閑話 死王5 本領発揮
夏至投稿です。
「まさか、賢者オルゴンを逃してしまうとは。運の良い奴め。
そしてお前はなんだ! 後ろから刺してやろうとしたところに飛んでくるとは!?
賢者を逃したのはまだ良い! だが、もし奴に我が魔王であるとバレていたらどうするつもりだったのだ!! 今までの計画が全て無駄になっていたぞ!」
賢者オルゴンが完全に去ったところで魔王はイフリートに怒りを向ける。
冷徹な魔王も怒りを抑えきれないらしい。
無理も無い。妥協に妥協を重ねた最後の目的までも達成出来なかったのだから。
もはや怒る事しか出来ないのだ。
しかしこれで終わりでは無かった。
突如吹き上がる膨大な魔力。
膨大な魔力は緻密な術式の形となり、全てを呑み込む地獄の業火となり襲いかかってきた。
咄嗟にイフリートを前に出し盾にすると同時に瞬時に張れる中で最硬度の結界を張る。
しかしイフリートを呑み込む規模の業火は直撃を避けても凄まじく、結界をいとも簡単に燃やし尽くした。
単に出力が高いだけでは無い。術式や実体の無いものまで燃やし尽くす高度な術だ。恐らく、この魔術も神に傷を付けられる。
何とか耐えきると即座に下手人を探す。
これだけの大魔術、恐らく相手は神代の遺物、アーティファクトを使っている。
人力で発動出来るような魔術では無い。大人数で儀式を行うか、一人でも長時間の詠唱や儀式を行えば可能ではあるが、これだけの大魔術で完成直前まで隠し通す事などまず不可能。
現在人類最高峰の魔術師と言われるオルゴンやレリシオであっても発動不可とまでは断定出来ないが、我らに悟らせない速度で術式を完成させる事など不可能な筈だ。
よって使われたのは神代の魔術が込められた古代兵器であろう。
神代の兵器となれば油断出来ない。
最たる例が七星宝具だ。最悪の場合イフリートに匹敵する敵対戦力が現れたと言っても良い。
ただ神代の兵器でもそう連発出来るとは考え難い。
発動に必要な魔力がまだ残っていると仮定しても、アーティファクトそのものの破壊を防ぐ為のリミッターが存在する筈。
強大な兵器は暴発すれば味方にその暴威が振るわれるのだから。
つまり連発出来ない内に、下手人を探し出す必要がある。
次を撃たせてはならない。
業火が現れた方向を注視する。
すると有り得ない現象が起きた。
連発出来るだと!?
それも三発も!!
全力で張った結界はいとも簡単に呑み込まれ、我も業火に包まれた。
我が燃えてゆく。
我が、アッシュールが燃えてゆく。
我が魂が…、我が記憶が……。
アッシュールが燃えてゆく…………。
我の全てが、アッシュールが!!
そんな事は、させない!!
我は、アッシュールは不滅ぞ!!
急速に意識が冴えてゆく。
全てを手放す直前、全てを掴んだ。
我はアッシュール、死者の国の王!
全ての死を統べる死の支配者!!
『我が身を滅ぼした程度で図に乗るな魔術師が!! 我は【白原冥帝】!! 死霊魔術こそが我が本領!! 貴様は我を本気にさせた!!』
我は死に瀕して始めて、真の力に目覚めた。
魂をアッシュールの御霊と融合させたとは言え、屍のような外見であったとは言え、我は正確には死者では無かった。
我は死を経験していなかったのだ。
我は死を統べる王。
自分が死して始めて自らの全てを引き出し支配した。
完全にアッシュールの御霊と一つとなり、死の神とでも呼べる存在に至った。
手始めにこの場で散った者達を配下に加える。
龍脈を通じて我が力をメリアヘム全域へ。
瞬く間に死した者が起き上がる。
それも生前と殆ど変わらない力を維持した状態で。
『出し惜しみはしない!! 我が魂を賭けてこの世に災禍という災禍を振りまいてくれる!!』
更に切り札中の切り札も切る。
召喚するは無数の棺。
『今尚讃えられる英雄も、語る事すら憚れる怪物も、どんな伝説も魔王すらも、亡骸さえ残っていれば我が配下!! 恐怖し光栄に思え!! 貴様は伝説に呑まれ死すのだ!!』
その切り札とはかつての英雄や化け物と恐れられた伝説の強者達。
本来は我でも力を維持させたままアンデッド化するのには手間のかかる存在であったが、今ならば同時に時間をかけることなく最高の状態でアンデッド化出来る。
棺から現れるのはかつての魔王に七星宝具使いと言った、その時代の強者の中でも頭一つ飛び抜けている者達ばかり。
我が肉体を滅ぼした事を存分に後悔させ、無駄であったと教えてやる。
だが指示を与える前に、新たなる敵がやって来た。
『勇者軍本隊!! もう戻ってきたのか!?』
我らの陽動作戦によりこの地を離れていた勇者軍の本隊だ。
まさかここまでも早く戻ってくるとは。
『まあいい。海の藻屑となるがいい!! 征け、我が下僕達よ!!』
邪魔をするならば滅ぼすまで。
寧ろ探す手間が省けただけだ。
「災禍はここで絶ち切る!!」
今代の勇者軍総統の言葉で雄叫びが上がる。
士気だけは高いようだ。
『我らの掌の上で転がっている人類如きに何が出来る!! 貴様ら如きのアンデッドは吐き捨てるほどいる!! 貴様らもすぐ仲間にしてやる!!』
しかしいくら士気が高かろうが関係無い。
『さあ、海の藻屑となれ!!』
今すぐ終わらせてやる。
龍にブレスを放つよう命じる。
龍とはかつて存在した神の如き存在。肉体を持つ神と言っても差し支え無い。
間違いなく最強の種族と言って良いだろう。
その吐息は地形を当たり前のように変える。
神話の暴威が勇者軍に迫る。
さあ、仮面の魔術師よ、アーティファクト使いよ、勇者軍を守りたければ姿を現すが良い!
さもなくば勇者軍はここで灰だ!
思惑通り龍のブレスは防がれる。
しかし、それを防いだのは仮面姿の者やアーティファクトを扱う者では無かった。
ブレスをあの結界で止めるのでも、アーティファクトで迎撃するのでも無く、真っ向から技を繰り出し止める。
強者ではあるようだが、戦闘スタイルからして奴等では無い。
そして強者ではあるがそれだけだ。想像の埒外の存在でも無ければ災害でも神話でも無い。
過去の英雄の軍勢の前では少し優秀な兵でしか無い。
奴等に待つのは数の力に呑み込まれる運命のみ。
だが自分の実力は理解しているようだ。
懸命にも、勇者軍は転進し退避を開始する。
しかし逃すつもりは無い。
そう思い改めて始末を命じようとすると、再びあの業火がこちらに放たれた。
やはりまだ逃げずに居たか!
逃げぬとは愚かな奴め。
貴様を逃さぬよう監視網は既に構築済み。死者の目も耳も我のもの。
今ので場所は把握した。
『見つけたからにはもう逃がさん!! 原悪と戦い大陸の半分を焼き払ったとされる龍のブレスを喰らうがいい!!』
ここが貴様の墓だ。




