ボッチ76 ボッチとアイドル
お彼岸投稿です。
火山災害の被害を受けていた街を救った俺は、休む間もなく助けを呼ぶ声に応じて次の街に来ていた。
助けを呼ぶ者がいる限り、勇者に休みは存在しない。
『そう言って、現実逃避の為ですよね? トイレの神様、果てはう●この神様扱いされた現実逃避の』
「……取り敢えず、女神様が何の躊躇いもなくう●こと口にするのは如何なものかと思いますよ?」
図星を突かれたのでさり気なく話題をすり替えつつ抗議する。
『う●こは紛れもない命の流れのかけがえの大切な一部。忌避する対象ではありません。命を繋ぐ為に摘み取られた命はう●ことなり、次の命の糧となるのです。流水教に認められた貴方ならよく理解しているでしょう』
「イメージの問題です。女神様のイメージの」
『……まあ何であれ、人助けを進んで行おうとは良い心掛けです。流石は私の勇者』
現実逃避であれ人助けは正義と言う事で、人助けを開始する。
今回助けを求めているのは街の中心でただ一人避難所の前に立ち、迫りくる魔物を一人で防いでいる覆面の戦士だ。
面白い戦闘スタイルで、武器は剣から槍、短刀から大槌と形状も大きさも様々。果ては包丁まで使っており武器は品質も含めて揃っていない。
しかしそれぞれを使いこなす武芸百般の達人と言う訳では無く、それらを投げて戦っていた。
武器には糸も付いており、それで手元に戻したり直接切り裂いたりと、殆ど動かずに次々と魔物を殲滅している。
念動力系の魔法も使えるらしく、遠距離攻撃専門のようだが全く隙がない。
加えて剣も槍も投げなければ使えないという事も無いらしく、ほぼ無双状態だ。
この戦闘スタイルで広い避難所も一人で守りきれている。
周りには魔物の死体による山が積み上がっており、相当長い間、避難所を守っていた事が伺える。
しかし幾ら強くとも、その長期戦故に深刻な状態に陥っていた。
「大変だ! いつ漏れてもおかしくない!」
『またこのパターンですか……。何故、世界中が大変なときでもトイレ関係の助けを求める声に反応するのでしょう。この転移魔法、より強い助けを求める声に反応する魔法でしたよね?』
「トイレ問題こそが最も強い叫びなんですよ!」
『…………』
何故か女神様は納得できない様子だが、今はそんな事を気にしている暇は無い。
直ちに救済しなければ。
救済トイレを召喚する。
「“神崇留入”」
何度も使ったおかげで詠唱も必要なくなり、より迅速な救済が可能になった。
ただまだ無詠唱は不慣れなせいで、その効力は多少落ちてしまっている。
今回のような場合に役立つ時間停止機能。
正確には召喚されたトイレの中は時間が外と隔絶されている。勿論限度もあるが一時間くらい中にいても外の時間は経過していない。
どんなに他の用事に急を要している場合でも、安心してトイレに邁進出来る機能だ。
しかし今回は殆どその効力を引き出せなかった。
つまり、その間代わりに魔物の相手をする必要がある。
さて、どんな風に敵を倒すか?
取り敢えず剣を振るいながら考える。
今更ながら、地形ごと破壊するような技しか持ち合わせていない。
今日使いこなせるようになった仙術だって、個別に魔物を倒すとなると、丁度いいのが中々無い。
避難所以外は殆ど倒壊しているが、メリアヘムとは違い原型の残る街で地形を変えるような技を使うのは流石に憚られる。
どうしたものか?
そう思っていると敵の数が少なくなっていた。
『……今更ですが、勇者の中でもだいぶ強くないですか?』
「そんな事は、無い…と思いますよ…」
いつの間にか多くの魔物の斬っていたらしい……。
特に大技を使わなくても十分だったようだ。
普通の剣術もまさかここまで出来たとは、自分でも驚きである。
まあ、文字通り血を吐くまで強引に身体を動かし感覚が身に染みていたから出来ても不思議じゃないか。
加えて魔物も止まっている様に感じる程、身体能力の差があったし。
あれ? もしかしなくても俺って実は魔法以外にも強かったりする?
そんな事を思いながら魔物を斬り続ける事しばらく、トイレから覆面の戦士が出てきた。
いや、今はもう覆面をしていない。
覆面の下は厳つい戦士らしい顔かと思ったが、意外な事に普通の何処にでも居そうな大学生くらいの兄ちゃんだった。
しかも体育会系でもなくコッチ寄り、いやコッチ側に見える風貌だ。
「ありがとうございます。使徒様。エメフィナちゃんのコンサートを守れます!」
そう言って魔物討伐に戻ると、さっき以上の勢い、正確さで敵を殲滅してゆく。
『「うん? コンサートを守る? 避難所じゃなくて?」』
奇しくも女神様と声が揃った。
「はい! 明日、ここで新しいタイプの宣教師、吟遊宣教詩人として今話題になってきているアイドル、エメフィナちゃんのアイドルコンサートが有るんです!」
……アイドルの為?
「三日前から列んでいたらこんな事に。コンサート会場が無くなったらエメフィナちゃんが歌えなくなる! そんな事は僕が絶対に許さない!」
……うん、三日前からここに居た事といい、確実にドルオタだ。
この世界のドルオタって物理的にも強いんだ……。
そして凄まじいヤル気を見せてもその場から殆ど動かない。
「もしかして、そこから動かず遠距離攻撃をしているのって?」
「はい、列の先頭を死守する為です! 動かずに色々と出来るよう訓練した結果がここで活きてきました!」
その技も列ぶ為のものだったんだ……。
人の執念って凄い……。
『と言うか、この状況じゃどのみちアイドルコンサートは無理ですよね?』
「そもそもここに来ること自体不可能ですよね」
そう思っていると、街の外の方から声がして来た。
「ファンの皆を傷付けるなんて許さない! “マジカルキューティアロー”!」
空から無数のピンク色をしたハート型の矢が降り注いで来る。
矢は正確に魔物を穿く。
矢の発生源の方向を見ると、フリフリの衣装を身に纏った少女の姿がそこにあった。
十中八九、彼女がアイドルのエメフィナだろう。
「エメフィナちゃん!」
「オルドレイクさん! 今日も来てくれたんですね! いつもありがとうございます!」
やはりそうだった。
そしてそんなやり取りをしつつも魔物を二人共倒し続けている。
二人共その行動、状態には何とも思わないらしい。
何事も無く魔物討伐を当たり前のように続ける。
「あ、司祭さん! ここにもいらしたんですね! お手伝いありがとうございます!」
もう大丈夫そうだから巻き込まれない内に帰ろうとしていると、一足遅く巻き込まれてしまった。
尚、このアイドルさんは偶像教徒らしく、司祭の事をスタッフと呼ぶらしい。
まあ、これなら巻き込まれてもう●この神様みたいな扱いをされる事もないだろう。
呼び方からしてスタッフ扱いで済みそうだ。
なら手伝ってから帰ろう。
こうして俺は魔物の殲滅を手伝い、一帯の魔物を狩りきってから帰還した。
後日、俺の名を大々的に使われアイドル活動をされ、何故かグッズまで出て、いつしかトイレの使徒様人形まで販売されるようになり引き篭もりを決意するに到るのだが、それはまた別の話だ。
 




