閑話 死王3 神代の魔法
夏至投稿です。
メリアヘムは瞬く間に闇に呑まれた。
魔法は砕け散り、建造物は崩れ去る。
兵は干乾び、結界を張る者も徐々に衰えて逝く。
脆い。
だが、一部ではまともに抵抗する者もいた。
最も強い抵抗を見せるのは大聖女クライシェ。
聖なる魔力で我が闇を完全に抑えている。
流石と言うべきか、称賛に値する。
我が生前でも間違いなく英雄と呼ばれる実力の持ち主だ。神官、聖女に限って言えば我が見たものの中でも指折り。
大聖女と呼ばれるだけはある。
だが、強固な結界を張れても長くは持つまい。
後は賢者と今代の冒険者ギルドグランドマスター。
それぞれ結界や付与魔法を破れる前に繰り返し展開し、大勢を守りながら迅速に退避を先導している。
我が闇の正体、対策を瞬時に見つけ出したのは流石と言っておこう。
彼等も紛れも無く英雄と呼ばれるに値する。
しかし奴等が英雄であるならば我は死の王、ただの英雄如き敵では無い。
全て想定の範囲内だ。
生き残りは大聖女の結界へと集結してゆく。
奴等は退避に成功したと思っているかも知れないが、実際は袋の鼠。
待っているのは確実な滅びのみ。
我が配下たる魔王軍の魔族が大聖女の結界を破壊し止めを刺そうと一斉に襲撃する。
ここで予想外の反撃を受けた。
奴等は我が闇を盾として利用したのだ。
我が闇は無差別。
我以外のすべての存在からエネルギーを奪う。
人であろうが魔族であろうが、生きていようと死んでいようと、そして無生物であろうと関係無い。
それが敵に資する事になろうとは。
いや、我の計算外などでは無い。
奴等が真に精鋭であったのだ。護りを受けているとは言え闇に飛び込む蛮勇、決断力。
実に見事だ。
思わず朽ちた口元が上がる。
しかし、いやだからこそ手は抜かない。
全力をもって貴様等を消し去る。
勇者軍から士気高い声が上がった。
奴等の視線の先を見ればそこには勇者。
光の剣を操り我が配下と交戦している。
召喚されたばかりだと言うのに既にここまでやるとは。
やはり面白い。
士気が上がる訳だ。
勇者に続き戦う力がない者も各々出来る限りを尽くして戦いに貢献している。
我がアッシュールを思い起こさせる素晴らしき連携、良き光景だ。
故に、貴様等を滅ぼしアッシュールこそが最高であったと証明しよう。
ちょうどそこへ我が技術の粋を込めたイフリートが到着した。
イフリートが拳を振り下ろす。
たったそれだけで奴等の結界に無数のヒビが入る。
だがそれでも称賛に値する。
イフリートの一撃に耐えるとは、それだけで偉業とすら言える。
最強の兵器と呼ばれるイフリートの力は伊達で無い。
ほう、もう一撃耐えるか。
素直に称賛を贈ろう。
だが三度目はない。
奴等にもそれが分かっているようで、結界を後退させた。
しかしそれでもここまでだ。
準備は整った。
配下に密かに命じ構築させていた
「「「“壊滅せよ”」」」
破滅の魔法とすら称される集団儀式魔法。
一撃で都市を壊滅に追いやる黒き滅びの太陽。
人の手では発動不可能とされる神代の遺物。
だが我らは魔族。
神話に語られる破滅も再現出来る。
この魔法で滅べる事を光栄に思うが良い。
漆黒の太陽が地上に落とされる。
そして暗き太陽は一転、激しい光に変わった。
これで終わりだ。
しかし光が晴れると、そこには変わらず勇者軍の姿があった。
それだけでなく結界も街も原型を留めている。
と言うよりも、発動前と殆ど変わらない。
それどころか焼かれた我が配下、集団儀式魔法を発動した魔族達が焼かれ地上に落下して逝く。
一体、何が起きた!?
