8.入学式、後編
生徒会長のセイラ=エルメスのあいさつが終わった。
そして司会の先生が進行を進める。
「エルメス会長、素晴らしきお言葉ありがとうございます。さて、続きまして新入生の誓いの言葉です」
さあいよいよ俺の番がやってきた。
少し緊張しているのか手から汗がでていることもわかる。
「新入生代表、1年A組、ノマン=クローバ。1年A組、シホハーティ。…………!? い、1年……えっ、えっH組、メナ=ソウド君……。以上の3名は壇上へお上がりください」
H組。
司会の先生から出たその言葉に周囲から信じられんとばかりのどよめきがおこる。
左手に座る上位クラスたちの悔しさにまみれた視線が一斉にこちらに集まる。
「い、いまH組って言わなかったか!?」
「なんで最下位クラスのやつが代表なんだよ!」
「おかしいだろ!」
「下位の連中が選ばれるなんて」
一般的に1年生を代表するのは成績優秀な上位クラスの生徒である。
それなのに代表の一人として選ばれたのは、なぜか最下位クラスの生徒である俺だったのだ。
上位クラス の面々はそれに納得いかないのだろう。
カロナから聞いた話によると、この学園の生徒は貴族などのエリート育ちのものが多いということだ。
それゆえクラスなどの身分に対する意識が一段と強く、上位クラスの生徒たちは下位クラスを軽蔑することも多々あるそうな。
今、軽蔑の対象である下位クラスの俺が学術試験でトップの成績を残し、新入生代表として壇上へ上がろうとしている。
その姿を上位クラスの連中は目にしなければならない。
階級意識の強い彼らからするとこれほど屈辱的なことはない。
そんな彼らに「へっ、ざまあみろ」とでも言ってやりたい。
最下位クラスだけど、実はあんたらよりは優れた実力を持っているんだ。
クラスや身分が全てではないのだ。
さて、他方の下位クラスからは俺に対する称賛の声が嵐の如く募られた。
「うおおお、下位クラスから代表が出てる~」
「あのメナって子は下位クラスの希望よ~」
「上位クラスめ、俺たち下位クラスにもできるやつはいるんだぞ~」
「上位のやつら、相当悔しがっているな」
学園に入学できたとはいえ、下位クラスとなった生徒たちは少なくとも劣等感を抱いていた。
だが、俺が代表に選ばれたという事実を目の当たりにしたことで、彼らは下位クラスだからといって必ずしも上位クラスに劣っているわけではないということを改めて理解したようだ。
つまり、劣等感が緩まったわけだ。
それは彼らにとって有益なものであった。
だから俺を称える声があがったのだろう。
彼らからすれば俺は正義のヒーローなのだ。
「え……メナ、宣誓に選ばれていた……?」
隣に座るハルゴが俺にたずねる。
「ああ、そうなんだ。黙っててすまなかったな」
「い、いや。すごい……! だってH組から選ばれた。こんなことあり得ない……」
「入学試験の優秀者が生徒代表で宣誓の言葉を任されるんだよ。スウィンガ先生の話によると、部門別でその代表を決めるらしいんだ。俺は学術試験でトップだったらしい。だから宣誓をまかされることになった」
「すごい!」
あまり感情を表に出さないハルゴであっても、こればかりは驚かずにはいられなかったみたいだ。
彼は俺をみて腰を抜かす。
同じH組にそんなすごいやつがいたら彼のような反応をするのが自然なのかもしれないな。
それほどに奇妙な現象が起こっているんだから。
そもそも俺が戦闘試験で足をつってさえいなければ、H組になることもなくこんな事態にはいたらなかっただろう。
あのいい加減な採点方法がこれを引き起こしているのだ。
「そのかわり戦闘試験は0点だったんだけどな。おかげさまでH組さ。……というわけでメナ=ソウド、新入生代表として行って参る」
「メナ……ファイト!」
