ボッチ77 ボッチの決意
お彼岸投稿です。
ドルオタの救済後も、俺は転移を続け多くの絶望を腹に抱えていた人々を救い続けた。
そしてそれも夜が明ける頃にはある程度落ち着いていた。
どうやら、元々魔王軍侵攻で厳戒態勢を敷いていた街や戦闘員が多く、未曾有の災害にも迅速に対応出来ていたらしい。
勿論、それでも街などは大きな被害を受けていたが、人的被害は少ないとの事。
不幸中の幸いと言うやつだ。
しかし、まだ直面していないが確実に訪れるであろう災厄も存在した。
それは大規模な食糧危機。
物理的に作物がやられていた所もあれば、龍脈の魔力が無くなり一目で見てとれる程に力を無くした作物だけになってしまった畑。
救助に次ぐ救助の弾丸ツアーで詳しくは見ていないが、パット見でも分かる被害がどの街の周辺でも広がっていた。
農業には詳しくないので今がどの段階でこれからどうなるのか全く分からないが、無事で無い事だけは確かだ。
少なくとも、作物が値上がりする事は避けられないと思う。
「早めに食糧を買い溜めておいた方が良いですかね?」
『必要無いですよね?』
「いやいや有りますよ。勇者も人間ですからね」
『仙人は殆ど食事が必要無いらしいです』
「……へぇ」
わりと本格的に仙人だったらしい。
「じゃあ、買い溜めはやめておきます」
衝撃的だが別に困る事では無いし、寧ろ食糧危機が迫っている様な環境では都合が良い。
生態(?)が変わっても割と冷静でいられる。
もしかしたら最近色々有り過ぎて感覚が麻痺しているだけかも知れないが……。
兎も角、問題は無い筈。
「あっ、必要無いのは良い事かも知れないですけど、食べ物が食べれなくなってたりしませんよね?」
『桃を食べていましたし、大丈夫じゃないですか? 基本、ステータスの向上は可能な事が増えるのであって、不可能な事は増え無いそうなので、種族の追加も食事できるまま殆ど必要無くなったのだと思いますよ?』
「そうですか。良かった。確かに桃を食べて不調を感じたりもしていませんし、大丈夫そうです」
これで本当に問題は無い筈だ。
「さて、徹夜したので今から寝るとしますか」
『何を言っているんですか、まだ急を要していなくとも助けを求める人々は大勢いる筈です。助けに行きますよ』
「いやいや、これ以上徹夜するとこっちの身が保たないですよ」
『仙人は睡眠も殆ど必要としないので大丈夫です』
「……何ですと」
睡眠まで必要無いらしい。
そう言えばここまで働き通しで徹夜したのに、眠くも無いし大して疲れてもいない。
仙人は思った以上に超人のようだ……。
勇者である事も関係しているかも知れないが、何にしろ予想以上の超人ぶりだ……。
物理的には都合が良いのだろが、今の様な状況で疲れを理由に休む事が出来ない。
スローライフを目指す俺としては不都合な特性だ。
「はぁ、分かりました。“英雄の背中”」
俺は渋々転移門を潜った。
転移門を潜った先は、草原だった。
と言うか全く移動していない。
あれ? 魔法が失敗した?
「“英雄の背中”」
こんな事も有るのかと再び転移門を生み出す。
うん、術式も完璧だ。
いざ行かん。
転移門を潜った先は草原だった……。
「女神様、何故か転移魔法が使えないんですけど? 術式は完璧でしたし、多分、今は助けを呼んでいる人がいないんですよ」
術式的には魔法が発動している以上、それしか考えられない。
『落ち着いてきたとは言え、まだ未曾有の最中ですよ? 世界の何処にも助けを求める人がいないなんて事、有り得ません』
「そう言われても、魔法自体は確かに完成しましたから、事実として助けを求める人はいないんじゃないですか? 皆、もう無事にトイレは済ませたんですよ」
『…………はい?』
そもそも今が未曾有の災害であろうと関係無い。
重要なのはトイレを我慢しているか否か。
トイレに行けるか行けないかは、基本的に生き埋めなどの動けない状態さえ解決すれば何とかなる。
必ずしも災害が治まらなければいけない訳では無いのだ。
『いやいやいや! その転移魔法はトイレを我慢している人の元へ飛ぶ魔法じゃありませんからね!? 助けを求める人の元へ飛ぶ魔法ですから!』
「なるほど、人にとって最大の苦難とは漏れる直前。つまり流水教の悟りを開いた俺は転移魔法を真の救済魔法へと昇華させたと」
『どんな解釈すればそうなるんですか!? その変な悟りで救助にぴったりな転移魔法がポンコツトイレ魔法に変わってしまったんですよ!!』
何はともあれ、もう今はトイレで苦しんでいる人はいないという事だ。
良かった良かった。
そして現実問題、転移魔法は使えない。
やっと訪れたお休みの時間だ。
『こうなったら新しい普通の転移魔法を覚えますよ。早く魔導書を出して』
