第1刻:京%《ケイパーセント》の不幸なり
――紅智京。
高校2年生にして、不幸が自慢の友達がいない生徒会役員。部活動は美術部(絵の上手さは平凡以上非凡未満)。
生徒会の雑務も終わり、解散し、生徒会室のドアを開くと、開口一番駆け寄ってくる美少女一名。
「京、生徒会終わった~? 帰ろ~?」
「いや、これから部活だからな!? サボらせる気か! 綾黒」
友達はいないが悪友ならわんさかいる。目の前にいる、こいつ、綾黒瑠璃はその一人だ。
黒髪ロングにスラッと高い背丈、スタイルも抜群。顔立ちも整っていて取り敢えず美少女だ。
「そっかぁ~、残念だなぁ。でも、元気な顔が見られて良かった」
「ってな訳で、じゃあな」
「はいはい~、またね~」
俺がそそくさと立ち去ろうとすると、綾黒はわざわざ大袈裟なほどに手を振ってきていた。
わざわざ振り返るあたり、自分が律儀だと思うことはあるのだが、どうだろうか。
何ガ悪友、コレ、リア充生活、爆発シロ。
とか思った奴は前に出てこい。今からあいつの恐ろしさを教えてやる。
俺は何人か廊下に正座させてようやく綾黒の恐ろしさを語り始めた。
――綾黒瑠璃。
スリーサイズ88/55/87(うちの高校で超高値で裏取引されている情報をとある悪友から何度も無理矢理聞かされて覚えてしまった情報)。
それこそ絶世の美女かの如く容姿端麗。さらに頭脳明晰運動神経抜群。そして何よりも細やかな気配りも出来て、多くのジャンルで世間話が通じる。
ここまでの完璧才女は高校生ながらにしてどころじゃなくて全くいない。
これも悪友情報だが、毎日、放課後にはうちの高校の男子どもからの告白が絶えないらしいが、今のところ全員フラれてるとのことだ。
生徒会雑務は基本的に5時まで続くのだが、綾黒がそんな時間まで俺を待ってたのはこれで納得できるはずだ。
とまぁ、これが大抵の奴ができるあいつの紹介。
中途半端で悪いが、次は俺のより具体的な自己紹介をさせてもらおう。
――紅智京。
運動神経からっきし、勉強はまぁまぁできる方。
前述の通りぼっちなのだが、その理由は結論から言えば、『人を信頼し切れない』からである。
中学の頃、小規模とは言え、いじめられていた経験をもつ。その癖して周囲は平気な顔して俺に関わりやがった。
もちろん、周囲からの歩みよりなのだと、理解することはできる、が、納得できないのが俺である。
この時、『誰もに裏がある』と学習した。それが俺の人間不信の始まりだった。
今ではかなり緩和されてこそいれど、誰かが何かする度に『裏があるのでは?』と反射的に疑ってしまうのである。
では、綾黒瑠璃の自己紹介に戻ろう。
どうして途中で俺の自己紹介を挟んだのか、それは話を聞いていれば分かるはずだ。
俺が最初に綾黒に出会ったのは、1年の時だ。
綾黒はいつも日直の代わりに黒板を消したり、先生の授業道具を運ぶのを積極的に手伝っていた。俺はこういう風に行動で信頼を示してくれる奴が好きなタイプだったので、簡単に惚れた。
それからどんどんと信頼を積み重ねていく綾黒への好感度が上がっていく、ということが一切なかった。
何故かというと、奴は完璧過ぎて、逆に怪しいと踏んでしまった俺の心理が原因だった。
一度、疑ってしまえばどうしても疑念が晴れないのは俺の癖だった。
そのせいで知ってしまったのだ。彼女のとんでもない二つの秘密を。
まず一つ目は綾黒には好きな人がいて、それが自分だったということで、それはガールズトークで小耳に挟んで絶句した。
その時はまだ綾黒のことが好きだったので、二人きりになれるチャンスを待って、告白のタイミングを見計らっていたのだ。
放課後、綾黒はいつものように校舎裏へ。
俺も本人にバレないようにコソコソとついてゆく。
綾黒は一人の時、独り言をこぼす癖があった。
当時の彼女の独り言がこれだ。
「毎日毎日意味のない告白を受けては断るのも面倒くさいなぁ。早く紅智に告白しちゃおうかな。この分の人気だと紅智も私のことが好きなはずだよね!」
