72.魔法刀製作、学園に住みせしオバケ
夜に学園に侵入することは、規則で禁止されている。
でも、それを破りたくなる衝動に駆られることが稀にある。
守衛さんをやり過ごして夜の学校に侵入にすることに成功した俺とコノハ。
さて、俺たちの目指すのは工房だ。
工房を目指して校舎の廊下を歩きはじめてはや10分近くが経過しようとしていた……のだが。
「メメ、メナ師匠……怖いでござる……」
「そ、そんなにくっつくなよ」
俺たちは恐怖していた。
夜の学校というのは魅力的だが、その反面気味が悪かった。
まず、静かすぎる。
誰もいないのでそのはずだ。
この広い校舎内にチクタクと時計の音だけが鳴り響いていて、それがよりいっそう怖さを引き立たせる。
次に、視界が悪い。
アルメナ王国の推進している政策の一つとして、省エネというものが存在する。
要するにエコだ。
この場合だと電気を極力つけない、ということになるのかな。
おかげさまで、夜の学園内はかなり暗いのである。
目の慣れていない状態だと、視認できるのは10メートルくらい先までが限界だ。
とまあこれらのせいで夜の学園は予想以上に怖く感じられた。
学園に入るまでは夜の学校ってなんか背徳感があってワクワクするよね、みたいな腑抜けたことを考えていた俺たちがバカでした。
ああ、帰りたいっ。
でも、帰れないっ。
だって今戻ったら守衛さんにバレると思うから。
さっき守衛さん騙したことまでバレると思うから。
もし、そうなってしまったら、非常に重い罰則をつけられることになる。
だから後戻りも許されない。
俺たち、まるで自分から罠にかかりにいったアホ犬のようである。
「メナ師匠は怖くないのでござるか?」
さっきから俺にしがみつきっぱなしのコノハが聞いてきた。
「あ、当たり前だろ!」
男なので見栄をはった。
「ホントですか?」
「本当だ」
「ふうん」
コノハ、なかなか信じようとしない。
この野郎め~。
少し、からかってやろうかな。
「コノハ知ってるか? ここ…………出るんだよ」
「ヒィッッ……!?」
コノハが余計に怖がる。
「えっ、ちょちょちょ……いきなりなに言ってるでござるか!?」
「どうした、コノハ? さっきより震えているな? 何が出るなんて一言も言ってないのにどうしたというのだ?」
幽霊……だなんて口にせずともわかる。
でも、もちろんデタラメだ。
確かに幽霊出そうな雰囲気でかなり怖いけれど、本当にいるはずもなかろう?
「ど、どうしたこうしたもありません! 怖いです~!」
"ガシッ"
コノハが全力で抱きついてきた。
「おい、バカッ。放すのだっ」
「いやでござる! だって出るのでしょ、オバケ! ああ~、助けてください師匠! 拙者、オバケ苦手なのです~!!」
ちょっとからかうつもりだけだったのに、ここまでされるとは。
しまったな、こんな嘘つくんじゃなかった。後悔だ。
「ごめんごめん、嘘だよ、嘘。だから離れてくれ」
「出た…………」
「ん? どうした?」
「あわ……あわわわわ……」
コノハは俺の後ろの方向を指差してガタガタ震える。
コノハは腰を抜かす。
コノハの顔が一瞬にして青ざめる。
「おいおい、なんだってんだよ。後ろに何かあるのか? ったく、そんなことで俺をビビらせようたってダ…………」
後ろを振り替える。
……出た。
背後、ケタケタ笑っている…………………………………………
「みぃ~つけた♪」
◆
「「ギャァァァァァァ!!!!」」
俺たちは一目散に逃げ出した。
全速力で走りに走った。
だが、幽霊はたくさんいた。
このあとも幽霊のオンパレードだった。
美術室に行けば、絵画が追いかけてくる。
音楽室に行けば、楽器が不協和音を放つ。
保健室に行けば、ベッドのそばに置かれていたぬいぐるみが迫ってくる。
どこをいっても、いる、いる、いる。
まさに恐怖の鬼ごっこであった。
しかし、俺たちはオバケたちに追われながらも、目標を忘れずにいた。
命からがら工房にたどり着くことができた。
そして幸いなことにこの部屋には幽霊はいなかった。
「はあ……はあ……まさか本当にでるなんて思わなかったな」
「ええ……そうでござるな」
Aランクの知力を持つ俺は、幽霊などという眉唾オカルティックな話なんて生まれて一度も信じたことはなかった。
だが、まさか本当に存在するとは……。驚いた。
と、とりあえずここは安全地帯だ。
今のうちに何か手を打ちたい。
作戦会議を開こうと思う。
「と、とにかくこの状況をどうにかする方法を考えよう」
「そうでござるな。……幽霊は光に弱いと聞きます。電気をつけてみては?」
「おおっ、それは良い案だ!」
コノハの案に促され、さっそく俺は蛍光灯のスイッチを押してみた。
あれ?
