67.研究発表会、意外としゃべれないんだけど?
会場の熱気が冷めることはなかった。
ノマン=クローバの提示した新たなる氷属性の発見に、観衆の誰もが興奮した。
指笛が鳴り止むこともなく、盛り上がったままクロたちの発表は幕を閉じた。
額にほとばしる汗を拭い、俺は呟く。
「氷属性……か。いい発表だった」
彼の発表は素晴らしかった。
というのも、その研究内容には「汎用性」があるからだ。
新たに見つかったこの氷属性は、今後世の中で色んなところな活用されると思う。
身近なところで言うと冷却魔法かな。
今は夏まっさかりで暑いし、こういうときに体を冷やす魔法があったらいいな~なんて誰しもが思うことだ。
まさに今が旬な属性といえよう。
それに、そのような生活魔法的な用途だけではなく、戦闘魔法にも役に立つと思う。
極度の冷気は相手に十分なダメージを与えられることだろう。
これは新しい攻撃の概念になること間違いなし。
……といった具合にこの属性の魔法は様々なところで活躍することが予見できる。
つまり、氷属性とはとても汎用性があるということなのだ。
だからこそこの新しい属性を使って、色々なことをしたいと思っている人も多いはず。
研究所の方々も今すぐにでも家に帰って、この氷属性を用いて色んなことを実践してみたいと思っていることだろう。
クロはそれほどに価値のある研究成果をあげたわけだ。
「俺たちも負けてらんねえ、こっちも本気で臨もうではないか!」
しかし、彼の業績を称えている暇などない。
なにせ次は俺たちの番だからな。
たしかにやつの発表は凄かったし、実際に高得点をとりやがった。
このままでは俺たちの優勝が危ぶまれる。
だが、俺とて負けるわけにはいかん。
俺は優勝賞金を手にしたいという非常に強い思いを抱いている。
だから目の前の相手がどれだけ素晴らしい結果を残したとしても、そんなことで動揺してはならない。
「俺たちにはこのM-S理論があるんだ!」
M-S理論……魔法式を因数分解することで、長い呪文を大幅に短縮させることを可能にするという俺の考えた最強の理論。
この理論を武器に俺たち勇者党5人は、出陣する。
『それでは第9チーム目、勇者党の発表です!』
戦場への誘いを告げる放送委員のアナンウスが、ここ控え室に響いた。
「さて、行くか!!」
俺は背筋をピンと伸ばし、堂々とした足取りでステージへ足を向けた。
◆
そういうわけでコロシアムのフィールドにやってきた。
俺たちはフィールドの真ん中に建てられているステージの上に上がる。
「うう……実際に上がってみると緊張するもんだな」
この発表会はコロシアムが会場となっている。
つまり、360°全ての角度から観衆がこちらを注目してくるのだ。
そんな包囲されたステージの上で発表することを考えると、これがまた不思議と緊張する。
メンタルの弱い俺にとって、このコンディションは決して良いとは言いがたい。
「あわわ……色んな人が見てくるじゃないか……」
この研究発表会では当学生のみならず、国王様や研究所の役員さらには地域の方々といった幅広い層が、来賓客として参っている。
そんな数々の人たちによって、これから30分間俺一人だけが徹底的に注目を浴びる。
それがどれほどプレッシャーのあることなのか……発表者としてこの壇上に登ったときにそのことを改めて認識させられる。
その重圧に飲まれそうになった俺は軽く身震いする。
《こんな経験めったにないんだからありがたく思いなさいよ》
などと言ってくる輩もいるかもしれないがそんなやつらには、
当人の気持ちにもなってみろ、
ありがないなんて思えないぞ、
なんなら俺の代わりに発表してくれ、
と言い返してやりたい。
……などと心内に思っていると。
「こんな経験めったにないんだからありがたく思いなさいよ」
後ろから声がカロナが囁いてきた。
そして、偶然にもそのセリフはピンポイントすぎた。
(おい。今のセリフピンポイントすぎんだろ! お前は俺の心の中が読めるエスパーかっ!)