当時であれば、感激の一言だったに違いない。胸に嬉しさが込み上げた。
これからの恋愛模様にだって思いを馳せていた。毎日放課後には手を繋いで帰り、たくさんデートして、たくさん隠れて一人でバイトして指輪を買うための資金を稼ぐ。
何とかして友人を作り、リア充生活を謳歌してることを自慢し、友人の悔しそうな顔をだしに日々を楽しく生きる。
そしてプロポーズして念願の結婚でお互い愛を誓うキスをするのだと、それこそ小学生レベルの妄想なくらいだった。
だが、綾黒の独り言に続きがあったのがいけなかった。
「もし、付き合えたら、放課後に手を繋いでいい雰囲気で帰って、休みの日にはたくさんデートして、空いた時間は未来の旦那のために家事に磨きをかけておくんだろうなぁ。
そして念願の彼からのプロポーズ。高価でも安物でも彼からの気持ちが籠った指輪を薬指にはめて、いよいよ結婚式で愛を誓うキスをする。あぁ、最高の未来」
別にここまではいい。当時の俺と想像がだいぶ被っていたこともそうだが、そこまで想ってくれていることが何よりも嬉しかった。
健気な嫁のためにもちゃんと高価で気持ちの籠った指輪を買ってあげないと、と張り切っていたくらいだ。
そしてここからが今の俺が何よりも知りたくなかった綾黒の二つ目の秘密だ。
次の瞬間、俺は綾黒に幻滅することになる。
「結婚の後は、お互い仕事を頑張って、協力して家事をして、ある程度その生活に慣れたら『夜の営み』ね」
というか、この瞬間から幻滅は始まっていた。『夜の営み』とか生々しすぎるし、そういうのは個人的には嫌いの部類だったのだ。
それでも、未来の愛のためにここは我慢していたのだが、綾黒の独り言は止まらない。
「紅智は何だか純情そうだし、◯◯◯にも欲情しなさそうだけど、私との◯◯◯◯に夢中になるくらいしてあげなきゃっ 紅智の◯◯◯、どんな味がするかなぁっ 紅智が私の◯◯◯を◯◯◯してくれたら私の理性どうなっちゃうんだろっ 紅智との子どもはどんな子が生まれてきてくれるのかなぁっ 『ママ、大好き』とか子どもが言うと愛情表現なのにやきもちしてくれたら嬉しいなぁっ 紅智だからからかいがいもありそうっ そう思うと紅智って本当に私の理想っ 乙女のS心を絶妙にくすぐるなぁっ 持ち前の◯◯◯をからかうときに使ったり、言葉でからかったり、抱きつかせて死なない程度に首をしめたらやっきになって抵抗しそうっ やっきに抵抗する紅智、可愛いだろうなぁっ でも、こんな本性は学校じゃあ隠してるのに受け入れてくれるかなぁっ でも、私が紅智を想うように紅智も私を想ってくれるなら、この程度で私たちの永遠の愛は覚めないよねっ 紅智っ でも、もし死んじゃう時は一緒に死のうね そうすればあの世でもず~ぅっと一緒にいられるね」
ゾワッとした。想いは完璧に覚めた。
むしろドン引きだよ。完璧才女がここまで取り返しのつかない変態野郎だったとは。
こうして、俺の高校で初めての初恋は最悪な形で幕を下ろし、緩和されていたはずの人間不信を煽り、友達作りに関心が出せなくなってしまったのであった。
廊下に正座させていた何人かを解散させ、俺は美術室へと向かった。
ここは美術室。生徒会室からすぐの場所にあり、移動が楽でとてもいい。
未来学園の美術部はたったの6人。更に俺は美術部内で唯一の生徒会役員なので、無理矢理気味に副部長なのだが、美術部は気に入っている。
なぜなら部員各々が自らの空間を作って一人で集中する時間はとてもいい空間と言えるだろうから。
ちなみに、話は戻るが綾黒は生徒会の雑務が終わる度に現れる。大した変態野郎根性だと思う。
どれだけ変態野郎だろうが一応は本物の好意を寄せてくれているし、性質はともかく大した根性を持ってる人を嫌いにはなれない。
それに、何だかんだ悪友とは言え悪友なので、できれば悲しんでほしくもない。
さてと、あの面倒くさい変態野郎をどう振ってやろうかな、と思いながら口もとを緩めて今日は作品に没頭するのだった。