9.呪文と魔法式、決闘の申し込み
学園の入学式から1週間ほどが経過した。
このアルメナ学園の生活にも慣れつつある。
3時間目の【理論魔法学】の授業を受け終え、現在昼休み中だ。
俺は食堂でハルゴとともに昼飯を食べている。
本当はカロナも誘いたかったのだが、あいにく彼女は人気ものだ。
彼女は人柄も良いので毎度多くのクラスメイトに囲まれて食事している。
ということでいつものようにアウトローな俺とハルゴは二人でカレーを食べている。
そして俺たちはさっきの授業のことを話題にしていた。
「理論魔法学の授業……難しかった」
「そうか」
ハルゴはぼそっとつぶやく。
ハルゴは頭をかかえている。
しかし、授業についていけないハルゴが単にアホというわけではない。
それほどに授業内容が難しいものだったのだ。
はじめて習う1年生にとってあの講義レベルはかなり高度だったよな。
ハルゴがこのようになってしまうのも十分にうなずける。
「メナなら……余裕?」
「まあな。基本的な魔法式構築の導入のお話だったからな。その辺の勉強はすでにやってたからな」
「流石」
魔法式と呪文のあいだには密接な関係がある。
【呪文】とは、魔法発動の命令を構築している【魔法式】を言葉として保存する媒体にすぎない。
つまり、魔法を構成しているのは【呪文】ではなく【魔法式】なのだ。
魔法式によって導かれた答えを呪文に変換しているというのが真理だ。
授業はそれについて論ずる内容だった。
だが、ほとんどの冒険者はこのことを知らない。
というかそれ以前に魔法式の存在すら知らない。
だからクラスメイトたちにとってあの授業は相当難解なものだったみたいだ。
みんなは魔法を発動するには魔導書に記されている呪文を思考停止で唱えればいいと思い込んでいた。
その裏にある魔法式の面倒な計算過程を知らなかったらしい。
「魔法式……あんなもの知らなかった」
「まあ普通に生活していれば気づくことなんてまずあり得ないよ。たぶん情報規制されている話だからね」
魔法式の存在は魔法学において非常に重要なことであることは言うまでもない。
いかなる魔法 (呪文)も魔法式の計算によって生成される。
計算さえできればの話になるが、その場合好きな魔法を作ることができてしまう。
もちろんそれを悪事に利用することだってできる。
おそらく国側はそれを恐れたからこの情報を教育課程として組み込まなかったのだろう。
そういう意味では魔法式を授業として取り扱うことは非常に珍しい。
王国トップのアルメナ学園でのみ教えることが許されているのだろう。
「メナは……知っていた?」
「ああ」
「おお……」
ここでは知っていたというより発見したと言うほうが正しかったかな。
たしかにほとんどの文献にはこの情報は載っていなかったし。
しかし、俺は数年前にそれを自力で発見したんだよね。
"とある精神的な理由で魔法の使えない"俺は昔から他人の発動する魔法を眺めていた。
呪文を唱えると魔法が発動する……そのプロセスをボーッと見ていたときに、呪文の内容と発動される魔法による事象とのあいだに共通点があることにふと気づいたのだ。
そこで俺は呪文の根幹をなすようなものが存在するのではないかと思い、村の図書館にある大昔の古文書を読みあさった。
そのときに魔法式というものを知った。
そしてこれを使えばあらゆる魔法を作ることができるとわかった。
それと同時に魔法の怖さをあらためて悟った。
「ま、自分で見つけたんだけどな。……とにかく困ったときはいつでも教えてやるよ。それに盾士のハルゴならさほど必要なものではないし。気にしなくていいて思うよ」
少し落ち込みぎみのハルゴの大きな手を握り、俺は励ます。
現に彼が気に病む必要などどこにもない。
別に彼は魔法士を目指すわけではないので、その辺の知識は最低限あれば問題ない。
「ありがとう」
