68.魔法刀よりも大切なもの
人前で何かを話すとき、人間は意外にも上手くしゃべれないものである。
なんというか頭が真っ白になってしまう状態になる。
何を言えばいいのか、どんな言葉を選べばいいのか。
そういったことがわからなくなる感じ。
緊張感のある場面になると、そのような現象が起こるケースがある。
まさか発表者である俺がそんな状況に陥ってしまうとは夢にも思わなかった。
ステージの真ん中でマイクを握る俺はあり得ないほどの量の手汗をかいていた。
「本研究は……ま、ま、まほ……まほう……しき……をで、ですね……たんしゅくするという理論っ……で、でして」
研究発表を披露するだけなのだが、いざ本番となると緊張感が桁違いだ。
このドでかいコロシアムの中心で発表しているのだから、半端ないプレッシャーがある。
豆腐メンタルの俺はそんな重圧的な場の雰囲気に飲まれ、自ずと口調がたどたどしくなってしまった。
発表が始まってからずっとこの調子である。
(ヤバい、全然上手く話せない……)
なんかすげえ不思議だ。
頭ん中が真っ白で自分でも何がなんだかわからない。
別にふざけているわけじゃない。
なんというか無意識に言葉が詰まってしまうんだ。上手く話せないんだ。
「さっきからあのこどうしちゃったのかしら?」
「緊張してるのかな?」
「それにしては酷いね笑」
「よくあんなので出場したものじゃな」
"ザワザワ"
俺のトークがあまりにも酷すぎたのか、最初は無言だったギャラリーたちも悪い意味でざわめきはじめた。
それを皮切りに会場の空気が悪くなる。
右目を使わずとも、それがひしひしと伝わる。
哀れみ、同情、失望の眼差し。
いや、ひどいものなら軽蔑、嘲笑しているものもいるかもしれない。
それら負の感情を持った視線が、俺一人に対して一斉に突き刺さる。
当人にとってみると、それはすごく怖い。
その計りしれない闇のような恐ろしさが俺を襲う。
恐怖のドン底に追いやらた。
俺の心は追い詰められた。
「あわわわわ……どうしよう……」
顔を真っ青にさせた俺。
足がプルプルと震える。
歯がガタガタと震える。
「メ、メナ君っ!?」
少し離れたところで待機していたカロナもこのままではさすがにマズイと思ったのか、俺のところへ駆け寄ってきた。
「あわわ……」
正気を保つことさえ困難な精神状態に陥った俺は、まともに返事することすらできなくなる。
バカの一つ覚えに「あわわ」としか言えなくなる。
緊張と恐怖のあまり、自分をコントロールできない。
まるで人格を誰かに乗っ取られたような、そんな感覚だ。
「あわわ……」
俺は呆然と立ち尽くした。
「気を確かにっ。ほ、ほらっ、ゆっくりと深呼吸するのよっ」
カロナが必死の形相で揺すってくる。
カロナが必死の思いで抱き締めてくる。
カロナが必死のおっぱいを当て付けてくる。
もういいカロナ…………もうダメなんだ。
「ちくしょう…………」
命からがら一言だけ残す。
まもなく俺の精神状態は限界を迎える。
俺は意識を閉ざした。
◆
「こ、ここは……?」
目を覚ますと、どこかの部屋にいた。
俺はベッドに寝かされていた。
「あ、起きた。メナ君!」
覚醒早々、俺の右手を握りしめるのはカロナ=エルメスだ。
もう離さないと言わんばかりの強い握力でギュッと掴んでいる。
そのくらい心配しているのかな。
でも、そんなに強くされると痛いんだけど。
「よかったでござる! 師匠! 拙者すごい杞憂したでござるよ~」
ついで左手を握るのはコノハ=ヤマトだ。
小さな手だけど、それはそれで心が暖まる。
カロナとは違い程よい優しい手つきで包まれている気分だ。
きちんと俺のことを労ってくれていて、気を使ってあえて優しいタッチをしてくれているんだ。包容力があるな。
幼い印象のあるコノハであるが、なんかギャップ萌えする。
ニチホン生まれの彼女らしい大和なでしこの一面を垣間見た気がする。
「メナっち……メナっち……」
最後にうめき声を上げながら俺の股間を握りしめてくるのはシホ=ハーティ。
え? 股間?