俺は立ち上がると、ブーイングと称賛という二つの相反する歓声のもと、ゆっくりとした足取りで壇上へ向かった。
◆
壇上には残りの二人の代表が先にきていた。
どちらもA組の生徒である。
一人はノマン=クローバといううねった緑髪をもつ凛々しいイケメン男子だ。
スタイルもいい。
彼が総合得点でトップだった生徒だ。
クローバは両腕を組み、まっすぐ俺を凝視している。
もう一人はシホ=ハーティというピンク髪でのハートっぽい髪型をしたセクシーで長身な女子だ。
そのおっぱいはカロナに負けず劣らずである。
背も俺より若干高い。
一見エロそうに見えるが、彼女は戦闘試験でトップだった生徒だ。
ハーティはクローバとは別の意味で、頬を赤くしながら俺を見つめる。
ちょっと怖い。
二人に続いて列に並ぶと、俺たちは互いに小声であいさつする。
「どうも。ノマン=クローバです」
「ひさしぶり~、メナっち。アタシはシホ=ハーティよ♪」
「はしめまして、こちらこそよろしくお願いします」
当然この二人は非常に凄腕な生徒だ。
このハーティとクローバという一族は俗に【フォーカード】と呼ばれている有名な冒険者一族である。
彼らの一族は代々から難しいランクのクエストをこなし、冒険者として素晴らしい実績をのこし続けている。
そのため王様からの信頼もたいそう厚く、トランプのマークであるハートとクローバーにちなんだ苗字が与えられている。
ハートとクローバー以外にもスペードとダイヤを合わせた4つの優秀な一族が【フォーカード】として世間一般に知られている。
それほどにハイスペックな二人の隣に俺が並ぶのも多少おこがましい気もする。
簡単にあいさつを済ませると、俺たちは壇上に一列にならんだ。
「それでは御三方、宣誓の言葉をここで述べてください」
司会の合図のもと、まずはクローバが言葉を発した。
「宣誓。僕たちアルメナ学園第84期生は立派な冒険者を目指すために、今年この学園に入学しました。前言の目標を達すことができるよう日々精進していきたいと思います」
クローバはマイクを離し一列する。
会場からは壮大な拍手がされる。
さすがはフォーカードだ、カリスマ性が違う。
彼の堂々とした面構えに誰しもが敬服している。
次にハーティの番となった。
「宣誓。私たち新入生ほ多大な好奇心と向上心をもって、自分らしく学園生活を送りたいと思います」
ハーティもいい終えた。
さっきと同じように拍手喝采がおこる。
クローバのときと同じように、上級生までもが彼女に対して尊敬の眼差しを送っている。
その大半はエロい目線だとは思うが。
さあ、最後は俺の番だ。
だがさっきと同じ空気にはならなかった。
ハーティからマイクを受け取った瞬間に会場が冷めたのがなんとなくわかった。
しかしそれにかまわずに俺は口を開けた。
「僭越ながらH組の自分が代表に選ばれたことを嬉しく思います。……宣誓。下位クラスであっても自分のできることを存分に発揮して、上位クラスにも勝るような冒険者になれるように成り上がりたいと思います」
俺は一礼する。
まもなくまばらな拍手が響いた。
上位クラスたちが露骨に拍手を送らなかったのは至極あまりまえのことだった。
なぜなら明らかに俺の発言は上位クラスにケンカを売っているものだからだ。
「上位クラスにも勝るような冒険者になりたい」という、上位クラスに対する宣戦布告宣言。
これを聞いていい気分になる上位クラスの連中などほとんど居ない。
渡された原稿にはもっと無難なことが綴られていたが、俺はあえて原稿を無視して自分の思っていることを言った。
たとえ最下位クラスからの出発だとしても、俺は学園最強の冒険者になりたい。
その思いを簡潔にぶつけたのだ。
このあとも色々話が進み、第84回国立アルメナ学園入学式は幕を閉じた。