、我が忠臣にして帝国最強、グレゴリアスであった。
彼自身がこうして態々報告に来るなど、ただ事では無い。
「新たに現れ消失した魔王について何か分かったのか?」
「いえ、そちらについては未だ調査中です。答えらしき推測すらも困難な状況です」
彼が来るほどの大事件となればそれだと思ったが、違っていたようだ。
となると、もう一方の案件だ。
「そうか、王国と神国の衝突で何かあったのか」
「はい」
王国と神国との衝突、これはよくある事だ。
我が帝国も含めて小競り合いなど、毎日とは言わなくとも年に数度は必ずある。
しかし、今回の衝突は小競り合いとは言えなかった。
両国とも世界の至宝、最強の兵器である七星宝具を持ち出して来たのだ。
謂わば国の切り札。戦争と呼べる規模でもそうそう持ち出すものでは無い。子供の喧嘩に騎士団を向けるようなものだ。
七星宝具がぶつかり合うだけで、簡単に数万人規模の被害が出る。
「まさか、七星宝具使い同士が衝突したのか?」
「はい、ですが問題はそこではありません」
「宝具使い同士の戦闘が問題では無いだと!? 一体何が起きた!?」
グレゴリアスは断じて冗談を言うような男では無い。
しかし冗談であってくれと、書類から顔を上げグレゴリアスを見ると、顔を青くしていた。
グレゴリアス自身も信じられない様な事が起きてしまったらしい。
「星剣使いと星槍使い、パリオン王国のジェスタン・アルス・ロード・ガルメルクとケペルベック神国のフロムレン・ロベルト・ロード・マスロメロが討ち死にしました」
「…………冗談じゃなくてか」
実際に聞いても尚、冗談だとしか思えなかった。
「私もそう思いたいところですが、確かな情報との事」
「星剣と星槍はどうなった!?」
「……現在、共に行方不明です」
「七星宝具が二つも行方不明だと!?」
七星宝具、それは多少の腕がある戦士であればその戦力をS級冒険者相当、つまり世界最強クラスまで向上させる文字通り世界最強の兵器。
七星宝具が一つ有れば、それだけで常にS級戦力を保持出来ると言う事だ。
そしてA級冒険者相当の力が有る否かで小国か中堅国家か変わると言われる程、規格外の戦力は国力をも変える。
世界最強クラスの戦力、S級戦力は一人で大国とも渡り合える程の規格外中の規格外。
そのS級戦力を生み出す七星宝具が二つも行方不明になった。
これを大事件と呼ばなければ何を大事件と呼べば良いのか分からなくなる程の大事件だ。
所在も思想も未知数の軍事大国が野に放たれたのと、同じ事なのだから。
「直ちに関係各所には事の詳細を通達せよ! 方針が決まり次第、即座に動けるよう準備を整えて置くのだ!」
「……陛下、上層部の殆どは既にこの情報を掴んでいました。陛下に、そして私に情報が届くのを意図的に遅らせていたようです」
「何だと!? これ程の一大事にも奴らは自分の利益が第一なのか!?」
「十中八九、自分が一番に七星宝具を手に入れようと企んでいるのでしょう」
何と言う事か。これ程までに腐敗が進んでいたとは。
我が帝国は貴族の力が非常に大きい。列強たる我が帝国の貴族領はそれぞれ一つの王国のようなものだ。他地域では大国と呼べる程の大貴族領すら幾つか有る。
それに比するように我の権威、皇帝の力は強くない。
力で押さえつけようにも、大国規模の力を持つ貴族と本当にぶつかり合えば凄まじい被害が生じる事になる。
押さえ付けられる力自体は有るが、そうそう使えるものでは無い。
多少の不正や腐敗は伝統的に黙認して来た。
しかしここまで腐敗していたとは。
今は国家の危機、いや世界の危機とすら言っても過言では無い。
そんな時にも自分の利益を追求するとは。
犠牲を払ってでも掃除すべきかもしれん。
幸い、王国と神国の七星宝具が失われた。
我が国が混乱しても、今攻めて来る事はあるまい。
そう真剣に検討していると慌ただしく扉を叩く音が聞こえ、返答する前に禿頭の肥った男、今ちょうど消そうかと考えていた筆頭の宰相が駆け込んて来た。
「へ、陛下!」
今更、慌てたフリをして七星宝具の件を報告しに来たのか?
禿頭を下げて息も整わぬまま、宰相は報告する。
「メ、メリアヘムが、陥落したとの事です!」
「「な、何だと!!?」」
報告はとんでもないものであった。
内容が真実だとすると、宰相の様子も無理はない。
流石の腐敗貴族も無視どころか脳内で処理する事すらも難しい。
「誠か!?」
「冗談を言っているのでは無いだろうな!?」
二人して宰相の胸元を掴んで問い質す。
普段なら嫌味や賠償の請求でもしてきそうな宰相が、怒りも利益も忘れてただ報告を続ける。
「し、信頼できる情報です!」
貴族としての地位が低いグレゴリアスに普段、こんな事をされれば激怒するところが、そんな事は眼中にすらない様子でただ報告を肯定した。
事実なのか……。
「……申してみよ」
「はっ、最も早かった速報はメリアヘムに潜ませた密偵からの報告でした。
『メリアヘム南地区にて轟音と共に激しい火災が発生、【煉獄の戦神イフリート】が突如起動し暴走している模様』、誤報を疑いましたが、それ以降通信は途絶。
次に大使館からも『イフリートがメリアヘムを破壊している』との緊急連絡が入りました。その後、『魔王軍の侵攻を受けている』との報告、その後は通信が途絶えました。
それでも我々は何者かの工作だと考えましたが、第一魔術師団に行わせた“千里投影”を行わせたところ、メリアヘムが消失した事を確認しました。
詳細は現在調査中です。急ぎ戦略会議室へお越しを」
なぜもっと早く報告しなかったのか等々、言いたい事は山程あるが今はそれどころでは無い。
俺達は急ぎ戦略会議室、戦時に指揮を城から取れる大量の魔道具の設置された部屋へと急行するのであった。
次話は今日中にもう一話投稿しようと思います。




