ボッチ10 ボッチギフトを使いこなす
土魔法を習得した俺が次に開始したのは木魔法の修行だ。
水晶玉から薪を一つ生み出すとその感覚を頼りに自力で生成して行く。
魔法に慣れたせいか今なら分かる。
この魔法の特異さが。
魔法属性を手に入れた後でもこの魔法は他の魔法よりも難しい。魔法式と言うべきものの構造自体が複雑なのだ。なんと言うか言語が違うように感じる。
しかしそれでも何回も無理矢理発動した魔法。
今の俺には意図も簡単に発動できる。魔力を一回も回復させずに、夜に出した以上の数と大きさの薪が俺の足元には転がっている。
《熟練度が条件を満たしました。
ステータスを更新します。
アクティブスキル〈木属性魔術〉を獲得しました》
スキル獲得までも短い。少なくとも風魔法よりも早い習得だ。
現実逃避的には喜べないが何処か嬉しい結果である。
「さて後は風、水、土、木ときて……火にするか」
魔法と言えば真っ先に思い浮かぶような火の魔法だが、これは後回しにしていた。
単純に危なそうだからだ。
『成る程、火は怖かったと』
「なっ!? 違いますよ! ただ安全第一なだけです!」
断じて怖い訳ではない。
火が手に着いたらどうしようとか、服が燃えたら、顔に来たらどうしようとか思ったことは一度もない。
俺は手を目一杯伸ばした状態でライターを着ける妙技を持つくらいに、火にはなれているのだ。
『……』
そう思っていると女神様の呆れるような視線を頂戴した。
疑うのなら証明してやろうと水晶玉をつき出す。
へっぴり腰に見えるかもしれないがこれは水晶玉に魔力を集めるただのポーズだ!
ともかく火魔法発動!
バフッ。
「ひっ!」
ビビってなんかいない。ちょっと前に発動したときとは違って上方向に火が出てビックリした……んじゃなくて女神様に危ないですよと注意しようとしただけである。
なんにしろ次は水晶玉を使わずに発動だ。
「ファイヤァァァァーーーッッ!?」
おおおお俺の手が燃えてるぅゥゥーーー!?
『……燃えてません。手から火が出ているだけです。ビビって集中出来てないから広範囲から火が分散して出てしまうんです。火の方向とか出す場所とか、ある程度は制御できますから』
そう言われて俺は必死に前に火が出るように念じる。
制御の理屈も方法も分からない。
ただ俺に出来るのは念じるのみだ。
「火よ! あっちに行けぇぇぇぇぇーーーぇいっっ!!」
すると俺の電車の中でトイレに行きたくなった時のような必死の想いに応じてか、火の向きが変わった。
掌から前方に向かっての放射だ。
「ふぅー…………ふっ、計算通り、見ましたか女神様、俺の魔法捌き」
余裕が出来た俺は魔力を消費して想定通りと言ったアピールをする。
女神様が俺をビビりとか勘違いしていたら困るからな。
この落ち着き、そしてこの堂々とした態度に、演技じみたポーズ、これで勘違いに気が付かない者はいまい!
『……早速〈超演技〉を使いこなしていますね』
「演技じゃないですよ! そそうだ、さっきのビビって見えたのが演技なんです!」
そんな俺の訴えをきれいに無視して女神様は一言。
『あと、引火してますよ』
「へっ?」
見れば薪に火が着いている。
そりゃ、燃やすための木だからなぁ~。
…………。
「いッぎィャァァァァーーーッッッ!!」
積み上がった石、その中や上に撒き散らされた大量の薪。
俺の回りは完全に巨大な焚き火だ。
そして中心にいる、石の所為で身動きの出来ない俺は調理を待つばかりの新鮮な肉。
「助けてぇぇぇーーーーーーっっ!!」
俺は女神様に助けを求める。
しかし。
『素晴らしい計算ですね。計算通りなのでしょう? あまりに高度な計算で私には貴方が何を考えているか全く分かりませんが。
そしてそうやって助けを求めているのもきっと私を欺く為の演技なんですよね? いやぁー、真に迫っていますねぇー』
と女神様は楽しそうに、いや愉しそうに笑う。
助けてくれるつもりはないらしい。
「すいません! あれは嘘です! 俺はビビりですよ! だから助けてぇーーー!!」
火は俺を取り囲むように引火し、徐々に迫ってくる。
もう熱気がっ!
このままではこんがりボッチだ!
『残念ながらそもそも我々神は地上に干渉出来ないんですよね~』
と呑気な女神様。
「いやいや! なんか色々と道具くれたりしてましたよね!?」
『本当ですよ。道具みたいに依代がある状態じゃないと力を行使出来ないんですよ。特に私みたいに違う世界の神は。
と言う訳で自分で頑張ってください。大丈夫ですよ。今なら死んでもまたここに転生させられますから』
「死んだら全然大丈夫じゃないですから!!」
もう女神様は宛にならない!