電気、つかないぞ?
「おい、つかないぞ。どうなってやがる!」
「あれ? こっちか?」
"ムニムニ"
「ああっ、どこ触ってるでござるか!!」
うっかりコノハのおっぱいを触ってしまった。
間違えた。
「あ、すまんすまん。手が滑った」
工房部屋は他よりも暗いこともあり目が慣れていなかったので、辺りがよく見えない。だから仕方ないよね。
「もうちょっと照れて欲しかった……」
「え?」
「あ、なんでもないでこざる」
「そうか」
とにかく電気が使えないようだし、別の手を考える必要がありそうだな。
「ふむ、魔法ならどうだ?」
次の手だ。
雷または炎系の魔法で明かりを灯そう。
魔法制御ができるようになった俺は、その辺の生活魔法を使うこともできるようになっている。
俺は雷系の初等魔法を使ってみる。
「『出でよ、光』ライト!」
あれ?
つかない。
これってもしかして、魔法使えないやつ?
これも幽霊の効果ってやつなのかな?
あ、あり得ん……。
魔法が使えないなんて!?
そんなのはじめてだぞ!!
――などと焦っていると。
コノハが背中を突っついてきた。
コノハが妙にモジモジした表情でこちらを見つめてきた。
……嫌な予感がする。
「メ、メナ師匠……トイレ、行きたいです」
「う、嘘だろ……?」
◆
異性の人にトイレに付き添われるのは恥ずかしい。
かといってこの恐怖の状況で一人でトイレにいくこともできないし、かといって我慢できなくて漏らしてしまうのもそれはそれで羞恥極まるものである。
そんな葛藤に挟まれた彼女は、それでも俺に付いてもらうことを選んだ。
そういうわけで、工房から一番近いトイレにやってきた。
「いいですか、絶対に逃げないでくださいよ」
個室に入ったコノハが外にいる俺に向けて念押しに注意してきた。
「逃げないよ」
「ありがとうでこざる」
「でも、便器の底からでてきたらどうする?」
でも、ちょっとだけからかってみる。
からかえるだけ俺の方がまだ気持ちに余裕がある。
「……っ!?」
一方で、恐怖に負かされたコノハ。
「くっ……くるでござる!」
「ちょっ、コノハ!?」
あろうことかコノハは俺の腕を引っ張り、そして個室につれてこんだ。
(こいつ、何を血迷ったのだ!?)
トイレの一室に二人の男女。
怖い以上に緊張する。
思ったより狭苦しいし。
それに顔を赤くさせている彼女を見ると、こっちもなんか恥ずかしくなってくる。胸がトクトクと高鳴る。
「メナ師匠、拙者はこれから師匠の前で用を足すでこざる。ぜ、絶対見るなでこざるよ、聞くなでござるよ、嗅ぐなでござるよ、触るなでこざるよ」
いくつか不可能な条件がある。
「わ、わかってるよ」
俺とて、それなりにリテラシーのある男子。
そのくらい心得ている。
「じゃあ脱ぐでござる」
コノハは着物を脱ぐ。
コノハは用をたす。
そして轟音が流れた。
(うそ? 大きい方もだと? うっ……ニオう!)
