不死なる少年
パソコンに眠っていたものを改造して投稿してみました。
楽しんで頂ければ幸いです。
「…………ん」
パチリ、と唐突に、岩の橋の下に流れ着いていた十五歳ほどの少年は体を起こす。そして年の感情も持ち合わせていない目で自分の体を見下ろし、冷静に〝今回〟はどこが破損しているのかを見る。
結果わかったのは肋骨が3本、右腕と左足が複雑骨折を起こしていることと、先ほどから視界が安定していないことからどうやら片目も潰れているらしいということだった。極め付けには背中から胸にかけて鉄パイプがその小さな体を貫いている。明らかに肺も貫通していた。
それらを見て少年が心底面倒臭そうにため息をつくと、意識が覚醒したことにより脳から命令が出され、全身に異変が起こった。なんとパキパキと音を立てながら破損した箇所がみるみるうちに修復されていくのだ。
もう何度となく見た異常な現象に特に感慨を覚えることもなく、一番早く治った右腕の調子を確かめ自分の胸に生えている鉄パイプを思い切り引き抜いた。当然抜いた先から大量の出血をして川を赤く染めていくが、そんな大傷ですらもすぐに修復されていく。もし誰かがこの光景を見れば、きっと化け物と罵り石を投げるのだろう。まあ、どんなに投げつけられても意味はないのだが。
そんなことを漠然と考えながら待っていると、数分ほどで全身の傷が完全に修復された。それを確認してから足に力を入れ立ち上がり、川から上がるとボロボロで穴だらけ、加えて血まみれのシャツを脱ぎ川の水で洗い始める。そんな彼の露わになった上半身には、まるで先ほどのことが嘘のように綺麗な状態だった。
しばらくゆすいで、やがて大体の汚れが落ちると絞ってそのまま着る。そして近くにたまたまあった朽ちかけている木箱の山の上に座ると、服が乾くのを待ちながら鼻歌をうたいだすのだった。
今更だが、この少年は極めて異常な存在である。先のまるで冗談のような治癒速度もそうであるし、自分が致死性の怪我を負っているのに意に返さない精神性も。ではこの人間の姿をした何かを誰かに一体なんなのかと聞かれれば、ただ「人間」だと答えるだろう。だってそれが真実なのだから。
この少年は、生まれつきとある病気にかかっていた。呪いとでもいうべきその症状は、全身の細胞の異常活性化。遺伝子が突然変異を起こし生まれたこの病気は、彼の肉体年齢の幼さに対して過剰な力を与えた。
例えば細胞の再生速度。従来の人間に備えられているそれをはるかに上回り、先ほどのような致死性の傷でもほんの数分で修復してしまう。
例えば脳細胞の異常発達。同年代の子供たちに比べてはるかに速い速度で発達をした彼の頭脳は人並み外れたものとなり、彼の住まう国の修学院で修業する勉学でさえまるで引き算足し算のように吸収しあっさりと解いてしまう。
例えば神経細胞の麻痺。度重なる絶命するレベルの肉体的な損傷とそれに伴う再生は痛覚や味覚など一部の感覚を麻痺させ、彼に痛みを感じなくさせていた。
他にも数え上がればきりがないが、とにかく少年はその病気のせいで文字通りヒトデナシと成り果ててしまった。
きっかけは五歳の時。たまたまいつも通り山で薬草を取った日の帰り道、とある家の壁に立てかけてあった未加工の木材の山がバランスを崩したことにやり彼の頭部に落ち、未だ脆い首の骨を押しつぶし鋭い枝が皮膚を突き破り、絶命した・・・はずだった。
しかし血だまりに倒れる少年を見て村に唯一いる治癒術師を呼ぶ村人の目の前で、彼の肉体は最初の異常性を発揮した。
それからだ、少年のごく普通のものになるはずだった人生が大幅に狂ったのは。七歳の時、いわゆる剣と魔法の世界であり人の命の重さが比較的軽いこの世界で両親はモンスターに襲われて死に、化け物の彼を親戚たちは排斥し、どこの誰とも知れぬ連中に誘拐され人体実験のモルモットとなった。
結果的にはその人並外れた知略を駆使してそこから脱出することはできたが、異常な知能を有していた少年は世界のどこにも自分の居場所がないことを悟っていた。王国の騎士団も、王家も、血の繋がりのある人間も頼れない。
結局、少年は一人で生きていくことに決めた。
得体の知れないガキでもできる違法ギリギリの仕事をこなし、王国の領内に点在している、誰でも入れる国営の図書館を探して知識を漁る。それが終わるとその日暮らしの生活をしながらそれなりに大きな一つの王国という十歳にも満たない子供にとってはとてつもない広さの監獄の中を移動し続ける。
その中で親切な人がいなかったとは言わない。それでも、不幸の方が圧倒的に多かった。
現に今も、こうしてただちょっとぶつかっただけで冒険者と呼ばれる、一般人には粗暴と罵られることの多い者達の集団に絡まれ、路地裏に連れて行かれ、なすすべもなくなぶり殺しにされて最終的には証拠隠滅のために川に捨てられた。
だが彼の体は死ぬことを許さず、こうして怪物じみた再生力で生きながらえている。
もちろん、何度も自らで命を絶つことはした。こんなに辛い人生なのならば、いっそのことと。しかし数えきれないほどの自殺を繰り返しても死ぬことはできず、鬱々と生きているうちに生まれてから十余年の月日が流れてしまった。
