英雄1 人類の恩人
英雄1とありますが後半は勇者視点です。
何千年年もの間、人類の象徴だった大都市は遂に陥落しました。
人類の守護者であった筈の燃え盛る黄金の巨人と、恐ろしき死の化身率いる魔王軍によって。
頼もしかった城壁はもう有りません。
堅牢な城塞は闇に打ち砕かれました。
美しかった鐘楼や神殿も有りません。
育んだ文化と歴史は炎に沈みました。
人々はそれでも絶望せずに戦いました。
戦いとは無縁だった筈の勇者様と王子様が光の剣を携え、人々に希望の道を切り開きました。
それに時の賢者様や大聖女様、勇敢なる戦士達が続き勇敢に挑みました。
しかし勇者様の軍勢は魔王軍の前に次々と倒れていきます。
やがて辺りは恐ろしい闇に包まれ、人々は街の中心部へと追いやられ包囲されました。
逃げ場は無く、大聖女様の守りだけが頼りです。
空に十三体の終焉の使者が現れました。
空を不気味に舞う十三体の悪の化身たる使者は、破滅の太陽をこの世に顕現させました。
それは終焉の光、照らされた街は燃え盛る赤き川へと変貌していきます。
抗う術はありませんでした。
破滅の太陽は人々を滅ぼさんと落ちてきます。
誰もが終わりを覚悟しました。
辺りは激しい光に呑み込ます。
誰もが終わったと確信しました。
ですが終わりではありませんでした。
私は光の中に英雄を見ました。
―――【フィナウィーレ書】序文より―――
光の中に英雄を見た。
仮面を被り黒のローブにマントと言った素性の一切分からない姿。
しかし紛れもない英雄だと、何故か確信した。
激しい光が収まる。
あれは幻覚だったのだろうか?
英雄の姿はもうどこにも無い。
しかし確かな事があった。
俺達は全員生きている。
奇跡が起こっていた。
いや、そもそもあの破滅の太陽こそが幻覚だったのだろうか?
それは違う。
あの英雄の姿を見た場所までが消失に近い被害を受けている。
破滅を呼び出した筈の魔族すらも、攻撃の余波か相当な被害を被っていた。
奇跡は起こったのだ。
きっとあの英雄が成し遂げたのだ。
その姿は今やどこにも無い。
英雄がその身を犠牲にして俺達を守ったのだ。
こうしている場合では無い。
英雄の想いを無駄にしない為に俺達は生き残らなければまならない。
しかし破滅の危機はこれで終わりでは無かった。
今度は闇が紅く照らされた。
魔力の波動だけで膨大な熱量を感じる。
イフリートだ。
イフリートが激しい炎を噴き上げている。
今までよりも遥かに激しい。
エネルギーならあの破滅の太陽にも勝るとも劣らない。
止めなくては!!
確実に結界が破られる!!
もうあの英雄はいない。
名前すら名乗らずに命を賭けて俺達を助けてくれた!!
英雄に恥じないよう、一人でも多くの人を逃すんだ!!
「うぐっ……」
しかし身体は言う事を聞かない。
光剣の使い過ぎだ。
見れば他の人達も膝をつく人が多い。
さっきの防御魔法のせいだ。
皆、咄嗟に本来詠唱が無ければ使えないような最大級の防御を使ったのだろう。
結界内で回復出来ると言ってもそれには当然時間が必要だ。
間に合わない!!
目の前で噴火が起きたかのような爆発が起きる。
しかしそれは結界を破らなかった。
結界の前で激しい爆炎は止まる。
その時俺は再び見た。
爆炎の中に人影を。
あの英雄の姿を。
あの人は生きていた!
それでも相当ダメージを負っている筈なのに!
またその身を投げ出して俺達を!!
爆炎が収まる頃、あの人の姿はどこにも無かった。
あれだけの威力をたった一人で受け止めたのだ。
姿が見えないと言うのはそういう事だろう……。
しかしあの人は今度こそ真に奇跡を遺してくれた。
イフリートは自分の爆炎で遠く吹き飛ばされていた。
魔族も未だダメージを負ったまま。
撤退するチャンスが生まれた。
「転移門、開通しました!」
「今なら行けます!」
「勇者様方! 直ちに退避を!」
そして転移魔法は間に合った。
あの絶望の中も最後まで諦めず転移魔法を構築してくれていたらしい。
最優先は俺達のようだ。
だがそんな訳にはいかない。
皆に視線を送ると、幸い頷いてくれた。
「そんな訳にはいきません! まずは戦う力のない方から!」
「そうです! 小さい子達がいます! あの子達から避難させてください!」
「しかし! 勇者様が唯一の希望なのです!」
「争っている暇はありません! 早く!」
「そうだ。争っている暇は無い。ここは勇者様の言葉に従え」
オルゴンさんの一言で戦う力の無い人から速やかに退避が始まる。
魔法陣の上に乗れば姿が消え、光の門をくくれば後ろから姿を現す事なく薄っすらと映る風景の中に移動してゆく。
転移法に統一性が無いが、それはきっと転移魔法が希少なのだろう。おそらく数が用意出来ないのだ。
だが幸いどの転移方式もタイムラグは存在しないらしく、完全に術の範囲内に入った側から転移され迅速に避難が進んで行く。
しかしやはり魔王軍も黙ってはいない。
「あれを耐えるばかりか我が前から逃がすとは称賛に値する。見事だ。褒美に我自ら滅びを与えてやろう」
いつの間にか魔族達の中に魔王軍四天王バールガンがいた。
闇がバールガンに吸収されてゆく。
同時にバールガンから可視化される程の魔力が溢れ出してくる。
「光栄に思うが良い。“死滅の雷”」
恐ろしい魔力は再び闇の様な形、いや濃縮された闇の様な形を取り放たれる。
その力は破滅の太陽やイフリートと比べても勝るとも劣らない。今の俺達に止める事など不可能だ。
しかしだからと言って諦める訳にはいかない。
あの英雄の様に、身を投げ出してでも、一人でも多くの人を最後まで救ってみせる。
光剣を絞り出して黒雷に当てる。
容易く呑み込まれるが構わない。
一秒、その十分の一でも稼げればそれで良い。
誰もが全てを絞り出して時間を稼ぐ。
もう無駄な抵抗ではない。
あの英雄のおかげで転移門を、未来を繋げた。
僅かでも時間を稼げればそれだけ多くの人が助かる。
俺にあの黒雷を止める力は無い。
それでも今なら、誰かを救う事が出来る!!