「さあ、そんなことよりも飯だ、飯。4時間目は実戦闘学だ。体を動かすしちゃんと体力をつけてからごごの授業にのぞまないとな」
「たしかに……がんばろ」
ハルゴは元気をとりなおした。
静かな闘志が彼の内側で燃えているのがわかった。
◆
そんな息巻くハルゴの後ろから何人かの生徒がこちらのテーブルにやってくるのがみえた。
赤服なのでそれがA~D組である上位クラスの生徒だということがわかる。
「あのー、そこどいてくれます?」
真ん中のリーダーらしき痩せ型の男子が声をかけてきた。
その顔はいやしく笑っている……まるで俺たちを軽蔑するかのように。
(ついに俺たちにも降りかかってきたか)
これは学園の風習である上位クラスからの【洗礼】だ。
校則には明確に記載されてはいないが、この学園には上位クラスの優遇がある。
これを【暗黙の優先権】と呼んでいる。
例えば、全クラス共通授業の座席は上位クラスが優先的に前に座ることができたりするのだ。
このように優先権はさまざまなところで効力を発揮するそうだ。
この食堂の座席確保の譲渡もその優先権の執行によるものだ。
これに従わないと決闘を吹っ掛けられ、ボコボコにされるとか。
入学式を終えてから今日までの間、これらのような上位クラスによる横暴な洗礼が行われる場面をたくさん見てきた。
今回それがたまたま自分達に降りかかってきただけだ。
だから俺たちはそこまで驚くことはなかった。
「あ……ど、どうぞ」
すんなりと受け入れたハルゴはオドオドした様子で彼らに席をゆずる。
ハルゴの反応に男たちはご満悦なようだ。
「ふふ、わかってるじゃないか。雑魚が!」
「下位らしくあいつらみたいに立って食べな。豚のようにな!」
「やっぱ優先権はすごいや。……ふん、貴様らのようなヘボ冒険者に座る権利などないのだよ。フハハハハ」
男たちはニヤニヤした様子で罵倒する。
一方でハルゴは拳を握って黙りこんでいる。
悔しいのに言い返すことが許されないのがつらいのだろう。
この位置から顔はよく見えないが、もしかしたら涙を流しているのかもしれない。
やれやれ。
まったく上位の連中は相変わらずひどい物言いをするもんだ。
これだから貴族色に染まったエリートどもは嫌いなんだ。
上位クラスに受からなくてよかったとさえ思ってしまう。
(ふむ、これは思った以上に不快だな)
珍しく俺は怒った。
天才の俺がこいつらにどうこう言われようがどうでもいい。
俺は彼らが俺のことを下位として不当に扱ってきてもなんら腹を立てることはない。
だがしかし、友人であるハルゴをバカにしたことだけは許せない。
きちんと言葉を訂正してもらう必要がある。
怒りに震えた俺はその場で固まった。
するとテーブルからどかない俺を見て、男は叫んだ。
「おい、お前もどけよ」
「俺はどかない!」
俺は強めの口調で反発する。
その声が食堂内に響くと同時に周囲が凍りついた。
「あいつ優先権を断ったぞ」
「マジかよ、新入生」
「従っておけばいいものを」
「なんという反抗心!」
周囲にいた青服を着た下位クラスの生徒たちは俺の振る舞いをみてさぞ驚いている。
それほどに愚かなことなのだろう。
俺の反抗的な態度をみて男どもに火がつく。
「てめえ、下位のくせに調子に乗りやがって」
「謝れ、ハルゴに謝れ!」
「はあ? 意味がわからねえ」
男たちはすっとぼける。
「どうせ言ってもわからないよな。ここは決闘で決めようじゃないか?」
「は? なんか面白いこと言い出したぜ、この下位野郎」
俺のすっとんきょうな発言に男たちは笑った。
「面白い。まさか逆に下位から決闘を申し込まれるとはな。下位のくせに上位クラスのこのボクに勝てるわけなかろう」
「それはやってみないとわからないよ?」
「なんだとゴラァ……上等だよ。受けてたってやるよ」
俺は上位のクソどもに決闘を申し込んだ。
~あとがき~
A~D組を上位クラス、上位とよんでいます。
一方でE~H組を下位クラス、下位とよんでいます。