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誘拐犯

作者: 紅葉 くれは

2015.11.15


食べ物が腐ったような匂いが夜の裏路地の空気中に漂っている。ゴミ袋でできた山の上の街灯がかすかに闇を照らしている。チカ、チカ……と点いたり消えたりの繰り返し。


俺は警戒して周りを見渡した。遠くの方まで広がる暗闇に、頭の上の灯火は夜の裏路地の不気味さを際立たせるばかりだ。


視野の隅っこで動く人影に気を引かれる。きたねーガキだ。


衣服の布は薄く、所々が破れている。湿った空気が冷たい冬風を掻き起こす。寒さのせいか、縮こまっているガキの体は震えていた。


「おい、小僧、いいところに連れて行ってやんよ。」俺はガキにこう言った。


━━聞き覚えのあるセリフ。あれは何十年か前のことだった。


同じように遠くまで広がる暗闇、真上で微かに灯る街灯、空気中に漂う嫌な臭い。同じように震えているガキ。同じように見知らぬおじさんに誘われている自分がいた。


「おい、小僧、いいところに連れて行ってやんよ。」俺はおじさんについて行った。理由は至って簡単だった。嬉しかったからだ。誰にも相手にされず、みんなから、この腐った町から嫌われている俺に、構ってくれた、そんな優しいおじさんだったから。


だがまさにその「優しい」おじさんが俺を、町の人に殴られる日々から、もっと暗く、恐怖に満ち溢れている世界に突き落としたんだ━━俺は再び周囲を見渡し、ガキの手を掴んだ。あのおじさんみたいに、なるべく優しい手つきで。苦味が口の中で広がった。わかっている、それは罪悪感にほかならない。



「おじさん、いいところに連れて行ってくれるの?」この腐った世界の中で、まだ微かに希望を抱いている澄んだ瞳がまっすぐと俺の方へ向いた。


「あったりめえーだろ?」胸がチクチク痛む。


「でもな、その前に……」━━また思い出す、何十年か前に、おじさんが俺を真っ暗な部屋に閉じ込め、何も知らない俺にこう囁いだ、「すぐ終わるからね。」おじさんの声はなぜか少し震えていた。だが俺はすぐに気づいた、それは終わりではなく、地獄の始まりだということに。なぜなら、その後、おじさんに無理やり椅子に座らせ、縛られた俺の口から出たのは止むことのない、心臓を切り開かれるような叫び声だったからだ。血まみれの手、床に転がる爪。でもそれは単なる警告に過ぎなかった、そこから始まる地獄のような生活から逃げることは許されないという警告。


「優しい」おじさんは悪魔に変わった。俺に泥棒をさせたり、気が済むまで殴ったり━━思わず手の中の小さくて柔らかい手を少し握り締めた。胸がゾワゾワ騒ぎ出す、神経が狂っちゃいそうだ。俺はもう片方の手を挙げた。指先には濃い茶色の痕跡だらけだった。今はもはや俺があのおじさんになっている。あの恐ろしくて、憎いおじさんに……だがなんでだ?なんでこうなったんだ?



「おじさん?」いつの間にか、俺の足は止まっていた。


「ねえーおじさん?僕をいいところに連れて行ってくれるんじゃないの?」無邪気な声、ますます胸元を締め付ける。


俺はしゃがみこんだ、ガキの頭を撫でながら、こう言った。


「悪い、小僧、ちょっと用事を思い出してよ。また今度な!」



ガキは笑った、今までにない幸せそうな顔で微笑んでくれた━━いや、俺の勘違いか。


ガキは去った、暗闇から去って行った、俺からも。


ゴミだらけの裏路地に座り込み、真上で微かに点っている街灯を見つめる。



俺は誘拐犯につれ去られ、誘拐犯になった。そのはずだった。


ふと思い出す。「優しい」おじさんのシャツの左側のポケットの中に、古い写真が入っていた━━幸せそうに微笑んでいるおじさんと娘らしい女の子が写っていた。


もしかしたら、俺らはただ救われたかっただけなのかもしれない、ただただ誰かに、真上にある灯火が微かに照らす小さな、暖かい世界に連れて行って欲しかっただけなのかもしれない。


思わず苦笑いした自分の頬を沿って、涙が口の中に流れ込んだ。その涙は、切ないぐらい甘かった。

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