と感じたのもつかの間、俺はカロナ=エルメスに言い返したやった……
「当人の気持ちになってみろ、ありがないなんて思えないぞ!」
と。
さて、ハルゴ、コノハ、シホの裏方役がステージの真ん中に聳え立つスクリーンにパワポのデータを転送し、準備を完成させた。
というわけで、準備完了である。
ここからさきは俺の自由なタイミングで発表を開始することができる。
俺はステージの先端に立つ。
そこにはスタンドあり、マイクが置かれている。
そのマイクを震える右手で掴む。
そして、ギャラリー席を見上げた。
(……ああ、ついにこのときがやってきたのだな)
こうして観衆に囲まれているのを認識すると、感慨深くなる。
発表を目前に、俺は今までの苦労を思い起こすことにした。
◆
ふう……。
長かった。
ここまで来るための道のりは非常に長かった。
たしかきっかけはカロナの長すぎる呪文だったかな?
それは勇者党が発足して間もない頃、はじめてクエストに出向いたときのことだ。
俺はそのときにカロナの用いる《邪竜の炎眼》という異常に長い呪文を持つ魔法を目の当たりにした。
長すぎる呪文ってのは詠唱中は無防備になるから厄介で、まさにその長さによって戦いに弊害が生じることとなった。
それが目についたことがきっかけで思いついたんだよなあ。
あのとき思いつきで「魔法式を因数分解してみなよ!」的なことをノリで言った。
これがまさにM-S理論の始まりだった。
……まさか本当に成功するとは思わなかったけれどね。
そんで、実際に魔法の短縮が成功し、「これは使える! 研究成果として発表できる」って思ったんだ。
それに幸いなことにタイミングもよかった。
ちょうどこの頃、魔法刀製作がしたいと思っていおり、お金を欲していた。
そんなときに小耳に挟んだのが研究発表会。 学生の自主研究の成果を披露する大会。
言うなれば論文コンテスト的なものだ。
優勝賞金も高額という。
そこで思ったんだ。
この理論を発表したら優勝できるんじゃね? ってね。
この研究成果を残し優勝賞金を頂いたあかつきには、魔法刀製作のために莫大な予算をかけることができる。
つまり、魔法刀が製作できる。
俺は心が踊った。
優勝という名誉だけでなく、そういった点についてもメリットがある。
研究発表会に参加するということは、まさに一石二鳥であったのだ。
発表会に参加しない手はなかった。
さて、アルメナ学園は王国頂点の教育機関。
学生のレベルもそれなりに高いといえば高いのだが、真の天才である俺を前にすれば、その程度のレベルは大したことなかった。
実際に学術の能力は他の生徒を圧倒するほどだったし。
だからこのM-S理論を発表すれば、順当にいくと100パーセント優勝できると思っていた。
しかし先刻、天才はもう一人いるということに気づかされた。
その人物とはノマン=クローバ。
フォーカードの一角、クローバ家のイケメン男子。
俺たちの発表を前に、このイケメン君が氷属性の発見というとんでもない発表をしでかしてくれやがった。
おかげで俺も本気で発表にのぞまなければ勝てない状況になってしまったのが今の状況である。
(……いやまあ、かえって嬉しいんだけどね)
彼の発表のクオリティは俺と肩を並べるくらいだ。
ある意味真剣勝負ができる。
Aランクの知力を持つ天才であるこの俺と対等に戦える相手が現れたということに、俺は臆することもなくむしろ武者震いしていた。
……いや、今もしている。
どうやらこれはただの発表会ではないらしい。
俺とクロ。
二人の天才が織り成す静かなる頭脳の戦い、それがこの研究発表会の真の姿であるのだ。
だからこそ……俺は負けるわけにはいかない!!
普通に発表して普通に優勝すればいいや。と最初は思っていたのだが、彼の発表を前にしてそんな気持ちはなくなっていた。
これは男と男の真剣勝負。
この武者震いもそういったことを示しているのだろう。
(へへ、緊張するね)
さあ、始めようか。
我がM-S理論、氷属性に勝ってみせる!!
俺は静かにマイクを握り、高鳴る胸の鼓動を抑えて言葉を紡ぎ始めた。
――と思いきや。
「ほ、ほ、ほっ…………。本日ひゃっ……わっ、わ、わ、わたくしのっ…………ヒャッピョー⤴……」
あれ?
意外としゃべれないんだけど?
俺ことメナ=ソウドは自身がメンタルの弱い人間であることを忘れていたようです。