まさに生き殺し、この世の地獄、生き地獄。特に面白いこともなく、それとは逆に不幸ばかりの人生。生きているだけで価値があるなんてどこかの聖協会のえらい神官様はご高説を垂れるだろうが、正直自分の人生が二束三文以下の価値すらあるかも怪しいと思っている。
「…………………」
不意に、少年は鼻歌を止める。そしてまだ乾ききっていない服ごと自分の震える体を抱きしめ、目尻に涙を貯める。こんなこと、いつまで続くのだろうか。何もない空虚な自分という人形は、どこまで苦しめばいいのだろう。誰でもいいから、そろそろ終わりにしてほしい。
例え異常発達によって賢くなろうと、結局精神は従来の十五歳の子供のもの。それなのにこのような人生、普通に考えて耐えられるわけがなかった。それでも数年間耐えたのは彼の生来の我慢強さからだろうか。
「うっ………ぐすっ」
けれど、それもそろそろ限界のようだ。嗚咽を漏らし、少年が人生で初めて泣きそうになった、その時。
「ーー君、大丈夫?」
不意に、頭上から声がかけられた。
無意識的に反応して見上げてみれば、二十代前半くらいの女性が心配そうにこちらを覗き込んでいる。彼女は見目麗しく、纏う雰囲気はまるでどこかの令嬢のようだった。実際腰に帯剣しているあたり、貴族揃いの騎士団の団員なのだろう。
「……あんたは?」
「えっとね、私はちょっとここで休憩しようかなって思って止まったんだけどね。橋の下に君がいるのが見えたからどうしたのかなって」
休憩?と首を傾げ、腰に下げている剣以外の彼女の格好を伺う。するとすぐにその言葉の意味がわかった。
よく見てみると、その女性は動くのに問題ないラフな服を着ていたのだ。おそらくジョキングか何かをしていたのだろう。額や喉元を伝う汗がそれを証明している。
「それで、なんで君はこんななところにいるのかな?迷子?それとも家出かな?あっ、あとは一人で黄昏れてるとか!」
ピッと指を立てていう女性に、よく喋る元気なニンゲンだなと内心思う。それを裏付けるかのような彼女の人懐っこい笑みは、今までほとんどの人間に蔑まれ、傷つけられてきた少年の心になぜかすんなりと入ってきた。
とはいえ、今はそんなことどうでもいい。肝心なのは彼女が一体何者で、自分がこうして人に見つかってしまったことだ。すでに帰るような場所がない以上、兵士の駐屯所にでも連れて行かれようものなら即孤児院行きである。それは何としても避けたかった。
よって、少年は嘘の仮面をかぶることにした。
「…いえ、大丈夫です。ちょっと散歩していただけなので。それじゃあ、失礼します」
「………待って」
その場を早々に去ろうとした少年の手を、女性がとっさにとって止めた。思わず立ち止まり、気だるげに、しかし不自然なほど綺麗な笑顔を貼り付けながら少年は振り向く。
「……なんですか?」
「………そんなボロボロの服を着て、散歩っていうのは流石に無理があるかなぁ?」
しまったと口の中でこぼす少年。そうだ、今の自分の格好は鉄剣やら短槍やらナイフやらなどで全身をズタズタにされ、それに伴い当然服もあちこちが破れているのだ。これで散歩など、いくらなんでもありえなさすぎる。
いつもなら侵すことのないようなミスに、少年は思わず歯噛みした。
「それにね、普通の君くらいの歳の子はそんな怖い目をしてないよ。改めて聞くね?君は一体、ここで何をしていたのかな?」
こちらを怪訝な目で見てくる女性に、何かうまい言い訳はないかとその異常な頭の中で考えを巡らせる。
けれど……少年の脳がはじき出した答えは、もうどうでもいいじゃないかというものであった。
「……別に、どうでもいいじゃないですか」
なんだか、唐突に何もかもとても面倒くさくなった少年の投げやり気味な返答に、眉を顰める女性。
「それは一体どういう意味?」
「だから、あなたにとって俺なんてどうでもいい存在じゃないかって言ったんですよ。こんな、帰るところもない、ろくな服も持ってない、名前すらないやつなんてほら、どうでもいいでしょう?」
この時のヤケクソ気味な自分の言葉を、少し後に少年は後悔することになる。
果たしてそれは自分とは正反対の自分を持っていそうな女性に嫉妬したがゆえに出た言動なのか。それは定かではないが、しかし逆に数年後の彼は、逆にこの時の自分に心から感謝した。
「……うーん。今の話を聞いたら余計に放っておくわけにはいかないなぁ」
「は?」
「とりあえず、一回私の家に行こうか!」
「え、ちょ、まっ……」
混乱する少年に構わず、元気な声でそう言いながら女性は彼を強制的に自宅へと連れていった。少年に見られないように、その顔に何かへの決意を浮かべて。
ーーそうして、少年の物語は始まりを告げる。
いつもと同じのはずの死から始まった、けれどいつもと違うその日の出会いのおかげで、この後少年は今までよりさらに波乱万丈の人生を送ることとなった。だが、それはそれまでの真っ黒な絶望の物語ではない。
これは、ほんの始まり。
不死に近い体を持つ少年の、新しい物語の断片に過ぎない。しかしその物語はまるで、世界が今までのことを少年に詫びているように感じるほど、優しさに溢れたものであると、断言しよう。
読者の皆様がたの反応で長く続けるか決めようかと思います。
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