60.仲直り
ラピス理事長と別れた俺は無事エルメス邸に潜入することができた。
ここからはこっちのもんである。
日はまだ暮れておらず王宮には来客がいる時間帯だ。
ゆえにこの大きな城内にもたくさんの人々が行きかっており、俺が潜入したところでなんら怪しまれることはない。
すれ違う兵士さんたちに軽く会釈しようが、補導されることもない。
「ふう、相変わらずでかい建物だな。どれどれカロナの部屋はどこだ?」
エルメス邸はでかい。
何回も来たことあるから感覚マヒっちゃうけど。
例えるなら学園の校舎だ。
どこの階にどこの廊下が繋がっているのかは初見じゃあ絶対把握できない。
そのくらい間取りが複雑なのだ。
俺は今1階の踊り場にきている。
実はここには屋敷の案内板が設置されていて、それを参考に用のある部屋を訪ねればいい。
当然俺以外にも迷っている客人がときどきいて、同じようにこの案内板とにらめっこしている者もいる。
「おや? 君も迷子ですか? 同志ですな」
隣にいるいかにもダンディな感じのおじさんに絡まれた。
「気にしないでください。もう把握できましたので」
「そうですか……」
おじさんはシュンとしながら、チラチラこちらを見てくる。
あ。
これ、求められているやつか。
仕方ねえな。
見捨てるわけにもいかないし手伝ってやるか。
「あの、お助けしましょうか? どちらに向かわれる予定ですか?」
「おお、ありがたい。実はここに行きたいんですがね……」
「なるほど。その部屋だったら右の階段を使えば行けますね」
「ほほう、確かに君の言うとおりですな。私、方向音痴なものですから。助かりました」
「いえいえ、とんでもございません」
「そうですな、これを受け取ってください」
「え?」
お礼がしたいおじさんはそばのキャリーケースからあるものを取り出し、俺に渡してきた。
「これでも私、アクセサリー業界の重鎮でございましてな。今日はその商品の販売交渉をしたく、参ったのです。これはその商品の一つです。こんなものしか渡せませんがどうぞ受け取ってください」
「あ、ありがとうございます」
俺はおじさんの名刺と綺麗な赤い指輪を貰った。
名刺はともかくとして、指輪は嬉しい。
なんか高級そうだしな。
売ったら結構な額になるかも。
いや、そんなことしたらクズだし、後で部屋に飾っておくとしよう。
それよりも早くカロナのもとへ行かねば。
「お礼を言いたいのはこちらです。迷っているところを助けていただきありがとうございました。では私はこれで」
「はい、さようなら」
俺はおじさんに別れの挨拶をし、カロナの部屋に向かった。
◆
迷うことなくカロナの部屋まで到達した。
目の前には赤い扉がある。
「ここがカロナの部屋だな。新歓戦の打ち上げ以来だ」
だがあのときとは事情が違う。
謝りに来たのだからな。
とりあえずローリング土下座をかましたい。
でもいざ本番となると、緊張する。
ちょっと気持ちを落ち着かせるために一呼吸する。
「ひい、ふう……よし、行くか」
”コンコン”
俺はノックした。
「……」
返事がない。
居留守か、居留守なのか。
だが折れん。
出るまで何度もノックしてやる。
”コンコン、コンコン、コンコン、コンコン”
百回ほどノックした。
そして変化が現れた。
部屋の中からやつが返事してきた。
「しつこいでござるね。さてはメナ師匠……じゃない、ただのメナでござるね」
おお、コノハだ。
どうやらこいつも一緒にいるみたいだ。
「その通りだ、コノハ。頼むから中に入れてくれ」
「どうしてでござるか?」
「謝りに来たからだ。二人に」
「……わかったでござる、鍵開けるでござる」
”ガチャ”
鍵が開き、部屋の中に入ることを許された。
”クルクルッ、ズドーン”
入室するや否や、俺は空中でz軸を軸に回転しその勢いのまま土下座した。
俺はスキル、ローリング土下座を発動させた。
「なるほど、ローリング土下座でござるか。カロナ殿、どうするでござるか?」
「……仕方ないわね」
カロナが久々に口を開けた。
奥のベッドの布団にくるまっていたカロナは、起き上がると俺のとこまで歩いてきた。
顔には涙のあとがある。
俺たちは2、3秒ほど見つめあった。
「カ、カロナ……」
「キエに頼んでいたのだけれどね。でもここまで来れたということは彼女の説得に成功したということ。その時点でメナ君の誠意はきちんと私の胸に届いたよ」
ん?
