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サラフィー様の手の中で

暁伝外伝 彼らの出会い

作者: Lance

 領内各地の様子を探り、仔細を報告した金時草はしばらく休みを与えられた。

「ようやく終わりましたね。どうします、頭領。記念に祝い酒でも飲みに行きますか?」

 部下の年若い夜鷹が言った。

 黒装束に緑色の外套を羽織った主従は繁盛している大通りを歩いていた。

 酒か。任務の最中飲まなかったわけでも無いが、一区切りの締めには良いかもしれないな。

 そんなことを答えようとした時だった。

「ニャー、ニャー」

 何処からか猫の声が聴こえた。

 何気なく金時草が目を向けた先に人だかりができていた。

「希少な白虎の毛皮だ! 若いつがいの毛皮だぜ! さぁ、買う者はいないか!?」

 豪放な男の声がし、再び猫の声が聴こえた。

「白虎ですか。この辺にいたんですね」

 夜鷹が驚いたように言った。

 二人は人だかりの中を抜けて最前列に出た。

 狩人姿の者が二人、見事な白と黒の縞模様の毛皮を振り上げていた。

「ニャー、ニャー」

 また猫の声が聴こえた。

 見れば狩人の足元に一匹の子猫、いや、白と黒の縞模様からすれば白虎の子供だろう。それが鳴いていた。まだ目も開いていなかった。

 金時草は不意に怒りの情念が湧くのを感じたが、鎮めた。狩人が獲物をしとめて何が悪い。

「おい」

「おお、アンタ、この毛皮買う気かい?」

 狩人が尋ねて来る。その面を殴りたくなったが、金時草は尋ねた。

「この子供はどうするんだ?」

「さぁね、連れて来たは良いものの処分に困っていたところさ」

 金時草は子虎を見下ろした。

「ニャー、ニャー」

 気付けば金貨三枚を狩人達に渡していた。

「この子虎は俺が貰う。構わないな?」

「あ、ああ」

 狩人はまさかの出来事に呆けた面で応じたのだった。



 二



「どうするんです、その虎?」

 夜鷹が尋ねて来た。

「どうしようかな」

 金時草もつい義憤で買ったことを後悔し始めていた。

「とりあえず、猫に詳しい奴に訊いてみるしかないな。虎も猫も子育ては一緒だろう。……たぶんな」

「それでは、私がひとっ走り見付けて来ます」

 夜鷹は率先してそう言うと人々の中に駆け込み消えて行った。

 屋敷といっても家令もいない家だった。町の貴族街の隅に立っている。

 金時草はソファーの上に毛布を敷き子虎を置いて様子を窺った。

「ニャー、ニャー」

「腹が減ったのか? ミルクを作りたいところだが……」

「頭領、戻りました」

 玄関が開く音は聴こえていた。居間の扉が開き夜鷹が現れた。

「首尾は?」

「最近子猫を産んだ家がありまして、赤ん坊なら乳でしょう? もしかしたら上手くいくんじゃないかと」

「分かった、案内してくれ」

 子虎をタオルに包み金時草は立ち上がった。



 三



 不安も勿論あったが、どうにか上手く行った。

 母猫は自分の子供でもない、ましてや猫でもない赤子の虎を受け入れてくれた。

 その様子を家主とその家族と共に見守り一息吐いた。

 しばらくは乳が主食だ。

 金時草は金貨を五枚出して家主に言った。

「乳を必要としないまで、ここで預かってはくれないか?」

 家主は驚き、善意で、まだ知らせてないこの子虎の面倒を見ると言ったが、結局金時草は金を受け取らせた。

 それから二カ月が経ち、夜鷹が駆け付けてきた。

「頭領、例の子虎ですが、乳離れできたそうです」

「そうか」

 そうなるとこれからが面倒だな。

 子虎を預けた民家に行くと、少し大きくなった子虎が、それでもまだ小さいが、他の子猫達と戯れていた。顔は既に虎の顔になっていた。

 家主とその家族もさすがに気付かないわけがなかったが、温かく育て上げてくれていた。

「世話になったな」

 金時草は金貨を五枚差し出した。家主はまたもやなかなか金を受け取らなかったが、最後には折れてくれた。

「バイバイ、ペケさん」

 家主の小さな女の子が言った。

「ペケさん?」