「えー、もう助けを求める人はいないんだから良いじゃ無いですか?」
『トイレ以外は救助を待っている人が居る筈です』
「と言うか、普通の転移魔法だと助けを呼んでいる人の場所が分かりませんよ? 転移できるだけじゃどうしようも無いですよ?」
『……それは確かに』
「後、多分行った事のある場所ぐらいにしか転移出来ないと思います。転移出来るとしても先も分からず転移するのは危険過ぎます」
『その点は、今まで使っていた転移門と変わらないと思いますよ? 実際、あれの場合転移先は助けを呼ぶ程の極限環境ですから』
……今まで、なんて危険な魔法を使っていたのだろう。
トイレ魔法と化して本当に良かった。
『世界を混沌に陥れる程の魔力が籠もった神代のブレスを浴びて無事だったのだから転移先の危険度なんて、誤差みたいなものでしょう』
「何言っているんですか! そう言う油断が大敵なんです!」
『はいはい、取り敢えず新しい魔法でも覚えますよ』
今更だが、何か扱いが雑な気がする。
しかし女神様は引きそうも無いので仕方なく魔導書を召喚する。
「出よ! 転移魔法!」
そして迷わず使う。
今の魔力量で使えない魔法は無い筈だ。
転移先が何処になるのかは気になるが、確かに今までの救助転移魔法の方が危険だからそこまで気にならない。
はあ、出来れば景色が良くて誰もいない場所が良いが。
そして転移したのはここだった。
……確かに条件にはピッタリだ。
そして使ってみると、これはやはり行ったことのある場所に転移する魔法だと分かった。
今まで救助して来た場所にもう一度行っても仕方が無いし、今回は使えない魔法だ。
次々と転移魔法を試してゆく。
だがどれも、若干の差異があるが行った事のある場所に転移する魔法ばかり。
視界に映る場所に転移する魔法などもあったが、結局実質的に行った場所に転移する魔法のようなものだ。
行った事の無い場所に転移できる魔法があっても、ある程度構造を把握できる近場に向かう魔法でしかない。
『視界に映る場所に転移できるなら、遥か遠くを見る魔法とかはありませんか?』
女神様からアイデアが出た。
「女神様が前に使っていた同級生を見る力的な魔法と併用すれば良いと言うことですね。それなら行けそうです」
まずは遠くを見る魔法を探す。
するとイメージ通りの魔法があった。
やはり検索機能は優れているらしい。
転移魔法が失敗続きと言う事は、俺達が丁度求めるような魔法は存在しないと言うことだろう。
後は併用出来るかだ。
使った魔法は遠くの光景を窓の様に映し出す魔法。
上空からでも街中でも映し出す事が出来る。
空間属性のようだが見えるだけで空間に穴が空いている訳では無く、安全に遠くを見る事が出来る普段使いでも素敵な魔法だ。
助けを求める人の元へピンポイントに見つけられなくても、十分に使えそうである。
まず本当に魔法越しでも視界に映った場所に転移出来るか試してみよう。
何処に行くかと色々な場所を見ていると、とある街の光景が映し出された。
「…………」
最初に救助に行った火山近くの街だ。
早くも復興させようと勇者軍と協力し建築作業に勤しんでいる。
問題は最も力を注がれ築かれてゆく、神殿。
そこの中心には、銅像があった。
俺の……。
しかも何故か素顔の状態の……。
あっ、ノーゼル将軍の前で着替えたっけ……。
ノーゼル将軍が嬉々として陣頭指揮に立っている。
細部まで見事だ……。
……そして……何故か……トイレを……している……格好の……銅像だ……。
……何故か……細部まで……精巧に……再現……され……。
『貴方がパンツを履いていない状態で着替えるからでしょうに……』
「バスローブ的感覚で着たまま救助に来たからですよ!!」
『温泉に弊害ってあったんですね』
「そんな他人事みたいに!」
『他人事です』
嗚呼、意識が遠のいて…………。
そんな時、閉じかけた目にノーゼル将軍が石に槌を振り下ろすのが見えた。
割れた石からは銅の輝き。
石は銅像の型らしい。
どんな銅像が出来たかと思えば、この世界で一番見覚えのある顔。
女神様の像だった。
当然の様にトイレをする姿。
『なっなっ…………』
女神様は口をパクパクさせながら顔を真っ赤に染め上げている。
俺とは違い、細部まで見られていない為、余計な再現はされていないが、どう見てもトイレの女神様といった像に仕上がっている。
しかし、今の俺には女神様を茶化している余裕は無い。
『……滅ぼ……』
意識を手放す前に、何やら物騒な言葉が聞こえた気もするが、俺の意識は闇に沈んだのだった。
もう二度と人里には行かないと決意しながら。
これで本章は最終話です。
あと数話閑話や登場人物紹介などを入れて次章に入ります。