なんか誤解されてる?
ごめんなさい。
そういうわけじゃないんですけど。
それにキエさん倒せなかったし。
「ま、まあそういうこと……かな?」
俺は無意識に右上を向きながら答える。
右上とは動揺しているときに向く方向だ。
さて、カロナは俺の左手を指差す。
「それにそのケース。私へのプレゼントかしら?」
「え?」
いや、これはさっきダンディなおじさんからもらった指輪。
ケースにいれてただけ。
「もったいぶらなくていいわよ。貰ってあげるわ」
ちょっ、えっ?
そういうつもりじゃ。
ってかこいつ貰う気満々じゃねえか。
思い込みが激しいというかなんというか。
でも、悪くないので便乗しておこう。
「ああ、そうだ。このメナ=ソウド、平民なのにこれを手に入れたんだぞ。ほら、受け取ってくれ」
買ったとは言ってない。
手に入れたと言った。
つまり嘘はついていない。
俺は嘘つきではないからね。
「じゃあ早速だけど中身を拝見するわ」
”ガサゴソ”
「こ、これは!?」
「どうしたでござるか、カロナ殿?」
「そうだよ、どうしたんだよ?」
カロナは目をまん丸にし、ガタガタと震えだした。
その様子に俺も動揺する
え?
俺変なもの渡したか?
ただの指輪だぜ?
たしかに俺たち平民にとっては高級かもしれないが、王族の君が震えるほどのものではないと思うのだがな。
「メナ君……あなたこれをどこで?」
「それは……その」
さっきおじさんに貰ったなんて言えない!
「これは我が家のお得意様、レージおじさまが作られているものよ。ほら、ここに名前が刻んであるの」
え?
あの方向音痴のおじさんってお得意様だったのか。
嘘でしょ?
「メナ君、あなたには御見それ言ったわ。まさか私の好みのメーカーのものを持ってくるなんて」
「はあ」
「しかも指輪ときた。つまり君はそういうことを言いたいのね。フフ、仕方ないわね。これは受け取っておきます。それと式の準備も……いや、でもこれは時間かかりそうだからまた今度ね」
なんか勝手に色々納得しだしたカロナは、次第にテンションをあげていく。
でもこれは許してくれそうな雰囲気だ。
「許してくれるのかい?」
「ええ、ここまでのことをされるとね。まさか指輪だなんて……メナ君ったら」
「い、いいのでござるか? カロナ殿?」
「ええ。彼の想いは本物よ。それに私も少し意地になってたみたいだから。明日時間をみつけてシホにも謝っておくわ」
よっしゃ。
万事解決だぜ。
「あ、でも……メナ君、ひとつだけお願いできる?」
「ん? なんでもやってやるぜ」
カロナは顔を赤くさせてモジモジする。
「じゃあ私の頭を触ってくれる?」
「え?」
「撫でてもらうとね、気分が落ち着くのよ。昔からそうだった」
あ。
ラピスさんの言うとおりだった。
「……やってやるよ」
もともとローリング土下座するくらいの覚悟できたんだ。
今さら頭を撫でるなどどうってことない。
上等だよ。
「じゃ、お願い」
そうして俺は彼女の頭に触れた。
柔い髪の感触が俺の右手に伝う。
「んぅ……気持ちいい。落ち着く」
カロナは変な声をだす。
その声を聞くとなんだかこっちまで照れくさくなってくるのだが、それを我満して2,3分ほど俺は彼女の頭を優しき手つきでさわり続けた。
そうして無事カロナたちと仲直りした。
ちなみにこの日、俺は帰宅してから右手を洗うことはなかった。




