カブトムシ
「カブトムシ!!」
アンニュイな雰囲気漂う午後の授業は、突如響き渡った俺の声でぶち壊された。
「・・・・・!?」
国語の先生と周りの奴らが唖然とした顔で俺を見ている。
俺は快感で膝をガタガタと震わせつつ、今度は
「おしっこ社長!今夜の帝国ホテルでのス〇トロ会食、楽しみですなぁ!」
と恍惚とした顔つきで叫び、窓辺へヨロヨロと歩み寄っていった。
「ど、どうした!?具合でも悪いのか田中!」
先生が俺に近づいてきた。
「触るな糞垂れ公務員、税金ドロボー! てめぇ、誰の与えた金で糞を捻り出せてる? 俺の親だろうが! てめぇの捻り出した糞は俺の父ちゃんの金でできてんだよ。つまりなぁ、俺の糞と同じだ。俺たちゃ、糞兄弟さ!
さぁ、――――」
俺はそう言って、左手で窓を開けつつ先生に右手を差し出した。
「――――ここに糞しな!」
教室はシンと静まり返っている。凍ったように誰も口を開かない。
瞬きの音がしそうなぐらいの静寂。
すると、教師としての職務を思い出した先生がおずおずと口を開いた。
「お、お前具合が悪いんだ。ちょっと、休もう。なっ、田中?」
「俺は森本だよ糞兄弟! まアいい、兄弟のよしみで許してやらぁ。その代わり、そうだな――――」
俺は教室を見渡す。
クラスメイトはみんな下を向いていた。
(ああ、こいつらみんな俺を恐れてるんだ!)
そう思ったら下半身が熱を帯びて、前にぶら下がったモノが硬く怒張する。
俺はクラスのマドンナ、会川さんを指差した。
「・・・・お前の机」
「えっ、何っ?」
声を上ずらせた会川さんの瞳には確かな恐怖の色が見てとれた。
俺はニヤリと笑ってから、ツカツカと会川さんのもとへ歩いていき、もう一度、今度は大きな声で叫んだ。
「お前の机でウンコさせろ! 腐れウジ虫女めが! はっはっはははははは!!」
ベルトを緩めパンツ一枚になった俺は、脱いだズボンを会川さんの頭からすっぽり被せた。
「・・・・や、やめてよ」
弱々しい涙声で、会川さん、もとい腐れウジ虫の牝は俺に訴えてくる。
嗜虐心がそそられた俺はベルトで力一杯ウジ虫の机を弾いた。
「ひっ・・・・」
俺のズボンの中でウジ虫が小さく悲鳴をあげる。
「なぁ、ウジ虫。人間名は会川だっけか。これからお前の机にウンコするんだけど、なんか言うことある?」
俺は努めて優しく、さながら死刑台に立った死刑囚に今際の言葉を尋ねる執行官のように、会川に言った。
「や、やめてよ。こんな・・・・こと、北島くん・・・・」
「ああそうか・・・・」
俺はため息を吐いて呟いた。
(もういいや、こいつ、ぶち殺そう)
そんなことを思い、手に持ったベルトを力強く握りしめた。
「止めろ東田!! こんなことが許されると思っているのか!?」
離れたところから先生が怒鳴る。
「俺は、森本だっていってんのによぉ!」
俺はもう一度、力一杯机にベルトを叩きつけた。
なぜだか、今度はベルトを持つ手が少し痛かった。
「・・・・何なんだよもう・・・・この社会おかしいよ! おかしいおかしいおかしい! 俺だって楽しく過ごしたかったんだぜ? だのに、みんな俺を、俺を・・・・ああ、辛いなぁ!」
俺は涙を流して開いた窓へと走り出した。
みんなはまだ下を向いている。
誰も顔をあげないで、黙ったまま。
(こんなところ、もう沢山だ! 糞虫どもの掃き溜めには!)
背後で何か言ってる先生を無視して、きつく目を閉じて、俺は開いた窓の外へ飛び出した。
「――――おさらば、糞現実!」
風を切る音、空に落ちる感覚、ふわっと体が浮く感覚。
バサッ、バタバタ。
「――――えっ?」
気づけば俺は空を飛んでいた。
薄茶色の羽を巧みに使ってバタバタと。
「あは・・・あっははははは! 飛んでる! 飛んでるよ俺!」
それは、夏の光を黒く反射するカブトムシのように。