女の子の糞といえばもっと良い匂いがするという幻想を抱いていたのだが、どうやらそれは間違いのようだ。
糞の臭いに男も女も関係ない。
いっけん可愛い見た目の女子であっても、臭いところはとことん臭い。
その現実を突きつけられた。
一方で、彼女の顔はそれはもう真っ赤なものだった。
◆
再び工房に戻ってきた。
さて、ここから本格的にこのピンチを打開する方法を考えることにする。
(どうすればいい? いっそ朝までやり過ごすか?)
ここは工房。
そして俺の持ち物は、あと少しで完成の予定だったウェルライト製の刀と、それを叩くための金槌。
これで何ができるというのだろうか?
あれ、待てよ?
これ、使えるんじゃないか?
俺はひらめいた。
「外に、守衛さんに助けを求めるんだ! 刀叩くぞ! ついでに刀完成させるぞ」
「なるほど、その手があったでござるね。承知でござる!」
幽霊は光以外にも賑やかなものとかが苦手なはず。
ならばなおさら有効だ。
"カンカンカンカン"
守衛さんに合図を求めるべく俺たちは刀を叩きまくることにした。
……それからしばらくして。
「おやおや、やはり侵入者であったか」
救世主の神がごとく、守衛さんが駆けつけてくれました。
そして、その間に俺たちは刀を完成させてしまった。
◆
アルメナ学園、校門にて。
「オバケ? ああ、あれは儂の魔法じゃよ」
「え?」
「万が一侵入されたときのことを考えてな。こうして見張っていても、たま~に校内侵入する輩がおうてな。ちょっとばかり懲らしめてやろうと思って」
「へえ~、あれ全部守衛さんの仕込みだったんですね」
「はあ~、よかったあ。一安心したでござる」
ホッとした俺たちは一息ついた。
「とにかく君たち、今後は規則破ってはいけないからね」
「はい、すみませんでした。反省しています」
夜の学園なんてもう、懲り懲りだ。
「ところで、どうじゃ? 怖かったかの?」
「ええ、それはもう。とくに最初の女性のオバケ。『みぃ~つけた♪』なんて言うもんですから、妙にクオリティ高くて怖かったですよ」
「ほほ、そうか。それはよう堪能してくれたな」
「まったくそうですよ。魔法使えないのも驚きましたし。……まあ俺たちも俺たちで目的を達成できたからそれでよかったんですけどね」
「そうか」
どさくさに紛れて、刀もできちゃったしね。
「じゃあ俺たちはこれで帰ります。助けていただいて、どうもありがとうございました」
「おう、日もまたいでおるから気をつけて帰ってな」
「「はーい」」
ペコリとおじちゃんに一礼。
そして俺たちは学園をあとにした。
夜もかなり更けていたので、近くの宿屋に泊まることにした。
オバケ騒動は怖かったが、刀もできたことだし良かったよ。
さて、明日はいよいよクロと決闘だ。楽しみだ。
「メナ師匠今日は楽しかったでござる、ムニャムニャ……」
「まったくコノハのやつ」
隣のベッドで寝言を垂れるコノハ。
彼女につられるようにして、俺も眠りについた。
◆
その後、警備を続けていた守衛さん。
「はて? そういえば儂は女のオバケなんて用意した覚えはないのじゃがな? 儂が用意したのは全部学園の器物じゃ。絵画とピアノ、あとはぬいぐるみなどじゃ。人など決してつこうておらんのだが……まあ、良いか。最近耳が悪うてのぉ」
◆
……そして学園にて。
「メナとコノハだったね、今日は楽しませてもらったよ」
本物のファントムが静かに微笑んでいた。
「みぃ~つけた♪ 、なんてね」
エリシア=ファントム。