ちょ、なにやってんだよ!
エクスかリバーもろにさわられちゃっているんですけど。
カロナもコノハもこっちに必死で泣いてるからその淫行に気づいてないんだけど。
でも反抗する力も残っていないので、触らせておこう。
なんか気持ちいいしね。
カロナやコノハはともかくシホに関してはツッコミたい気持ちもあるが、何はともあれ三人とも俺を心配してくれているわけだ。
あのとき俺は気絶しちまったようだし。
俺はムクリと上半身を起こす。
意識がはっきりとしてきた俺は冷静を取り戻し、辺りをよくよく観察してみる。
赤い壁。
高級感の溢れるベッド。
枕のそばに置かれている数体の可愛い動物のぬいぐるみ。
部屋の隅に置かれている化粧品などが並ぶドレッサー。
そんなのがパッと目につく。
それを総合して判断するに、ここは医療室というよりは女の子の部屋だ。
というかこの部屋、むしろ見覚えがある。
間違いない……ここはカロナの部屋だ。
「あ、気づいた? ここ私の家よ」
俺の反応を察知したカロナが囁く。
「なるへそ、やっぱりここはエルメス邸か」
エルメス邸はコロシアムから近いので、運ばれたんだな。
「師匠、起き上がられてはお体に触ります。しゃべられてもお体に触ります。ここは安静にするでござるよ」
「ちょっ、コノハ」
いつになく気を使うコノハが起き上がった俺を寝かせる。
そして毛布を被せてきた。
◆
しゃべらせることで無駄に体力を消耗させたくないという三人の判断により、俺は寝かされ加えて話すことを禁止された。
部屋にしばらく沈黙が続く。
黙っていると、どうも思考してしまう。
さきの醜態について嫌でも思い出してしまう。
(悔しいかな。あそこまでくる道のりは長かったってのに)
ちょうど一週間前からだ。
ウェルトラから帰って来るやいなや早速発表会の準備にとりかかろうとした。
しかし、そのとき問題が生じたんだっけ。
ちょっとした色恋沙汰のせいで勇者党は内部分裂することとなったんだ。
俺とシホの起こした不祥事を嘆いたカロナとコノハがストライキしたんだ。
でもそのままでは準備できないわけで、彼女たちと寄りを戻すために、俺はカロナの家まで行ってさらには土下座までしてようやく連れ戻すことができた。
まったく準備をはじめるだけでもそんなにも苦労させられたものだった。
そうしてようやくにして準備が始まった。
もちろん準備も入念に行った。
理論だって何度も見直したしね。
完璧だったよ、M-S理論。
ありゃ間違いなくやっぱり俺の考えた最強の理論だよ。
他にも発表時の原稿だって誤字脱字はないか確認しまくった。
それにシミュレーションだって抜かりなくやった。
実はみんなの知らないところでリハーサルを何度もやってたんだ。
そのときはきちんとしゃべれていたんだ。
念には念を入れて、この発表会に向けて準備してきたつもりだったんだ。
苦労の甲斐もあり、それまでの俺の行動は一点の狂いもなくまさに完璧だったはず。
(それなのに……それなのに…………)
まさかこんな結果になるだなんて思ってもみなかった。
大舞台、緊張しすぎて話せず、挙げ句の果てには気絶してしまった。
たしかに俺はちょっとしたことで傷ついたり、動揺したりするなど、自身のメンタルの弱さについては自覚している節はあったけれど、まさか発表会という盛大な晴れ舞台のもと人前で弁を立てるのがあれほど難しいことであるとは予想だにしなかった。あんなにパニックになるなんて思いもしなかった。
俺がここにいるってことは、多分あのあと発表は放棄になったんだろうな。
やれやれ、一生懸命頑張ってきたのにこんな結末で終わってしまうのは悔しくてたまらないぜ。
特に準備を手伝ってくれたのはみんなだ。
そんな彼ら彼女らの期待に答えられなかったことが一番申し訳なくて悔しい。
覆水盆に帰らず。
時間は巻き戻らない。
そのどうすることもできない虚しさがまた、この悔しさを増長させる。
(……ああ、ダメだ。抑えられない)
「ごめん、みんな……」
しゃべるの禁止と言われていたが、衝動的に口が動いてしまった。
「メナ君……」
「メナっち……」
「メナ師匠……」
「俺はみんなに迷惑をかけすぎた。だから責任をとって俺は勇者党のリーダーを辞退する。ひとまずはそれで満足してくれないか?」
俺は頭を垂れ、謝る。
するとため息が聞こえた。
「はあ……何バカな言ってるのよ。私はずっと君に付いていくつもりだよ。一人の友達として、一人の女として、ね?」
「そうよ、アタシだってメナっちに粘着するんだから! 覚悟しておきなさいよ❤」
「拙者もでござる。拙者も刀士としてまだまだ未熟。これからも師匠の背中を見ながら成長していきたいでござるからなっ!!」
予想もしない返答がかえってくる。
こんなだらしなくて情けない男に付いてきてくれるっていうのか?