時間がゆっくり流れる様に感じる。
黒雷はもう目の前だ。
俺は、誰かを救う事ができただろうか。
きっと勇者には成れなかった。
期待には応えられなかった。
後悔ばかりが浮かぶ。
それでも隣でこちらに優しく微笑むミアさんを見た。
同じく微笑む学園の皆、勇者軍の皆さん。
自然と俺達も同じ表情になってゆく。
幸い、子供達は全員逃がす事に成功した。
足り無くとも全力を、それ以上を尽くす事は出来た。
次に繋げる事は出来た。
最後は、繋げた希望を信じよう。
だがそれは終わりでは無かった。
黒雷が弾ける。
そこにはあの英雄の姿。
また英雄は現れてくれた。
やはりあまりの威力に英雄は元から居なかったかのようにすぐに消えてしまう。
今回は現れるのが遅かった。動くのもやっとなのだ。それでもまた自分を犠牲にしてくれた。
また、奇跡を与えてくれた。
「“黒槍”」
しかし今回のバールガンは無傷。
防がれ驚いた様子ではあるが、間髪入れずに二撃目を放った。
これに対して英雄が即座に現れ、爆発に呑まれると即座に消えた。
もはや驚くしかない。
奇跡だ。現実かどうかも実感が無い。
生きていた安堵、また消えた喪失感、感謝、憧憬、心配、期待、喜び、悲しみ、あらゆる感情が入り乱れる。
だが驚いている暇は無い。
バールガンを何とかせねば。
この命が尽きるまで、時間を稼いで見せる。
歯を食いしばりながら何とか一本の光剣を生成する。
しかし剣を交えるよりも前に、更なる奇跡が起きた。
「“ディバインスラッシュ”!!」
「なっ!?」
天使が降り立った。
光を纏い背には光の翼。
そんな天使の斬撃でバールガンは遠方へ叩き落される。
「遅れて申し訳ありません! この都市を包んでいた闇に阻まれておりました。ここは私に任せて避難を!」
「貴方はもしや【天翼の聖者】ミカエリアス殿!?」
「はい、ミカエリアスと申します。ご挨拶は後ほど」
そして援軍に現れたミカエリアスさんは一人バールガンに向かう。
「総員撤退を急げ! これが最後のチャンスだ!」
遂には俺達まで避難の順番が回って来る。
「次は勇者様方です!」
「後は我々勇者軍に任せてお早く退避を!」
「皆さん、また会いましょう! 先に行ってます!」
クラスメイトと学園の人達が次々と転移門を潜る。
万が一の場合を考えて行き先はバラバラだ。
しかし別れを惜しむ暇など無い。
そんな時、上空に莫大な魔力が渦巻いた。
魔族だ。
自らの攻撃の余波でダメージを負っていた魔族に加え、バールガンを除く全ての魔族が円陣を画き今までに無い大魔法を構築していた。
発動段階で激しいスパークが発生し、ダメージを受ける魔族まで存在する程に強大だ。
今度こそ終わりだ。
しかしそれはこちらに放たれる事も無かった。
いや、放たれる直前。
再び英雄が現れた。
そして特大の大爆発を起こす。
まるで太陽に居るかのように辺り一帯が照らされる。
凄まじい爆発で、結界が大きく揺らぐ。
驚くべき事に、これは魔族が構築していた大魔法によるものでは無い。
英雄に防がれた余波だ。
しかし大きく威力を削がれた筈のそれは、結界を崩壊寸前まで追い込んだ。
爆発の跡には、魔族すらも残っていなかった。
英雄は俺達を守るのみならずバールガン以外の魔王軍すらも壊滅に追い込んだのだ。
あの魔王軍を。
この街を壊滅に追いやった魔王軍を。
奇跡だ。
きっとあの英雄すらも思い描いていなかった奇跡だ。
英雄は奇跡を起こしてくれた。
俺は生涯その姿を忘れない。
その背中を、永遠に忘れない。
あれこそが英雄だ。
あの背中は、あの勇姿は俺達と引き換えに永遠に喪われてしまった。
魔族と共に永遠に姿を消した。
それでも俺達の中には永遠に刻まれ続ける。
あの英雄が居なくなってもこの世から英雄は消えはしない。この胸に刻まれているのだから。
必ず英雄になってみせる。あの背中に追いついてみせる。
この希望を、絶やさせはしない。
そう誓い俺は転移門に足を踏み入れた。
本話で本作百話目を迎えました。
ここまでお付き合い頂き、本当にありがとうございます。
これからもどうかよろしくお願い致します。
記念に何か特別な話でも作ろうかと思いましたが、現段階では具体的な計画は未定です。
次話はとりあえずこのまま続けます。次話は死王1になります。