でも俺にはどうしようも……そうだ!
「空洞よ!!」
俺を中心に拡がる灰色の世界。
これにより火の進行が止まった。
常に俺に迫ろうと火は燃え盛っているが、まさしく俺の周りに空洞が出来たように火が進まない。半球状の世界が火の侵入を妨げている。
しかし。
「うわっ、中の薪に火が着いた!! なんでっ!?」
《熟練度が条件を満たしました。
ステータスを更新します。
アクティブスキル〈火属性魔術〉を獲得しました》
「あっ……」
火、出しっぱだった……。
『本当に馬鹿でしょう、貴方……』
俺は〈風景同化〉も駆使して気配を消した。
《ステータスを更新します。
ギフト〈空洞〉、〈風景同化〉のレベルが上昇しました》
俺の視界は炎の壁で埋め尽くされている。
全然炎が消えない。薪の質と吹き付ける風、そして風通しの良い適度な石と薪の隙間、普段なら喜べる条件が重なったことで火は強くなるばかりだ。
まるでキャンプファイヤの中に入っているようだ。
幸い〈空洞〉でこちらに熱が伝わることは無いがとんでもなく恐い。
こんな状況がもう何時間も続いていた。
腹時計からするともう昼を過ぎている。
その間、空洞の結界はずっと維持。おかげでレベルが上がる程だ。
ついでに女神様にそっとしといてもらう為に発動していた〈風景同化〉までもレベルアップした。
レベルアップしたのは頼もしいが、本当に大丈夫か不安が尽きない。
〈空洞〉使い続けているけど、どんぐらいの衝撃まで耐えられるんだ?
そもそも持続時間制限とか無いよな?
『いえ、私も驚いてますが、その二つのギフト、貴方と引くほど相性がいいので、多分死ぬまで発動し続けられますよ? しかも破られてもすぐに発動し直せます』
と言う事らしい。
……引くほどボッチギフトと相性が良いって……。
……深くは考えないようにしよう。
今は……そうだ、安全性が一応は保証されたから昼食にしよう。
まずは緊張と炎の景色で喉が乾いたから水を。
「水よ」
手で皿を作ってそこに水を出す。
うん、自分で出した水だが水道水よりも美味しい。
ふぅー。
…………。
「『あっ………』」
奇遇にも女神様と重なった。
そうだ。炎から空洞の結界で身を守るのではなく、初めから魔術で水を出して消火すれば良かったのだ。
そうすれば怯える必要も無かったし、こんなに鎮火を待つ必要も無かった。
何故こんなにも簡単な事に気が付かなかったのだろうか? 女神様も気が付かなかったみたいだし……。
クラス丸ごと転生で良かった。特にまだ見ぬこの世界の人達にとって。
自分で言うのもあれだが、もし滅びを回避するために必死に祈り答えた神が女神様で召喚された勇者が俺だけだったら、あまりにもこの世界の人達が不憫過ぎる。
必死にトイレを我慢して、トイレの列に並んで自分の番が来たら実はカレー屋の行列だった、それほどの絶望的状況である。
女神様もそう思っているのか、いつも人の心を読んで反発しているのに、今回はそれがない。
ここはお互いの為に静かに消火活動を始めよう。
「水よ」
水を勢いよく前方に放出する。
しかし空洞の結界に弾かれた。
どうやら空洞結界は内からも外からも干渉出来ないらしい。
消火活動は早くも失敗したが、少しホッとした。
水での消火を思い付かなかった失態が、少しだけ薄れたからだ。これなら初めから分かっていて水を使わなかったと言うことにしておける。
まあ、それを示す相手なんかいないけど……。
なんにしろ少しは楽に慣れた。
《ステータスを更新します。
ギフト〈空洞〉、〈風景同化〉のレベルが上昇しました》
あっ、水が外に抜けた……。
ギフトのレベルが上がって中からは外に手出しが出来るようになったらしい。
「レベルアップ早くない!?」
思わず叫ぶ。
『……はい、そのギフト、世界中が涙するほど貴方と相性がいいですから……』
叫んだ俺に対して女神様はそう、ハンカチを目にやりながら答えた。
…………。
どうやら、羞恥心や驚きよりも哀の感情の方が強いらしい……。
こうして俺は魔術を幾つか覚え、どうでもいい方面で少し賢くなった。
そして俺は少し湿って薄く塩味のするパンを齧りながら、無心になろうとただ放水を続けた。
次話は2時間後に投稿します。
次話で連続投稿最後です。