見れば勇者軍も驚いている様子。
何が起きたのだ!?
神代の街一つを一撃で消し去る集団儀式魔法だぞ!?
まさか、発動、いや制御に失敗したのか?
術式の解析復元は完璧であった。
となると発動出来なかったのでは無く、発動後制御に失敗したと見るのが妥当だ。
発動した時点で気でも抜いたのだろう。
不甲斐ない奴等め。やはり、我が臣下はアッシュールの民以外にいはしない。
まあ良い。
魔王軍四天王として最後は魔族の手でとどめを刺し、魔王軍の脅威を世界に刻んでやろうと思っていたが、使えぬ魔族が散ったところで問題ない。
我が直々に手を下すとしよう。
『征けイフリート、アッシュールの武威をもって制圧せよ』
イフリートにとどめを刺すように命じ、龍脈より膨大な魔力を注ぎ込む。
するとイフリートは激しく燃え上がり、存在しているだけで周囲を融かす正しく最強の兵器としての姿を表す。
先程とは比べ物に圧倒的な存在感、かつて神代に存在した龍にも劣らぬ存在感を発揮した。
天地を真の意味で揺るがす強大な武威が振り下ろされる。
しかしそこで見た。
転移門から拳の下に割って入る仮面の姿の命知らずを。
無駄な事を。一秒たりとも稼げはしないというのに。
地が砕け、天を貫くような爆炎が吹き荒れる。
しかし我は見た。
イフリートの拳が結界に当たる前に爆炎を放ったのを。
そして拳が仮面に止められた事により爆炎が放たれたのを。
そこからはスローモーションのようにゆっくりと見えた。
仮面の結界は破れないまま転移門へ弾き飛ばされた姿を。
そしてイフリートが拡散した爆炎の影響で吹き飛ばされるのを。
……ば、馬鹿な。
個人でイフリートの一撃を、龍の一撃に匹敵する力を受け止めた、だと……。
目の前で起きた事が到底信じられない。
しかし呆けている暇は無かった。
勇者軍が転移門の展開に成功し退避を開始していたからだ。
「あれを耐えるばかりか我が前から逃がすとは称賛に値する。見事だ。褒美に我自ら滅びを与えてやろう」
何とか平静を保ちつつ、自ら動く。
もはや我が何とかするしか無い。
我らが目指すは人類の滅亡。
真にそれを目指すのなら、最後は神々本体とぶつかる事になる。
神々は魔王軍に人類が窮地に立たされても滅多に地上に姿を現さない。大聖女の身に降りたように、信者の肉体と言う限度がある降臨が精々だ。
大地の神が滅べば大地から力は失われ、海の神が滅べば海から力が失われるのだから当然だ。百万の命を助ける為に、後に控える一億の命を捨てる訳にはいかない。
神にもよるが、信仰対象で有り人で言うところの肉体に当たるものは、神が滅べば共に滅びる。
特定の聖遺物が有る、信仰対象が限定された神々であっても、連鎖的に信仰対象に近いものに影響を与える可能性が高い。
神が滅べば世界から力が喪われるのだ。
加えて降臨するだけで滅びのリスクが有る。
神々とは魂のような存在だ。
加えてエネルギーは強大なものほど拡散しやすい。
肉体と言う杭がなければ神々は地上に降り立つだけで消耗する。そして神をすべて降ろせる様な器など存在しない。
しかし、人類が真に滅ぶ様な事態になれば、神々は自らの降臨も躊躇しないだろう。
先の千年も考える余裕も無い事態になれば、確実に地上に降臨し我らと交戦する事になる。
故に今回の龍脈掌握と魔力収奪は神々に対する戦力の確保でもあった。
魔術にも武器にも魔力が必要だ。
しかしそうも言っていられない。
最も大きな不確定要素、勇者の排除こそが最優先。
直ちに魔力を吸い尽くした闇を回収する。
「光栄に思うが良い。“死滅の雷”」
出し惜しみはしない。
次話は明日投稿します。




