ボッチ75 ボッチと称賛?
秋分投稿です。
紫色の爆炎が収まると、そこにはボロボロな姿になってしまったノーゼル将軍。
しかしその瞳に灯った炎に陰りはない。
「何のこれしき! 今まで潜り抜けた修羅場と比べればこの程度屁でもないわ!」
そう言うや否や、再び大剣を握り締めてドラゴンへ挑む。
「腹に抱えるものが無い今、地獄を乗り越えた今、俺に敵は無い!!」
勇者軍としての在り方、勇気に使命感、覚悟といったものに加え新たに信仰心を胸に剣を構えた。
「これぞ新たな境地! ――廻る真理を遂行す ここに悪環を絶ち清流へ帰そう――“流水地変”!」
トイレ教、いや流水教の悟りを得たノーゼル将軍は神聖なる力をその身に宿す。
円環の真理を得たノーゼル将軍は激しくも静かに、流れる様に剣を撃ち込んでゆく。
どれもこれも重い大剣による一撃なのに、それも連発しているのに全く隙が生まれない。
反動を利用し次へ繋げ徐々に激しさを増してゆく。
より速くより力強くより大きな魔力を込めて技は威力を増してゆくが、ノーゼル将軍に疲れは見えない。
実際良く観察してみるとこれだけ激しくなっても負担が増えていない。魔力すらも大して減っていない。
これが廻る円環の真理。
食べ物はやがて排泄され、排泄物は次の食べ物の糧となる。食物連鎖然り、全ては廻っている。
これぞ流水教の辿り着いた真理。
トイレが人々を苦しめ救うのは、最も真理に近いからなのだ。
故にトイレは真理へ辿り着く近道。
ノーゼル将軍は悟り、環として行動を移しているのだ。
消耗しないのは、真理の円環に従っているから。自然の流れを認識しそこに沿って動いているのだ。
本来は負担であるものですらも次の糧とし、再び力に変えている。
つまり魔力も体力も使っているが大部分が還って来ているのだ。
紫炎のドラゴンは耐え切れず地に伏せ絶叫を上げる。
ドラゴンは攻撃を止める事を優先して自分が巻き込まれるにも関わらず地面に向かってブレスを吐いた。
魔力を燃やす紫炎が広範囲に広がる。
しかしノーゼル将軍は止まらない。
大して効いてもいなかった。
ノーゼル将軍は流水教への信仰心から聖なる力を得たからだ。
聖属性の魔力に違いが別物であるこの力に紫炎は通用しなかった。
もはや一方的にノーゼル将軍が攻撃し続ける。
やがて紫炎のドラゴンは断末魔を上げて倒れた。
ノーゼル将軍の勝利である。
「やっぱり俺、いらなかったんじゃ?」
『……流石は勇者軍の大将軍と言って良いものなのでしょうか?』
女神様は完全に予想外だったらしく、呆然とそんな言葉を紡ぐ。
「流石はで良いと思いますよ。勇者軍の大将軍としての力を発揮したんですから。寧ろどこに問題が?」
『……大将軍としてよりも、某宗教の信者として行動していませんでしたか? 某宗教の技で乗り切った様に思えますが?』
そんな事は無い。
しかしそう言う前にノーゼル将軍がこちらにやって来た。
そして膝を折り頭をさげるノーゼル将軍。
「使徒様、世界を災禍に染めようとする邪悪なドラゴンを討伐いたしました。これも全て使徒様、遥か天上に御座す偉大なる主の御慈悲による賜物。この勝利は流水教のものです」
……うん、完全に信仰心を前面に出して行動していたようだ。
怖い事に全く御世辞を言っている様な雰囲気では無い。
言葉通りの事を本当に思っているようだ。
山賊の鑑のような外見なのにまるで騎士、いや聖騎士であるかの様な見事な礼で祈りを捧げている。
色々と怖い。
しかしトイレと言う世界の真理を共有してくれたのも確か。
誇らしくもある。
『……がっつり信者として行動しているじゃないですか? と言うかそれ以前に信心深い信者が誕生しているんですが?』
「……聖職者として当然の事をしたまでです。兎も角、一件落着と言う事で」
『そもそも、災害救助に来たんですよ?』
「…………」
取り敢えず俺は、ささっと神官服に着替える。
『服装を替えたところで誤魔化せませんよ?』
「さーて、街にはまだ助けを待っている人が居るかも知れない。助けに行きましょう!」
再び街に戻ると、新たな脅威が街を襲っていた。
正確には新たな脅威と言うよりも状況の悪化、深刻で無かった脅威の深刻化だ。
街に襲いかかる魔物の数が圧倒的に増えていたのだ。
戦闘によって山から逃げ出した魔物が増えたのか、もしくは距離的に今になって集結したのか、それともドラゴンに狂暴化させる能力でもあったのか、正確なところは分からないが現実として数が倍以上に増えていた。
加えて個体で見ても凶悪そうなのが明らかに増えている。
勇者軍の中でも精鋭らしき人達が数人がかりで相手をしなければ倒せない相手も複数存在した。
何とか抑えられているが勇者軍の背後にある街、その城壁にも被害が生じており、全体として押されている。
しかし問題ない。
ドラゴンの討伐を終えたノーゼル将軍が戦場に降り立ったからだ。
大剣を一閃する度に複数の魔物がまとめて一撃で倒されてゆく。
魔物の種類など関係ない。
どの魔物も等しく一太刀で斬られ終わる。
討伐の方はまるで問題無さそうなので、俺は怪我人の回復に専念する。
幸い致命的な重症を負った者は無く、エクストラヒールだけで全員が休めば万全な状態に戻る程度のところまで回復出来た。
そうしている内に魔物は殲滅され、怪我人もいなくなる。
これで本当の終息だ。
災害救助はこれで完了。
さて、今度こそ帰ろう。
そう思っていたところで街の方から歓声が聞こえた。
早くも救われたと言う情報が駆け巡ったのだろう。
城壁の門から多くの人が顔を見せ、城壁の上にも多くの人達が顔を出す。
誰も彼もが喜びを顕にし、思い思いにその想いを外に伝えている。
『これが貴方が救った光景です』
「使徒様、どうかこの称賛を、勝利を、喜びを、そして感謝をお受け取りください」
「俺が救った、光景……」
他に何も言えなかった。
反応も返せなかった。
どこかむず痒く、想像した事もない景色で夢のようだ。まるで俯瞰しているよう。同時に暖かくもなる。
徐々に現実味が増し気が付く。
あの人達の中心に自分がいる事に。
今まで俯瞰するだけだった人の集まりの中に。
「良かった……」
無事でいて、喜んでくれて。
自然と口に出たのはその言葉だった。
俺は自然と、前に歩み出ていた。
「「トイレ大明神万歳!!」」
「うんこの神様ありがとうーー!!」
……俺は自然と、後ろに下がっていた。
老若男女、種族も様々な人達がトイレの神様と連呼する。
名誉とは言え司祭として、布教の成果としてはこれ以上無いまでの完璧な成果。
しかし、何故か精神的負担が大きい。
特に幼い子の、何の疑いようも無い無邪気なうんこリスペクトは刺さるものがある。
俺は取り敢えず声援に応えるよう手を上げ、そのまま転移で帰宅するのだった。
後日、トイレの神様、流水教の使徒としての見事な銅像が、それも便器に跨がる形式の銅像が何故か素顔の状態で造られたのを目にし、引き篭もりを決意したのはまた別の話である。