「あ、いえ、すみません。名前が無かったのでうちの娘が勝手に。でもまだ二か月ですし、名前なら変えても問題は無いかと」

 家主が恐縮しきって言った。

「ペケさん」

 金時草はそう呼んで見た。

「ニャー!」

 子虎は元気いっぱいに反応した。名前と言ってもろくに思いつかない。ペケさんのままで良いか。

 こうしてペケさんを引き取り、今度は屋敷で色々と食事を試してみた。

「肉の方が食いつきが良いですね」

 夜鷹が微笑ましそうに言った。

 乾燥肉を温い牛のミルクでふやかしたものを出すと、ようやくペケさんは気に入ったようで食らい付いていた。

 それからはペケさんの成長は目覚ましいものだった。身体は大きく引き締まり、鋭い牙は生え揃い、生肉を好むようになっていた。

「どうするんです?」

 夜鷹が尋ねて来た。

 ペケさんは既に小山のような大きさだった。立派な白虎に成長していた。

 金時草はその体躯を眺めながら、自分のパートナーとしてやっていけないかと考えていた。

「しばらく留守にする。後を頼むぞ」

 金時草はそう言って、周囲を驚かせないように夜中にペケさんと共に旅立った。無論、門番達はこんな虎が城下にいたことに驚いていたが、金を握らせ、速やかに門を開けさせた。

「さて、ペケさん、俺を乗せて走れるか?」

 金時草はペケさんの背に跨って言った。

「ニャー!」

 ペケさんは駆けた。街道を一直線に思う存分駆け抜けた。

 馬より早いかもしれない。

 そしてある時は切り立った断崖に挑ませた。虎はこういうところでも足場を見付けるものだ。だが、ペケさん一人に危険な真似はさせない。金時草もその背に跨り、運命を共にした。

 思った通り、ペケさんは断崖に僅かな足場を見付けて次々跋扈し、気付けば頂上へ辿り着いていた。

 これは拾い物をしたかもしれない。

 金時草は嬉しくなり、ペケさんの頭を撫でた。

 ペケさんは賢く従順だった。金時草の教え込むことを次々こなしていった。

 顎の力が特に凄かったが、猫パンチ、いや、ペケパンチの威力も猛烈だった。一撃で人の顔を潰せるほどだろう。高速で木に抉り込まれる鋭い爪を見つつ金時草はこの白虎を自分の相棒にすることに決めた。

 夜中、王都に戻り、朝になると夜鷹が訪ねて来た。

「頭領、国王陛下がお呼びです」

「分かった」

「噛みつきませんよね?」

「頼んでみようか?」

「やめてください」

 金時草は王城へ足を運んだ。

 黒装束に緑色の外套を羽織っている。また右目には眼帯に似た自作の矢の命中力が上がる照準器をつけている。

「陛下、お呼びでしょうか?」

「おお、十六代目、来たか」

 王は三十代前半だ。年が近く何かと馬が合った。

 用件はこうだった。あの英雄バルバトス・ノヴァー一行が闇の国へ使者へと赴いたのだが、道中不安が予測されるため後を追って同道して欲しいとのことだった。

 朝を過ぎた町は驚きに包まれていた。

 何せ大きな白い虎を引き連れた男が大通りを歩いているからだ。

 本当はここからペケさんに乗って駆けたい気分だった。

 それを察知したのか。ペケさんは恐ろしい咆哮を上げた。

 人々が慌てて道を譲る。

「賢いな、ペケさんは」

 本当は騎馬の衛兵隊も合流するはずだったが、集まりに時間が掛かっていて待っていられなかった。

「先に行くぞ」

 ペケさんの背に乗ると、白虎は駆け出した。

 そして程なくして前方で戦が展開されている様子が見えた。

 ペケさんを駆けさせながら弓に矢を番える。

「ペケさん叫べ!」

 注意をこちらへ逸らす為、金時草が命じるとペケさんは咆哮を上げた。

 相手は暗殺者ギルドの手練れのようだった。

 素早く矢を五連射する。矢は全て敵を射た。

「お前達、陛下の憂う心に感謝するんだな」

「お前は敵か味方か!?」

 金時草が合流すると、小耳に挟んでいたその様子からアカツキ将軍と思われる血塗れの人物が尋ねて来た。

「安心しろ、味方だ。名は……十六代目金時草と言う。行くぞ、ぺケさん!」

 白虎は咆哮を上げて刺客達の間に飛び込んで行った。

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