こんな俺がリーダーであることを望み続けてくれるっていうのか?
こんな俺に……?
「え、嘘だろ……? みんなは……みんなはこんな俺を見捨てないって言うのか?」
信じられない俺はもう一度確認する。
「「「もちろん!」」」
その答えには一つの躊躇いもなかった。
「あ、ありがとう……みんな……うぐっ」
三人は満面の笑みで答えてくれた。
そのありがたさに心を打たれた。
目から涙がこぼれ始める。
(なんて良い仲間なのだろうか)
本当に三人には感謝しかない。
……いや、正しくは三人ではないな。
ハルゴだってスウィンガ先生やデービル先生だってそうだ。
俺はかけがいのないたくさんの仲間たちに恵まれていたんだ。
本当に良い仲間を持ったものだよ。
(良い仲間を……か。そうか、そういうことなのか!)
そして俺はあることに気づく。
魔法刀を作りたいという勝手な俺の目標に、みんな嫌な顔せず付き合ってくれた。
勇者党に加入してくれたのもそう。
素材集めに一緒にウェルトラに付いてくれたのもそう。
研究発表の手伝いをしてくれたのもそう。
それらは全て俺一人じゃ決して達成できなかったことだ。
実は俺は俺の知らないところでたくさんの仲間たちに支えられていたんだ。
俺はいつの間にか魔法刀なんかよりも、その先にあるもっともっと大事なものを手にしていたんだ。
俺はそのことに気づかされたのである。
そうなると、余計に涙が止まらなくなってくる。
「ありがとう……ありがとう……」
涙で顔をしわくちゃにさせながら、俺はただひたすらに泣きつくす。
「ああもう、泣いてばっかじゃ男の子らしくないぞっ。早く拭きなよ」
シホがピンクのナプキンを渡してきた。
「残念ながら今回は優勝賞金を逃してしまったけれど、だからといって落ち込むことはないよ。またいつかお金を貯めるチャンスがあるわ」
「カロナ殿の言うとおりでござる。魔法刀はずっとメナ師匠を待っていてくれるでござるよ」
みんなが励ましてくれる。
前を向けってか。
フン、いいだろう。
俺は渡されたナプキンで涙を拭い、ガッツポーズをとる。
「そ、そうだよな。俺頑張るよ。今日がダメでも明日があるように、いつか目標を達成することのできる日がくるはず。だから俺はそのときまで戦ってやる! 戦ってやるぞ!」
気分が晴れた。
「それじゃあ今はまず体を休めようね」
「ああ」
◆
そんなこんなで色々と落ち着いた俺は三人に看取られながらしばらくベッドで横になっていた。
そのとき、廊下から足音が近づいてき、この部屋の前でピタッと止まる。
"コンコン"
「失礼します、カロナ様」
何者かがドアをノックし、ドア越しから声をかける。
「あ、キエね」
カロナが言う。
メイドのキエさんのようだ。
何か用事があって訪ねた模様。
「ハルゴ=シルディ様とノマン=クローバ様のお訪ねです」
「わかった、通しなさい」
「ははっ」
"ガチャ"
ドアが開く。
二人の男子が入室した。
「体調は戻ったかい、メナ?」
「メナ……大丈夫?」
クロとハルゴが入ってきた。
クロの片手には優勝トロフィと分厚い金封が携えられていた。




